iGEM勝利の必要条件と、iGEMが求める価値観
iGEM Waseda-Tokyo2024, Team Leader
Ryojun Hayashizaki
はじめに
自己紹介
iGEM Waseda-Tokyo 2024のチームリーダーの林﨑諒巡です。私が率いてきたWaseda-Tokyo2024は、多くの方のサポートを受け、Undergradでは日本史上初となる総合Top10を獲得する事ができました。また、多くの賞を獲得する事もできました(詳細)。iGEM2023のJapan-UnitedチームがGrand Prizeを取ったのに続き、日本の名前を世界に持っていけた事が嬉しかったです。
私はチーム内で誰よりも熱血に「iGEM Competitionの表彰台に登りたい」という意思が強かったです。iGEM2024だけではなく、2年前にiGEM2022にもメンバーとして参加した事があり、その際に登れなかった表彰台に異常な執着と登ることへの憧れを持ちました。それを、1回の大会で2度も達成できた事は本当に光栄でした。本当に、本当に支えてくれた全方面に対して感謝申し上げます。ありがとうございました。
モチベーション
この記事の目的は、これからiGEM Competitionに参加する学生たち(特に、チームリーダー/サブリーダー層)向けに「iGEM Competitionで勝つことの必要条件と、iGEMが求める価値観」についてまとめることにあります。
iGEM Competitionの価値とは何でしょうか?私自身、4年間この大会にコミットする中で疑心暗鬼になった部分があります。異様に高額な出場費用と、相当なコミットが必要になることもあり、費用対効果が悪い、と感じる方も多いです。
実際、iGEM Competitionは単なる競技科学ではなく、合成生物学を題材にした教育的な取り組みだと言えます。参加者にとって自己成長の場です。勝利やメダルは重要な目標である一方で、それがすべてではありません。プロジェクトを通じて得られる知識や社会との対話、そして自身やチームが成長する過程こそが、iGEM Competitionが提供する真の価値です。
それゆえ、iGEM Competitionの評価では科学的な新規性や技術の完成度が必ずしも評価の最優先ではなく、そのプロジェクトを遂行するにあたっての一連のプロセスと発想が主役として評価されます。
その一方で、長期的なプロジェクトの継続性や実社会への応用を見据える姿勢は、合成生物学コミュニティ全体の発展にとって欠かせない要素です。
本記事では、こうしたiGEMが学生に教育する価値に触れながら、競技そのものを超えた視点でiGEM Competitionに参加することの価値を考えるキッカケになればいいな、と思います。
では、iGEM Competitionが具体的にどのような哲学を私たちに教育するのか、私が感じてきたiGEM Competiton像を、この記事で伝えます。
ここで大事にしたいのは、iGEMにおける具体例をなるべく省くことです。概念や価値観について、雑談・Waseda-Tokyoでの経験談ベース、林﨑の頭の中にある事柄を使って触れていきます。この記事を読了する事で、以下についてフワッとでもいいので、理解することができるようにしたいです。
iGEM CompetitionがiGEMerに求めていることは何なのか?
逆にiGEM CompetitionがiGEMerに求めていないことは何なのか?
Judge Handbookの重要性
iGEMに参加することによって何が学べるのか?
iGEMに参加するために必要なマインドセット
iGEM勝利における3つの必要条件
iGEM Competitionは、教育の側面が大きいですが、ルールのある競争であることに変わりはありません。この記事では、iGEM Competitionにおける「勝利」を「Gold Medal以上の成績」と定義します。Gold Medalの獲得は、iGEM Competitionが要求する価値観を高水準に満たしたことを証明するものです。iGEMにおいてGoldメダルを取得することは、そのプロジェクトが、iGEM Competitionが求める一定基準に達していることを証明します。
もちろん、Goldを取得することが、必ずしもプロジェクトの良し悪しではありません。Silver MedalでもAwardを獲得するチームはありますし、本気になっている人の熱意はどのチームにいようと本物です。
しかし、私の考えでは、コンペティションである以上、その最高評価を目指さない理由はありません。せっかくiGEM Competitionに出るなら、約半分のチームが獲得できるGold Medalの獲得は、iGEMに出場するなら絶対にチーム一丸となって目指すべきです。理想としては、日本のすべてのチームがGold Medalを磐石に獲得して喜びを分かち合えたらいいな、と考えています。
では、「iGEM勝利」にはどのような要素がiGEMerには求められるのでしょうか?
私の経験ベースですが、以下の3つの必要条件を持つチームでないとそれは厳しいと考えています。
iGEM Competition勝利における必要条件
iGEMチームをスタートするにあたって、リーダーやサブリーダーはこのピラミッドを登ることを目指しましょう。
条件1で、iGEMの思想が色濃く表れているiGEMの公式ページや、Judge Handbookを読んだりしてiGEMの求める価値観を理解しましょう。そして、条件1を達成したら、iGEMの求める価値観と各種Special Awardの性質を紐づけて理解して、条件2 を行いましょう。そうして建てた戦略・施策・組織体制を条件3の体育会系精神で実行しましょう。そこからが、自由なiGEMの始まりです。
ここで注意したいのは、あくまでも上記の3つは必要条件であって十分条件ではないという事です。iGEM Competitionでは、審査員が各チーム5〜6名程に振り分けられますが、その審査員の好み・価値観によってその成績は良くも悪くも左右される事があります。そのため、以下の要件を満たしても確実に評価されるとは限りません(これは、あとがきでも述べますが、iGEM Competition自体がより良くなるためのチャンスの一つです)。
しかしながら一方で、評価されたチームで、上記を1つでも欠いているチームはないと考えています。そのため、以下の必要条件を意識しながらプロジェクトを進め、「人事を尽くして天命を待つ」の精神であるべきだと考えます。
条件.1 iGEMで強調される価値観を理解すること
iGEM Competitionは、参加する学生への教育機会として、以下の3つの精神を教育します。iGEM Competitionでは学生のオリジナリティが評価される分、すべてが自由だと考えられがちですが、全てが自由ではない事に注意しましょう。自分の価値観も持ちながらも、そこにiGEMの求める価値観をマージすることが重要です。
以下が、Judge Handbookに最も色濃く表れている3つの哲学だと考えます。
※カッコ内にある単語は、Judge Handbookで使われている対応するワードです。検索機能で以下の単語をJudge Handbook等にひっかけて自分なりに研究をすることが重要です。
これらに関してどういったものかを紹介しながら、私自身の考えを記録します。
①踏襲と記録と継承(Document, Build Upon)
Judge Handbookに頻用される言葉に”Document” , “Build Upon”というものがあります。僕はこの言葉が大好きです。これは複数のAward要件にまたがるように出現しており、その重要性を示唆しています。ではこれらのワードが頻出する背景には、どのような価値観があるのでしょうか?
ー巨人の肩の上に立つ
「巨人の肩の上に立つ」という言葉があります。これは知識や技術の進歩が過去の業績や発見に基づいていることを示す比喩表現です。この表現が有名になったのは、アイザック・ニュートンが「私が遠くを見ることができたのは、巨人の肩の上に立ったからだ」と述べた事にあります。自分の物理学の発見が、偉大な先駆者たちの研究の上に成り立つことを認めました。
この「巨人の肩の上に立つ」という概念は科学による人類福祉という文脈で、理想的な科学の姿だと考えられますし、iGEM Competitionにおいても、色濃く評価項目に表れています。
プロジェクトの総合点を決定するGeneral Project Aspectsという評価要件がありますが、その6番目の要件「6. How much of the work did the team do themselves and how much was done by others?」は、自分自身の成果は他人による成果の上に建設されなけらばならないし、さらにそれを必ず区別した上でドキュメンテーションする必要があるという事です。これは「巨人の肩に立つ」と対応します。
iGEMの偉大な発明であるPartsという概念もその代表です。BioBrick Partsは、過去のiGEMチームが機能検証して登録したDNA配列であり、特定の機能を持つモジュールです。それらは、iGEM Foundationが管理する「Registry of Standard Biological Parts」に登録され、DNA配列や使用例とともに公開されています。また、優秀なパーツはDisctribution Kitとして実物で配布され、多くチームのプロジェクトの開始点となります。
これは、科学の重要な精神である「巨人の肩の上に立つ」とも一致しています。
ー"Document" / "Build upon"
「チ。-地球の運動について-」という地動説の検証をテーマにした作品で登場する言葉に「文字は、まるで奇蹟ですよ。」という言葉があります。さらに、続けて彼女は次のようなセリフを言います。
これは、文字が人類にとって可能にしたことの大きさを表します。文字が存在するおかげで、私たちは今、時間を超えて過去の知見や経験を知ることができます。文字という発明は、科学の発展に大きく貢献しました。『チ。』を履修していない人はしましょう。(僕もまだ履修中ですが.....漫画を購入しようか検討しています。)
そんな発明の感動に呼応するようにJudge Handbookに頻出する、重要な言葉があります。それは”Documented” / ”Build upon”です。代表的な登場例を以下に示します。
General Project Aspectsの8番目の要件「8. Are the project components well documented on the team’s Wiki/Registry pages (parts should be documented in the Registry)?」は、全ての成果をオープンソースで将来のiGEMerが参考に出来るように記録する事が重要であるという事です。これは、まだ見ぬiGEMerが巨人の肩の上に立てるようにするという理念を代表します。
プロジェクトの全てが記録されているWikiや、Part Registryのページを詳細に期日までに書き切る事が強く求められているのは、iGEM Competitionが、そして科学がこの精神を重視しているためでしょう。
また、興味深いことに、同様の概念である”Build upon”は複数のSpecial Award要件に頻出します。Special Award要件の1つであるEducationにおいても、その教材や教育活動を、他者が参考に活用できる形で記録する事が求められています。
今回の記事では具体例をなるべく出さないつもりだったのですが、EducationにおけるDocumentationを体現するしている例を紹介したいので、ここに記録します。iGEM2024に出場した東京薬科大学のチーム、TUPLS-Japanは複数のキャッチ―な教育活動を企画・実行するだけではなく、それを他者が活用できるような状態で保存しています。Gold Medal要件としてEducationを提出する事を検討しているチームは是非覗いてみましょう。これはiGEMのDocumentの精神を表しています。
このように、研究成果以外の領域に関しても「継承」の意識を求める点が、iGEM Competitionの面白いところで、とても大切にされている概念であることが考えられます。
ー次の生者に意味を託す
残念なことに、人はどんなに高いところまで到達しても、いつか死にます。今日を頑張るのも、誰かに好意を抱くのも、給料日に財布を膨らませて強くなった気がするのも、虚勢や正義感やマッチョな心意気も、全てが無に消えてなくなります。それはヒトが生物であるためです。
では、ヒトが他の生物と圧倒的に違う点は何でしょうか?それは自分の死後の未来に影響を与えられる事が出来る点です。『進撃の巨人』のジーク・イェーガーのセリフに以下のようなものがあります。
これは「増える」ことに意味を見いださないジーク・イェーガーの偏った思想で、エルディア人安楽死計画を遂行しようとする礎となった考え方になります。これに対してアルミンは以下のように答えます。
私はこの言葉がたまらなく好きです。増える事なんてどうでもよくて、ただ単純にどうでもいい生活の一コマのために生まれてきたと感じるアルミンの考え方を反映しています。
人間の生活の大部分はどうせ無為です。大好きだった恋人に振られて真剣に病み散らかすのも、明日の晩御飯を考えるのも、友達の事を考える時間も、掃除をするのも、料理をつくるのも、生物学的に増えようとすることも、すべて無為です。しかし、人は唯一、無為の中にも希望を見出す事ができます。それは、人間が唯一「踏襲と記録と継承」を行える動物だからです。人間は、生きた証をドキュメントし、世界に爪痕を残し続けることができる点です。死んだ後の事を考える事ができるのは、我々人類だけです。
そんなことを考えていたら、少し状況は変わりますが、エルヴィン団長の言葉が思い出されてきました。シガンシナ区奪還作戦の時に獣の巨人の投石を受け、全滅待ったなしの際に団長が放った言葉です。
「次の生者に意味を託す」いい言葉ですね。いつ獣の巨人の襲来が来てもいいように、自分の生きた証をどこかに遺しておきましょう。喜ばしいことに、人間は文字という奇蹟のお陰で、次の世代に継承した上で安心して死ぬことができるのだから。
② 社会との対話・双方向性の学び(Human Practices, Mutual Learning)
ーHuman Practicesは挫折する為の場所
プロジェクトテーマ策定は、iGEM Competitionに取り組む1年間において指折りの人気ポイントです。ユニークに自分たちが面白いと思うモノについて意見の出し合いをします。
しかしながら.......
「それって本当に安全?」「それって本当に要る?」
という容赦のない現実が、iGEMerたちを襲います。自分たちが面白いと思うものが、否定される一番苦しい瞬間、それがHuman Practicesであるべきです。Waseda-Tokyo2024もこの問題に実験結果が全て出そろい始めた時期に衝突しました。そこで、緊急でこれまでのHuman Practicesで得た知見を整理して考えを取り纏めるMTGを決行しました。辛いMTGを無理やり楽しくするためにピザを取りました。終電まで、語りつくしてようやく話がまとまりましたが、当時は地獄でした。今振り返ると、いい成長機会だったと思います。
Human Practicesは、Silver Medal要件だけでなくGold Medal要件「Integrated Human Practices」としても登場する重要な概念です。総合点となるGeneral Project Aspectsの5番目の要件にも登場します。
ーそれって本当に安全?(resbonsible)
なぜそれだけHuman Practicesが重視されているのかは、過去の科学史を遡って説明できます。単純な話で、優秀な技術は意図に沿わない懸念が生み出されるというものです。ノーベルが発明したダイナマイトは本来、掘削整備の場面で、爆薬であるニトログリセリンを安全に使用するために開発されました。しかしながら、開発の意図には沿わず最終的には軍事転用されそれに殺された人間は多く居ました。
近年はやりのAIに関しても懸念は残されているでしょう。AIが人間の能力限界を凌駕する事による社会への影響は少なからず存在すると言えます。AIの発展スピードと並行して、正しくそれを評価する事が必要です。
あなたが作った/作ろうとしているバクテリアは、本当に安全ですか???自分たちが良かれと思って研究しているものが思わぬ意図に転用されたり、研究者には見えず、使用者からしか考えられない懸念がある可能性があります。
ーそれって本当に要る?(good for the world)
また、Human Practicesでは新しいものを社会に導入するにあたっての障壁の高さを学ぶことができます。近年のiGEM Competitionでは社会問題解決型のプロジェクトが求められる傾向にありますが、その実現可能性を正しく図ることは極めて高い難易度です。それを可能な限り吟味しようとする姿勢がiGEM Competitionにおいて重要です。
iGEMチームがHuman Practices活動をするとよく、お世辞を言われることがあります。「うんうん、それいいね~もし実現出来たら面白いと思うよ〜」みたいなお世辞は、誰でも言えます。それだけでは、価値のあるHuman Practicesにはなりません。
技術の実装を検討する上で湧く事が予想される質問はたくさんあります。
「そのプロダクトは本当に安全なのか?」
「そのプロダクトは既存の方法よりどのように優れているのか?」
「そのプロダクトを既存の方法に置き換える事の費用対効果は具体的に検討されているか?」
プロジェクトにより様々具体的な社会実装における障壁があるはずですが、湧き出る懸念に対し、どこまで真っ直ぐ向き合い、学びを得られるかが重要です。その姿勢が自分たちの研究に対する責任(Responsibility)となり、それをiGEM Competitionで学ぶことができます。
ーEducationはHuman Practicesのワンオブゼム
iGEMのHuman Practicesの概念は、他のSpecial Award要件にも色濃く表れています。
iGEMチームが盛んに取り組む「Education」という活動も、Human Practicesの一環としてとらえる事が出来ます。EducationはGold Medal要件の1つなので、それを選択しない場合には取り組む必要はありませんが、以下の評価要件にあるように、一方的な学びだけではなく、iGEMer自身の学びも要求されます。1つめの
Educationで目的にされているのは、合成生物学の拡散なんて陳腐なものではありません。以下の1つ目の要件(青)に有るように、Educationは双方向性(Mutual)である必要があります。また、4番目の要件(黄)にあるように、Educationの対象者に対し、合成生物学への参画や貢献を求めています。
このように、大規模なHuman Practicesの1つの手段として、Educationが存在していると言えます。また、今回は触れませんが、Human PracticesやEducation以外の評価要項にも似た文脈に基いた要件が見ることができます(Entrepreneurship、 Inclusivityなど )。それだけ、iGEM CompetitionではHuman Practicesが重要視されているという事が指摘できます。
③工学的原則(Engineering Principals; DBTL Cycles)
ー「スリー・ツー・ワン・ゴーシュート!」—工学的原則との出会い
唐突な余談ですが、皆さんは「ベイブレード」という競技玩具をご存じでしょうか。伝統的なおもちゃ「ベーゴマ」にパーツを分割することで改造の可能性を加えた神の遊びです。
これから述べる「工学的原則」、特にDBTLサイクルについて、私が初めてその本質を体験したのは、このベイブレードで遊んでいた小学生時代に遡ります。これ以上ベイブレードの話を続けてしまうとiGEMの話をしたいのか、それともベイブレードの話をしたいのかわからなくなってしまうので、後でまたお伝えする事にします。
ーDBTLサイクルとは何か
iGEM Competitionは、教育的機会としてDBTLサイクルに基づくプロジェクト推進方法を学べる場です。DBTLサイクルとは、プロジェクト進行を体系的に進めるための反復的なフレームワークで、以下の4つのステップで構成されます。
Design
過去の研究や前回のサイクルの結果を基に次の目標を設定し、システムを計画します。例: DNA設計、遺伝子回路設計、Dry Labによる発現予測、タンパク質構造予測など。
Build
設計に基づき、実際のシステムを構築します。例: 遺伝子合成、シャーシへの遺伝子導入、タンパク質発現など。
Test
構築したシステムが設計通りに動作するかをテストし、データを収集します。Learn
試験結果を分析し、次のDesignに活かすための知見を得ます。
最も重要なのは、このサイクルが「DBTL→DBTL→DBTL…」と繰り返される点です。4つのステップが連続して反復されることで、システムが段階的に最適化されます。この手法はiGEMだけでなく、研究や日常生活のプロジェクトでも応用可能です。
ーDBTLサイクルはiGEMで最も重視される工学的原則
iGEMのJudge Handbookでは、DBTLサイクルが工学的原則の中心的なフレームワークとして紹介されており、Competitionにおいても最も重要視されている工学的原則です。います。このサイクルはSilver Medal要件「Engineering Success」に関連しており、プロジェクトの成功に直結する重要な概念です。また、標準化(Use of Standards)やモジュール化(Modularity)と並び、iGEMにおける勝利を目指すうえで特に重視されるポイントでもあります。
ーベイブレードに見るDBTLサイクル
さて、ここで再びベイブレードの話に戻ります。
DBTLサイクルの応用例として日常生活に身近な、ベイブレードを例に取って話します。ベイブレードは以下のように4~5種類のパーツに分割することができます。それぞれのパーツは規格化されており可換で、それぞれのパーツに特徴が与えられています。パ―ツすら新規に創出できる合成生物学に比べれば組み合わせは小さいですが、可能な組み合わせは1万通りあるとかないとかって聞いた気がします。
1つのベイブレードを最適化して強化するために、DBTLサイクルは必要です。パーツを一つ変更するだけで、ベイブレードの挙動は大きく変わります。その中で、よりダイナミックに攻撃を与えつつ、回転時間を延ばす最適化を行うためにはどのようなパーツ構成が良いのかを練る必要があります。攻撃に特化したパーツを選択すると、ベイの運動量が増加する一方で、回転持続時間が減少します。逆に、回転持続時間を増加させる為にはベイが移動する事による空気抵抗を減らす必要がある為、ベイブレードの運動量がほとんどゼロになります。このパラメータの両方を可能な限り最適化するために以下のようなDBTLサイクルを提案できます。
今思えば、小学生の林﨑は、大会直前は夜遅くまで1人でベイブレードを回して上のDBTLサイクルを回していたような気がします。
あーでもない。こーでもない。
このパーツの方がよさそう。
いや。思ってたより相性が良くない。
こっちの方が良いんでは。
やっぱりさっきのパーツの方がよかった。
・・・そうして改良を積み重ねられたベイブレードで、私は人生で初めての優勝経験(山形県大会)を得ることができました。
くだらない例えでしたが、ベイブレードを通じて幼少期に経験したDBTLサイクルの本質は、現在の研究活動やiGEMでの挑戦を通じて、より深く実感しています。このサイクルは単なる思考プロセスではなく、研究者としての成長を支える重要なプロセスです。このプロセスを実践し続けることが、自身の研究スキルの深化と進化につながります。iGEM Competitionはそういった意味でも教育的側面が大きいものとなっています。
条件2. 根拠のある戦略策定と、Awardに対する責任の明確化
iGEMで強調される価値観を理解したら、次は、どのようなコンペ用戦略でプロジェクトを進めるかチーム内コンセンサスを取り、それに適したチーム編成を行うことが重要です。
一方で、合意を取らずに、明確な目的意識なく、多くのiGEMチームを真似して「ドライ班」「Education班」をとりあえず置く行為は無意味です。
Waseda-Tokyo2024を振り返ってよかったな、と思うチーム編成の工夫と戦略の策定に関して記録します。
条件2-1. チームやプロジェクトの個性に合ったiGEM戦略の設定
iGEM戦略とは、なんとなくEducationをやる、なんとなくModelをやる、といったようなモノではなく、根拠を持って設定されるべきものです。Waseda-Tokyo2024のNew Composite Partを例に取って考えてみます。
ー New Composite Partを選択した理由:研究テーマとの相性
Waseda-Tokyo2024がNew Composite Partを取る目標を設定したのは、プロジェクトテーマとチーム編成との相性の良さを見出したことです。
New Composite Partで要求されていることはパーツの機能解析の充実さ・丁寧さです。それは、条件1で述べた「踏襲と記録と継承」に基づくものです。New Composite Partは『優れたパーツを作ったで賞』ではなく『優れたパーツの機能をよく調査し、記録し、将来のiGEMerに貢献できそうで賞』です。
今回扱ったBIND-PETaseは、先行研究では、私達でも頑張れば再現可能な4種類のWet実験により機能解析を行っていました。それを踏襲した上で、オリジナルの要素として数理モデルと折り畳み予測によるDry解析とIHPを通じて手に入れたリアルサンプルに対する実験も加えれば、New Composite Partを獲得するのに十分な材料になる事が予測できました。
過去のNew Composite Part受賞チームの傾向を見ると、パーツの機能検証をWet/Dryともに様々な種類で行っている事が評価されている事に気づきました。幸い、Waseda-Tokyo2024はDryチームの盤石な組織体制を構築していた為、チームの編成と、New Composite Partの相性の良さを見出すことができました。Gold Medal要件を選択するのに、チーム編成との相性と、プロジェクトテーマとの相性は加味されるべきです。
※New Composite Partに関しては個人的な思い入れが強いので、『New Composite Part攻略法』と題して別でより詳細な記事を書こうと思います。
→書きました(241220追記)
『Special Awardの極意~Waseda-Tokyo2024のNew Composite Partに着目して~』
※本当はModelやIntegrated Human Practiceの選択理由や裏話があればいいのですが、それはアドカレ12/20分を担当するIHP班のDaisuke Kondo, Vicky Toko Okazakiと、アドカレ12/21分を担当するModel班創設者のAyaka Sasakiに任せることにします。彼女らの方が僕よりも色々書けるはずです。
条件2-2. Sub Leaderの設置と責任の明確化
ー 責任の明確化の重要性
Gold Medal要件を選択する理由を明確にし、チーム全体がコンセンサスが取れた後、各班の成果責任と、各班単位でのリーダーを確定する必要があります。
Gold Medal要件に対してリーダーを設置し、成果目標「XXXを達成する。」などと言語化することは重要です。成果目標は、CriteriaのAcceptでも良いですし、夢はデカく、Bestをとる事でもいいです。いずれにせよ、各個人のiGEMへのモチベーションを具体的にする為にも、それを言語化することは重要です。
ー2年前のEducationの表彰台
昔話をします。私がメンバーとしてiGEM2022に出場した際に、Educationリーダーを任せられていたのですが、その時、自分の中で何かが鼓舞された感覚を今でも覚えています。先輩に「EducationはGold Medal要件だから責任が重いけど、自分の貢献でチームのメダル獲得に貢献出来たら楽しいと思う」という趣旨の言葉を投げられ躍起になり、何なら、Goldの為だけとは言わず、Bestになることを目指したいと感じた瞬間を今でも覚えています。結果的にはNomineeにも引っかかりませんでしたが、これほどまでに責任を与えられて躍起になっている自分に驚きました。
この経験やiGEM2023で高校生部門でGrand Prizeを獲得したJapan-Unitedの成功例を振り返り、「責任の明確化」が成果に直結する重要な要素であると実感しました。また、Gold Medal要件と対応する形で責任を分担することが、チーム全体の効率的な運営につながることも理解しました。
ー Waseda-Tokyo2024の組織体制
2024年度のWaseda-Tokyoチームでは、以下の3つの役割に基づいて組織を編成しました。この中で特に重要な役割を果たしていたのは、Sub Leaderです。下の組織図では黄色く塗られている人物に該当します。
Team Leader(2名)
チーム体制の編成、戦略の定義、全体の進捗管理を担当。Sub Leader(6名)
Gold Medal要件, Silver Medal要件に対応する各班のタスクを整理し、それを指示するメンバー。Member(19名)
最後まで関わり続け、Attributionに記載可能なTaskを1つ以上もつサークル会員。
Sub Leaderの責任と成果
Sub Leaderには、Gold Medal要件や、Silver Medal要件の目標達成に向けた具体的なタスクの整理や、最低週1の班ミーティングの開催、班メンバーの進捗管理を任せました。組織図中に赤字で書いてあるものは、その班が主体的にタスクを担っていたAwardsになります。これにより、Team Leaderだけではカバーしきれない細部まで進捗を追跡でき、全体の効率が大幅に向上しました。
逆に、Sub Leaderに委譲されたタスクがある分、Team Leaderはチームごとの連携強化のためにSub Leader間のコミュニケーションに奔走したり、戦略を構成を行う事が理想です(理想だとは思いながらも完全にはできなかった節もある)。
TODOを分散し、グループごとに成果目標を定める手法は、個々のタスクの目的を明確にし、最終的な成果の向上にも貢献していたと考えています。
条件3. 体育会系精神
冒頭のピラミッドを登りきるのに、最後に必要になってくるものが、体育会系精神だと考えます。
ー水球人生で学んだ体育会系精神
皆さんは水球というスポーツをご存じでしょうか。そう、ハンガリーの国技で、「水中の格闘技」と呼ばれるスポーツです、常識ですね。
iGEMに関わる方は、高校生の時からサイエンスに関わる機会が多く、幼い頃から科学に関心が深い方が多いです。
一方で、林﨑はそういった種類の高校生ではありませんでした。部活に備え、授業の8割を爆睡するような勉強怠惰な高校生でした。しかし、そこで私は座学では得られない「体育会系精神」を自分のゲノムに叩き込めたと考えています。
この時、自分のゲノムに叩き込まれた体育会系精神の中でも、特に今の自分に生きているものは「感謝の精神」です。
母校の水球部では、OB会からの支援が手厚く、寄付金を利用して元オリンピアンの指導を受けていたり、ボランティアでコーチをしてくださるOBの方が多く居ました。その中でキャプテンを務める私は「それに報いたい」「絶対に関東大会に出場する」ということをずっと考えていた高校生でした。
また、プールを使用する際も早稲田大学の体育会水球部と同じ練習場所を使用する事が多かった為、体育会系特有の文化は欠かせませんでした。プールの入退場で「失礼します!/ありがとうございました!」の挨拶は欠かせません。
挨拶は重要でした。それは、普段からプールを使用させていただいている事に対する感謝の体現になるからです。それを繰り返しているうちに、自然と自分の中に「自分がやりたくてやっている部活を、支えてくれている方への感謝の気持ち」があることをはっきり実感するようになり、それが「報いたい」「不真面目にやることなど一切許されないのだ」という意識が自分の中に醸成された感覚があります。
ー iGEMやってるだけでは何も偉くない。
さて、思い出話からiGEMの話に戻りましょう。私がこの体育会系精神の文脈で伝えたいことは、iGEMを支えてくれている周囲の方々に感謝の精神を持ってほしいという事です。
そもそも、iGEMチームという存在は周囲からすれば迷惑な場合が多いです。別にiGEMに出場する事は何もすごくありません。iGEMをやっているからと言って、他の学生より優れているわけでも、特別な扱いを受けられるわけではありません。自分たちがやりたくてやっている活動なのだから。
iGEM Competitionに出場するためには莫大な金額がかかります。多くのチームはそれをスポンサーやクラファン、大学からの援助で賄っているのだろうと推測します。チームが存在するせいでお金を余分に消費する人がいます。また、お金だけでなく、時間もです。Human Practicesに応じてくれる方々の時間も、非常に貴重なものです。社会人の方の30分のインタビューは、その人たちの労働時間を削って割いて頂いているわけですから、タダではないんです。結局、iGEMチームは存在するだけで周囲のリソースを必ず奪っています。
Waseda-Tokyo2024もクラウドファンディングで80万円を頂く事ができました。本当にありがとうございます。これは世界のどこかで使われる予定だった80万円が、私たちの活動に充てられているという現実です。そして、そこには、お金だけでなく、寄付してくださった方の期待と温かい気持ちがこもっています。
では、その人たちに対して、iGEMチームができることは何でしょうか?それはWikiに企業ロゴを載せることでも、何かしらの返礼を与える事でもありません。ただ、期待してくれた人に対して、全力を尽くすこと自体が美徳ですし、結果で恩返ししようという精神です。
あとがき: iGEMの本質を再考する
この長編エッセイを通じて、iGEM Competitionでの勝利に必要な条件や、その背景にある価値観について考察を深めてきました。しかし、本記事ではあえてあまり触れなかった点も多くあります。それは、iGEM Competitionがあまり重視していない側面や、参加者自身が気づきにくい大会自体の機会点※です。
※機会点:マクドナルド用語で、問題の原因となっている課題点のことを敢えて建設的な表現をする場合に使われる言葉。無意識で使っていたのですが、最近マクドナルド由来であることをしりました。みんなつかおう。
1. iGEMではあまり評価されないこと
iGEMでは、科学的な新規性や技術の完成度が必ずしも最優先で評価されるわけではありません。例えば、長期的なプロジェクトの継続性や、社会実装への具体的な道筋が不十分なままでも、iGEMerにとっての高い教育価値を持つプロジェクトであったり、そこに至るまでの軌跡が美しければ、そちらの方が評価される可能性もあります。しかし、この点は逆に、参加者がプロジェクトの継続や実社会への応用を軽視してしまうリスクを孕んでいます。本記事では触れませんでしたが、参加者一人ひとりがBeyond iGEM Competitionを見据えた行動を取ることも、合成生物学コミュニティ全体の発展に寄与するでしょう。
2. iGEMの本質とは何か?
iGEMの本質は、現状、競技科学ではなく、合成生物学を基盤とした教育的プラットフォームです。しかし、この記事の冒頭で述べたように、高額な参加費、成果ではなく過程を重要視する主義、beyond iGEMの薄さの印象から、iGEM Competitionの真の目的について疑問を抱く人もいるでしょう。
このような批判的視点は、iGEM Competitionが教育的価値をさらに高めるための重要な議論の出発点だと考えます。例えば、iGEM Competitionが理解を促す"Build upon"や"Documentation"の哲学は、過去のプロジェクトの成果を次世代に継承し、チーム間の知識の蓄積を促進します。実際、Registry of Standard Biological Partsに登録されたパーツが、新たなプロジェクトの核となり、iGEMコミュニティ全体の研究基盤を形成してきました。
しかし、その一方で、iGEMプロジェクトが大会後も継続的に発展する例はまだ十分ではありません。そこでの「Build upon」の体現が足りていません。これはiGEM Competitionの大きな機会点です。
ここから建設的な何かを生み出すには、誰かがiGEMの価値観を深く理解した上で、Beyond iGEMの視点を持ち、社会実装や継続性を考慮したプロジェクト設計を目指す必要があります。日本ではまだiGEM Projectから直接的に事業に昇華した例がありませんが、それを熱狂的に推し進める強力なアントレプレナーがiGEM Japan Communityから生まれる事を私は期待します。それが、下記のピラミッド図中の最も上に書いてにある「評価される個性的な研究活動」の一例に該当すると考えます。
iGEM Competitionは、まだまだ粗削りです。しかし、それを批判的視点も含めて、その教育的価値を再定義し続けることで、さらに強い競技基盤を築ける可能性を示唆しています。
3. 感謝の気持ちを次世代へ繋ぐ
このCompetitionに参加できること自体が、多くの支援者や協力者、そして時間を割いてくれた多くの人々の力によるものです。競技終了後、私たちがその恩返しとしてできることは、後輩たちに自分たちの経験を「記録」として残し、次世代がさらに高みを目指せる環境を作ることです。iGEMの理念である「踏襲と記録と継承(Build upon, Document)」は、次世代への信念や支援を託す姿勢にも反映されるべきだと私は考えています。
iGEM Competitionは、短期間で完結する単なるプロジェクトではなく、人生やキャリアにわたる価値を提供してくれる舞台です。本エッセイを通じて、これからiGEMに挑むすべての方々が、自分たちのプロジェクトを通じて、世界に、そして自分自身の成長に対して、どう貢献するのかを考えるきっかけとなれば幸いです。未来の日本のiGEMerたちが、この記事を読んで新たな一歩を踏み出すための助けになることを願っています。
Waseda-Tokyo2024, Team Leader
林﨑諒巡