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自衛隊『駐屯地祭に行こう!~武山駐屯地編~(おまけで選挙の話など)』

同人誌2015年夏号に掲載した原稿です
著者は「異海洋香奈」名義です


『駐屯地祭に行こう!~武山駐屯地編~(おまけで選挙の話など)』
異界洋 香奈

登場人物紹介

神馬晴華…元看護師。職業不詳。自称“井苅の姉”
井苅和斗志…十数年前に夜学で晴華と出会う。連日飲みに連れまわされていた

「晴華さんこんばんは、お久し振りです」
「ああ、久し振りだな、何かな、こんな夜中に?」
受話器越しに喧騒は聞こえない。
普段の晴華だったら派手な赤色のワンピースを着て飲み屋街を徘徊しているであろう時間だ。
めずらしく自宅に居るらしいが、おそらく今夜も飲んでいるに違いない。
「十何年振りに武山に行ってきまして、そのご報告をと思いまして…」
「たけやま?なにかねそれ?」
「あ、自衛隊の武山駐屯地です。横須賀市の相模湾側にありまして、俺、入隊して新隊員教育をここで受けたんですよ。前にも晴華さんに話しましたよねえ?」
居酒屋で井苅が「夜学をやめてお国の為に自衛隊に行きます」と伝えたあの夜。
「私は誰とでも寝る方だけどキミとは寝たくないね」「キミと話をしてると殴りたくなる一発殴らせたまえ」と言っていた晴華が、
「駄目だよ、自衛隊なんか行ったらキミはいぢめられて死んでしまうよ」
と涙を流して引き留められたのは今となっては遠い日のいい思い出である。「あのさあ…」
不機嫌そうな晴華の声。
「私のことは“ハルカねえさま”と呼べって言っておろうが。キミはいったい日本語が理解できんのかね?」
「や、嫌ですよ、そんな何かのアニメみたいな呼び方…」
この会話、もう何回何年繰り返されたことだろう。
「ああ…?!」
眉間に不機嫌そうな皺が寄る晴華の顔は想像に難くない。
「そ、そんなことより聞いてくださいよ、ハルカねえさま…」
「ん…」
“ねえさま”と言われて多少は機嫌が直ったことを期待しつつ井苅は続ける。
「どこの駐屯地でも、たいていは駐屯地一般解放の日が年に一回はありましてね、駐屯地祭とか称していろんな展示が行われたりするんです」
「いろんなとは…?」
「観閲行進や模擬戦闘訓練、あと、戦車や車輌の試乗とか兵器の展示とかそんな感じです」
「で、十何年振りとは?」
「あ、俺、新隊員前期教育を武山駐屯地で受けたんですよ」
「ああ、要は新入社員研修以来にそこへ行ったってことね?」
「まあ、そんなところです」
神奈川県横須賀市の三浦半島のつけ根、相模湾に面した広大な敷地を有している武山駐屯地には、陸上自衛隊の新隊員教育隊のみならず、海上自衛隊の横須賀教育隊、陸上自衛隊高等工科学校(旧少年工科学校)、空自の対空ミサイル部隊など陸海空三軍の様々な部隊が使用している。
あの日、改修工事の進む市ヶ谷駐屯地にボストンバッグひとつで集合したのち、自衛隊のバスに押し込められ自己紹介などしつつ井苅は武山へ向かったのだ。
高校中退以来紆余曲折、初の社会人経験として井苅が第一教育団第一〇✕教育大隊第✕✕✕共通教育中隊第三区隊に着隊したのは二〇世紀晩年の春のことだった。
「今はもう改編されちゃって一〇✕教育大隊も無くなっちゃったんですけどねえ…」
「そんなことはどうでもよろしい」
「いや、どうでもよくは…」
「もはや民間人となったキミがどうして駐屯地内に入れるのかね?」
「いや、だから駐屯地解放のお祭り日でして、あと一応予備自陸曹で…」
井苅自身も民間人の立場で駐屯地に入るのは採用面接時を除けば初めてのことだ。
衛門は広く開け放たれ人々が次々に入場して行く様子に軽くショックを受ける。
普段であれば険しい表情の警衛ににこやかに迎えられ形式だけの目視による手荷物検査。
要所々々に隊員が立っているもののあとは比較的自由に駐屯地内を散策できる。
「普段だったらカメラ持って駐屯地内をうろうろしてたら大変なことになるんですよ。それがもう撮りまくりで驚いちゃいましたよ」
メインストリートには軽食の露店が並んでいるが、それらの多くは隊員達が出店しているものである。
「現役隊員がフランクいかがっすかーとかジャガバタおいしいよーとかやってるんですよ?」
「なんだそれはどこの人民解放軍だ?売上げは部隊の運営費にでもするのかな?」
「……。切実であまり笑えない冗談です」
他にも各所属部隊の紹介コーナーなど、神奈川地本にいたってはゆるキャラ『はまにゃん』を用意し、将来の自衛官候補である児童たちに狙いを定めてその親も含めて将来の勧誘準備に余念が無い。
「PXにもはいれるんですよ。あ、PXって俺ら呼んでましたけど要は売店です」
駐屯地には厚生センターと称される食品生活用品を販売する店舗や喫茶店、図書館、理髪店などが入居する建物がある。
「売店がコンビニに変わってましてこれがファミリーマートなんですよ」
井苅が毎年予備自訓練に出頭する朝霞駐屯地も数年前からファミリーマートが入居したのだが、恐らく武山も同時期と推測される。
店内には自衛隊オリジナルの土産物の他、『私物装備』と称され隊員自身が自費購入する迷彩柄の装具類が販売されていて、これは駐屯地解放のこの日は民間人も購入可能だ。
マニアのみならず一般のお客さんが物珍しさに長蛇の列をなして購入しているがよく見てほしい。
迷彩装具類の大半は「Made in China」のタグがこっそりと縫い付けられてあるのだ。愛国烈士よ憤死したまえ。
「今回は東部方面混成団の創立四周年記念行事って位置づけなんですけど、それ以前からこの行事やってまして、だいたい五月下旬の日曜日なんですよ」
「それでキミも新入社員の頃に参加したってこと?」
「さすがハルカねえさま察しがいいですね。その当時は改編前だったんで名称は違いますけど概ねやってることは一緒です。観閲行進に我ら教育隊も参加するんですがその訓練がなかなか大変でして、足の上げ方腕の振り方いかに列を乱さないかとか、着剣とか不動の姿勢とか…」
「それはどうでもいいけど…」
「他の区隊に負けるなってことで気合が入りまして、当日はWAC(陸自女性隊員)も行進に参加するってんで更に気合が入りました」
「更にどうでもいい」
ベテラン隊員たちの行進はもちろん新隊員の行進も訓練の成果もあってなかなかのものである。
まだ十代の若者達が大半なのだが、見学に来た家族たちが息子娘を探してその雄姿に歓喜している。
所属部隊の隊員の徒歩行進のみならず車輌行進も行われる。
「高軌道車や装甲車や火砲や戦車まで行進するんですよ、特に戦車とか最新鋭の一〇式も参加してるんです」
「かなりけたたましいんだろうね」
「そう凄い迫力です、戦車の走行なんて間近で見る機会なんてめったにありませんから」
音楽隊が分列行進曲を生演奏し、新隊員が自衛隊体操を披露し、WACは隊歌を合唱する。
儀仗隊の展示にはその揃った動作や小銃の扱いに歓声と大きな拍手があがる。
「そしてメインイベントは模擬戦闘訓練です」
富士演習場で行われる総合火力演習のミニバージョンである。
広いとは言え駐屯地のグラウンドなのでもちろん実弾は使用せず空砲なのだが、ヘリから落下傘で降下する空挺隊員や匍匐する隊員、縦横無尽に動き回る装甲車や発砲する七四式一〇式の両戦車の活躍が至近で観戦できるのだ。
「これは必見です。俺も新隊員の時に見学してその迫力感激しました」
しかしやっている内容と言えば兵器が更新されただけで、当時とほとんど変わらぬ敵陣地の制圧作戦だったりする。
最後は歩兵の銃剣突撃で勝利するシナリオはわかりやすくて面白いが、よく考えてみると眩暈のする内容だ。
「もう二一世紀だよね?」
「それは言わないでください。二〇世紀終盤で見てても俺も冷静になるとそれは感じてましたから…」
模擬戦闘訓練が終わるとあとは装具品の展示がメインだが、特に人気が高いのが車輌体験搭乗だ。
七四式戦車と高軌道車に搭乗できるのだがやはり戦車の人気が圧倒的だ。
「これは当日の十時から整理券の配布があるんですが、戦車はすぐ無くなっちゃうんで駐屯地に入ったら真っ先に並んどいた方がいいです」
「搭乗と言っても柵を付けた屋根に登るだけだろう?戦車内に入れねば面白みに欠けよう」
「内部は軍事機密もあるんで無理ですよ。かみさんと倅は戦車が取れなかったんで高軌道車に乗ったんです」
搭乗場所について行った井苅はそこで自分も乗れば良かったと少し悔やむこととなる。
「会場が戦闘訓練場だったんですよ。そこで匍匐や銃剣突撃とかやってたんです」
「泥水で溺れてとか班長がエアガンで撃ってきたり爆竹投げてきたりとか言ってた場所かな?」
「そう、その場所です。俺も乗ってればもっと近くで戦訓場が見れたのになあ」
厳しく不条理非合理な戦闘訓練であったが、今ではあれをやり遂げたことの達成感からか楽しい出来事に思えてくる。
「まあ、半分くらいは突撃中に味方の砲撃で死んじゃうんだけどなあ」
指導していた助教たちが笑いながら言う。しかしその目は笑っていなかった。
武山駐屯地は想像以上の広大な面積を有している。
解放終了の一五時まで駐屯地内の散策を終えることは難しい。
しかし大半はグラウンドや樹木の茂った訓練場であり、訓練に使用する塹壕や鉄棒、アスレチックのような設備が片隅に点在するのみだ。
「でも子供には大人気なんですよ。こんな広場で遊ぶ機会ってめったに無いですからね」
「キミの話を聞いてるとマニアと隊員家族と子連れしか楽しめそうにないんだが…」
「いや、そんなことは無いですよ。地元の有力者が来てたり政治家が式典で挨拶したりとか、そのあたりの見どころもあって…」
「誰が来てたのかね?」
「今回は小泉進次郎が来て式典で自身の体験入隊の話とかしてましたけど…」
「やはり自衛隊と自民党はべったりなのかな?」
「いや、それはわかりませんけど…」

晴華に言われて井苅が思い出したのは新隊員教育隊に所属してる間に国政選挙があったことだった。
「確か選挙人名簿への登録って居住三か月以上だよねえ?その投票日だと三か月経ってないと思うのだが…」
井苅が着隊したのは三月二九日である。
選挙は六月下旬だったが二九日より数日前だった。
「確かに選挙へ連れて行かれましたよ。他に二〇歳以上の同期が少なくとも五~六名いまして、一緒に営外へ出て自衛隊の車でどこか自治体の施設へ連れてかれて投票しました」
「住民票はいつ動かしたの?」
「自分では手続きしてませんよ。少なくとも三回は駐屯地移ってますけど、いつも自衛隊の方で勝手にやってくれてましたんで…」
「投票へ行ったのは日曜日だったのかね?」
「うーん、それはちょっと憶えてないです」
「不可解だねえ。住民票の移動が転入日より遡って登録されたとか」「あるいは遠隔地からの不在者投票って線はどうでしょう?」
「キミの区隊だけでも五人くらいいたんだろう?全部で何十人になるの?」「駐屯地全体で考えると新年度の異動者なんかもいるでしょうからけっこうな人数になりそうですね」
転入先で転出前選挙区の投票ができたとして、基本的にはその手続き申請をするのは有権者本人であろう。
それを隊のしかるべき部署で代行、あるいは自衛隊に限っては自動的に手続きが行われるようになっているのかも知れない。
転居間もなく選挙という経験がふたりとも無いので、自衛官と民間人でその扱いが同じなのか違うのかすらよくわからない。
果たして現居住地横須賀市の選挙区の投票だったのか、それとも以前の居住選挙区の投票だったのか、井苅本人もその当時あまり気にもとめて無かったので今となってはよくわからないことばかり。
いずれにせよ自衛隊では当事者の知らぬ間に全ては粛々と行なわれてしまうのだ。
「わざわざ投票所まで引率までしてくれて手厚いものなのだね。しかしそこまでしてくれるとなると何か別の意図を勘ぐらざるを得ないのだよ」
「いや、新隊員教育期間は何をするにも集団行動ですし」
「引率と言うより監視されてたのではないの?何か変なこと無かった?憶えてないのかね?」


そう問われて井苅は投票日の記憶をたどる。
その日、選挙権を持つ隊員が区隊事務室に集合させられた。武山駐屯地の新隊員は外出時は基本的に制服着用だ。
制服の着こなし、革靴の光り具合、ハンカチやティッシュ等忘れていないか、身分証に脱落防止のチェーンは付いているか等々点検され、至らない点があれば指導される。
外出者全員に合格が出たところで外出時の予定等が説明された。
そこで外出者の様子を黙って眺めていた区隊付(くたいづき)である✕✕一等陸曹がはじめて口を開いた。
区隊付は区隊長(小隊長)に次ぐ区隊のナンバー2である。まだ二十代半ばで若く要領も悪い三等陸尉の区隊長を良く言えば補佐、悪く言えば操っていて、井苅の所属する第三区隊の運営は実質的にはこの✕✕一曹の掌握下にあったと言ってもいい。
「おまんらどうせ選挙になんか行ったことはねえんだろう」
180を超える長身でコマした女は数知れず。重い六四式小銃も区隊付が扱うとまるで玩具のよう。要領も良く顔も広い。
世の中自分以外はバカばかりでいつもうんざりしいてるが、自分がコマした女の性質を見極めて相性が良いと思われる部下にあてがう面倒見の良さ。
自分の紹介で結婚した夫婦は円満な家庭を築いていることが自慢の四十代であった。
「日本にはいくつも政党があるんだが、自民党社民党公明党共産党…おまんらも名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
無知非力であっても教育によって能力を引き上げ伸ばすことが自衛隊の方針であり、この区隊付である××一曹も元々の面倒見の良さもあって口は悪くても何事も噛んで含めるように指導してくれる。
「選挙って言うのは何も考えないで投票してもいいってわけじゃねえんだ。おまんらも今や自衛官だろう?」
✕✕一曹は同意を求めるようにひとりひとりの顔を伺う。
「党によっては自衛隊に協力的だったり非協力的だったり色々あるんだ。例えは✕✕党は賛成で✕✕党は反対とかこの程度は知ってるよな?」
皆が話について来ているか確認するように✕✕一曹は再度一同の顔を見る。
「そうなると、どの党へ入れればいいかってことぐらいはわかるよな?その党が勝って自分の利益となるか不利益となるか…」
「……」
「ちなみに今の政府は✕✕党で、この党は自衛隊には協力的だ」
✕✕一曹は一同から視線を外し、ひとり言のようにぼそりとつぶやいた。井苅に戦慄が走った。周囲をこっそり伺うと皆表情が強張っている。✕✕一曹は一同を玄関へと送り出しながらその背に低い声で言った。
「どこに入れたかなんてわかんねえだろうと思ってるだろ?わかるんだからな、誰がどこにいれたかなんて簡単にな。妙なこと考えんなよ」
一同は無言のまま投票所へと向かう自動車に乗り込んだのだった。


「おおおおいキミ、そりゃあ違法行為じゃないのでないのかね?」
「ううん、取りあえずどの党へ投票するようにとか具体的に指示されたわけでは無いので…」
とは言っても三か月近く塀の中で一般常識では測れないような訓練や生活を強いられてきたのである。
軍隊脳へと精神を改造された人間はこの言葉をどのように受け止めどのように行動するか想像は難くないだろう。
「限りなくクロに近いグレーだと思うのだよ。いや、クロかも知れない…」
果たしてこの事案はどのレベルでの決断があったのだろうか。
面倒見のいい区隊付✕✕一曹の新隊員を思う親心から出た指導だったのか。
右寄りの中隊長が各区隊に達し、区隊長が指導すれば話が大きくなるので区隊付に指導させたのか。
それとも以前から自衛隊にあった新隊員への指導であったのか。
はたまた長く政権の座に就いていた某政党の意思が介在していたのか…。
「これだから軍隊は嫌なのだよ。死人や病人怪我人を作り出して。放っといたって人間は医療を要するのだよ」
うんざりしたように晴華は言う。
「わざわざ仕事を増やすなって言うの」
あなたはとっくに看護師やめてるでしょう、なんて言うとまた面倒くさいことになりそうなのでやめておいた井苅だった。

(了)

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