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自衛隊『予備自衛隊訓練・朝霞駐屯地での邂逅~元自衛官の告白~』

同人誌2011年冬号に掲載した原稿です
著者は「異海洋香奈」名義です


『予備自衛隊訓練・朝霞駐屯地での邂逅~元自衛官の告白~』異界洋香奈 

登場人物紹介

井苅和斗志(いがりかずとし)…予備3等陸曹。自衛隊を辞した後に転職を繰り返し、現在は運送会社勤務。既婚。一児の父。

青江麻央(あおえまお)…自称革命家。短大卒業後就職するも続かず退職。アルバイトで糊口を凌ぎつつ社会変革の活動にひとり邁進する。


 これまでのあらすじ

井苅和斗志は現役を退き予備自衛隊に任用された。
井苅は渋谷東口の飲食店に就職しアルバイトの女子高校生青江麻央と出会う。
青江は自身を革命家と称し、この社会を変革すると息巻き周囲から距離を置かれていた。
国士にして右翼であると自称する井苅は「わたしは革命資金を作るためにアルバイトしてるんです」と主張する青江を気に入り『革命少女』とあだ名を付けた。
そして休憩時間に青江の話に耳を傾け相談相手となり、からかい半分で社会変革論を教示した。
青江はからかわれてるとも知らずに井苅を慕い、感謝の意を込めて井苅のことを『師匠』と呼んだ。
しかしその関係は井苅の転職で長くは続かなかった。
互いに連絡先を交換していなかった二人は音信不通となり数年の時が流れた。


 朝霞駐屯地食堂での邂逅

井苅和斗志は予備自衛隊の5日間訓練をこなすために今年度も朝霞駐屯地に出頭していた。
訓練後の夕食は格別である。栄養カロリー分量を計算された温かい食事が毎日無料で食べられることはありがたい。
おまけに味も悪くないので駐屯地での食事は井苅たち予備自隊員たちにとって大きな楽しみのひとつだ。
その日の訓練を終え風呂道具を携えた井苅は駐屯地食堂でボリューム満点の夕食にひとり舌鼓を打っていた。
「ししょー!」
突然の呼び声。
井苅が茶碗から目を上げると、そこには若いWAC(陸自女性隊員)が夕飯を載せたトレイを持って立っていた。
「わあ、やっぱり師匠だ!ご無沙汰です!」
いったいこのWACはどこの誰だろう。井苅の同期のWACであればもう三十代になっているはずなのだ。
「えーっと、あのう…」戸惑う井苅。
「ええっー!?まさか覚えてないんですかあ!」
どこかで会ったことがあるような見覚えがあるような顔立ちだ。
「師匠ひどいなあ。ほら、渋谷の飲食店で一緒に働いていた…」
もう何年前になるんだろう。毎日のように顔を会わせてたあの高校生にも似た…。
「革命少女じゃないか!」
思わず茶碗を落としそうになる井苅。
「おひとりですかあ?ここ一緒にいいですかあ?」
返事も待たずに井苅の向かいの席に着く革命少女こと青江麻央。
「バイトの時駐屯地のおみやげとか貰ってたからもしかしてと思ってましたけど、まさかご一緒できるとは」
井苅の記憶が正しければ青江は思想的には左翼であり自衛隊とは無縁であるはずだった。

「え?なんだ?おまえ、いったいこんなところでなにやってんだ?」
「見てわかりません?訓練に決まってるじゃないですか」
確かに迷彩戦闘服を身につけている。
髪もばっさりとショートカットに切り揃え、さながらボーイッシュ少女である。
「訓練って…おまえもしかして自衛官になったのか!?」
「やだなあ師匠。ご同業ご同業」
胸元を見れば右胸にプラ製の白い名札をピン留めしている。現役であれば所属部隊名入りの布製名札が胸に縫いつけているはずだ。
名札には【予】と記されていて、確かに予備自衛官ではあるようだ。
「しかも2士って…」
「そう、予備自補あがりの予備自衛官なんですう」
予備自衛官補とは自衛隊経験の無い民間人を予備自衛官として採用する制度であり、平成13年度に創設されたものだ。
一般隊員は3年間で50日の訓練、技能隊員は2年で10日間の訓練を経て予備自衛隊に任用される。
「技能だとすぐに幹部か下士官だもんな。てことは一般か。よくもそんな訓練出てる暇があったなあ」
たった年5日間ですら仕事を休んで訓練に出ることを快く思わない会社は少なくは無い。まして年間16~18日平均となれば理解を得ることは困難だろう。
「最後に会ってから何年だ?おまえ短大行くって言ってただろ?そのあと就職して働いてたら出頭するの大変だったろうに」
青江の瞳が一瞬泳いだ。

「そ、それは、その時はまだ学生だったから、暇はそれなりに…」
なんなのだその動揺は。
「今はどこで働いてるんだ?何の仕事してる?」
「それは…」
口ごもる青江。どこを見ている。何を必死に考えているんだ。
「ま、それはともかくですねえ…」
やおら両手を合わせて青江は叫んだ。
「予備自衛官青江2士。夕食いただきますっ!」
味噌汁を吹き出しむせかえる井苅。
「汚いなあ、何やってるんですか師匠」
「お、おまえだったか!予備自補上がりの変なWACがいるって噂になってんだぞ!」
噂によるとそのWACは、階級が自分より上の者と擦れ違う際は「お疲れさまです」と必ず敬礼をする。
2士は最下級なのですなわちほぼ全ての者に敬礼することになる。
3歩以上は駆け足で動き、2名以上での移動は号令をかけながら行進。
課業後は駐屯地外柵沿いをジョギングし体力錬成で汗を流す。
そして食事の時には大きな声で所属と名前を叫んでいただきますと言う。…
「どうして?わたし何かおかしなことしてますか?」
確かにそれは自衛官としては模範となる行動かも知れない。しかしそれらが奨励されたり教育の一環として義務づけられているのは新隊員などの教育隊だけである。
一般部隊の隊員にそこまでの行動は求められてはいない。まして予備自隊員はお客さん扱いである。担任部隊からすればなるべく大人しくして事故なく怪我なく事件なく、もめ事やトラブルもなく訓練を終了し速やかに離隊していただきたいと言うのが本音なのだ。
「溶け込もうと思って頑張って自衛官らしく振る舞ってたんですけど?」
「いや、逆に目立ってるって!」
「ええ?ダメなんですかあ?」
別に駄目ではないが予備自隊員は既に軍務からは退いている身であり、娑婆での勤務先は本来休日であるはずの身である。

研修気分で適度な訓練は望みこそすれ、煩わしいことと厳しい服務はごめんである。訓練が終われば翌日から仕事なのだ。
こんな行動をとれば青江が他の予備自隊員から疎まれることは想像に難くない。
「自衛隊なんだからこのくらいが常識だと思ってたんだけどなあ」
「だから予備自なんだって!俺らは現役隊員じゃないんだよ!」
もちろん井苅もなるべくならまったりしていたい気分は同様なのだ。
半ば『元自衛官交流会』と化した常備と比べるとぬるいと言わざるを得ない、この予備自衛隊の雰囲気が井苅は好きだった。
    
「て言うか、なんでおまえこんなところに居るんだよ、革命少女のくせに」
シーっと口の前に人差し指を立てる革命少女。
「ここでその名前で呼ばないで下さい。ばれたらいろいろ困るでしょ!ちゃんと青江2士って呼んで下さいよ」
「ばれたらっておまえ、まだ革命活動やってるのかよ」
「当たり前でしょう。この社会を変革するのがわたしの使命なんです」
誇らしげに胸を張る革命少女青江。
十代の少年少女にありがちな何か物語のキャラクターになりきったような一時的な児戯であろうと井苅は思い込んでいたのだが違ったようである。

「いったい何のために予備自になったんだよ」
「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれました、それは秘密の任務がありまして…」
「ああ?まさか潜入か?」
某宗教テロ団体が信者を入隊させていたことが発覚し大きな問題になったことはそれほど昔のことではない。
「もしやおまえ、事を起こす時の潜入要員ではあるまいな?」
革命少女の目をじっと見つめる井苅の目を見つめ返す青江だったが、ふっと表情をゆるめた。
「あ、あはは、あは、ばれちゃいました?“組織”から自衛隊潜入の密命を受けた特殊工作員、それがわたし…」
井苅は席を立つと青江の腕を掴んだ。
「警務隊に通報する。仲間は何人だ?」
「またあ、冗談きついですよう師匠…」
笑いながら見上げると井苅は真剣な表情だった。
背筋が凍る革命少女青江。
「ごめんなさい!嘘です!冗談です!」
青江は井苅の手を振りほどいて必死に叫ぶ。
「違うんです、ちょっと面白がって言ってみただけなんです!ほんとにそんなんじゃないんです、わたしひとりだけです、信じて下さいお願いします!」
涙目になっている青江を見て井苅はとりあえず椅子に腰を下ろす。
「あのなあ、昔の話だが過激派が小銃を奪うために制服を着てこの朝霞駐屯地に入り込んでだな、それで自衛官が殺された事件が起こっているわけだ」
「……」
「例え冗談でも言っていいこととシャレにならんことがある。そのあたり時と場所をわきまえとけ」
「ごめんなさい」
「で、本当に他に仲間はいないんだな?」
「もちろんですよ。同志を誘ったんですが全員に断られまして…」

青江は悔しそうに続ける。
「やはり革命に際しては集団を指揮する能力、統制下掌握下に入って連携する能力、そして武器の使用法に精通していることが重要です。そのような能力を身につけるのに一番手っとり早い場所と言えば自衛隊です」
「まあ、たしかにそうだがな」
「同志諸君はその重要性に気づいていないのです。ただ大衆の数の力だけでは体制を圧倒することはできないんです。過去の例からみれば数を統制し組織的に動かなくては敵は倒せない…」
「あのさあ…」
あきれ顔の井苅は箸を取り茶碗に手を伸ばす。
「おまえの社会変革の前提はなんで武装闘争になってんだよ。反体制ゲリラが集まった民衆と共闘して治安部隊を制し革命を成就させるってどこの第三世界なんだ?で、さしずめおまえはレジスタンス部隊の指揮官ってとこか?」
「えへへ」
「なにウットリしてんだよ、えへへじゃねえよ!」 
しかし井苅はあまり強くは言えなかった。この革命少女青江の発想の出所が井苅にあったかも知れないことに思いあたっていたからだ。
そう、若き日の会長の妄想。國體護持祖国防衛の民兵として直接侵略・間接侵略と闘わねばならない。そのために自衛隊に入り軍事的技能を修得する。…
言うまでも無くある高名な作家の影響なのだが、あの当時その行動原理に関して井苅が青江に語っていないわけがないのだった。
「まあ、何か事が起これば俺もおまえも招集されて鎮圧部隊の一員だけどな」
「あっ…」
あ、どころの話ではない。もしかして青江は今まで気が付かなかったとでも言うのだろうか。

予備自招集のひとつに災害派遣が加えられたのはそれほど昔のことではなく最近のことだ。

本来は防衛出動が主任務である。予備自に治安出動は義務付けられていないとは言っても、招集中に事が起こればどのような任務を与えられるかはわからない。
「そ、そんなの納得できないですっ。わたしが体制の犬だなんて。もしかしてそれで…」
それが原因であろうことは容易に想像がつく話だった。同志たちが青江の提案を蹴ったことは当然と言える。
「で、でも、いざとなったら辞めて革命軍に合流して…もしくはわたしが部隊を掌握して革命軍に…」
「おい、やっぱり警務隊へ出頭するか?」
「え!?いえ、今のはその、話の流れでつい…」
改めて青江の目をじっと見つめ井苅は諭すような口調で話す。
「しかしだな革命少女よ、何もしてなくても月額4000円予備自手当が振り込まれてるんだぞ?貰うだけ貰っといていざ必要とされ招集がかかる時にハイさよならって、それは筋の通らん話じゃないのか?」
「……」
「そんな奴の言う“革命”なんて俺は信用できないね。協力したところでうまく利用されて粛清されるのが落ちだ」
うーん、と青江は唸るとてんこ盛りの茶碗を見つめてじっと動かない。
「おい、何を今さら考えこんでんだ。冷めるぞ、飯を食え」
はっとした表情でうなだれていた顔をあげると青江は手を合わせた。
「予備自衛官青江2士。夕食いた…」
「それはもうやらんでいいから!!」

「ところで師匠」
よほど腹が減っていたらしく、顔に似合わずがつがつと夕食をかき込んでいた青江が不意に顔を上げた。
「このあとお風呂ですよね?師匠も一緒にどうですか?」
「どうですかって、一緒も何もおまえはWAC隊舎でWAC風呂だろうが」
「えへへ、冗談ですよ」
青江は湯呑みに手を伸ばすとお茶をごくりとひと口飲んだ。
「お風呂からあがったらピーで待ち合わせしません?」
「ピーって、ああ、PXか、別に構わんけど」
「明日射撃あるから耳栓買っとかないと。あ、わたし持ってくるの忘れちゃったんです」
射撃検定は予備自訓練のメインイベントと言っても差し支え無い。
「おまえどうなんだ、射撃は得意なのか?」

新隊員前期教育最後の射撃検定で50点満点中45点を出したことが井苅の最高記録である。
その時は膝射ちで5点圏に5発命中と本人もしばらく信じられないほどの快挙を成し遂げた。
しかしそれ以後40点を超える成績は稀にしか無かったのだが。
「わたしはあまり得意ではないですよ。前回はギリギリ合格だったけど…」
年一回の射撃がそうそう簡単に当たるものでは無い。
「射撃予習の時間が今回ほとんど無かっただろ。これじゃ下手くそな奴は当たらんよ」
「あれって意味あるんですか?何回空撃ちしたってやっぱ実弾撃たないと練習にならないんじゃ…」
かつて井苅も経験の浅い頃はそのように考えていたことがあった。
「いや、射撃予習の時間と検定の成績は比例すると言っても過言ではないぞ」
基本は照星照門の正しい見出しとガク引きせずに引き金を引くこと。これだけでもかなり成績は向上する。
もちろん正しい姿勢や呼吸の合わせ方、クリック修正の要領など細かいことをあげればキリがない。
「だから担任部隊が戦闘職種で普通科の時がわりと成績が良くなったりするんだよ。彼らは銃の扱いに慣れてるからなあ」
「銃に詳しい人の指導も重要ってことですか」
「今回は後方の整備職種のあまり銃を使ってない連中が担任部隊だろ?検定の流れの演練ばっかで各人の矯正はあまりしてくれなかったからなあ。これじゃ俺も合格点出すのがやっとかも知れんなあ」
井苅がさほど多いとは言えない射撃経験から導き出した結論は「射撃は簡単に当たらない」。
距離200だ300だなんて当たらなくて当然なのだ。まして狙撃銃ではなく突撃銃である。
もっと近くで弾をバラ撒けば一発くらいは当たるだろう。多分それが戦場での突撃銃の使い方である。
戦場の経験の無い井苅ではあったが、多分銃とはそんな武器なんだろうと想像しているのだった。

「ところでもう食い終わったのか?」
「あ、はい、終わりました」
指導のかいがあったのか、青江が「ごちそうさま」と大声で叫ぶことはなかった。
二人は食器を片付けると、食堂外にある荷物置きの棚に置いてあった自分の風呂用具と着替えの入ったバッグを手に取る。
「じゃあまたあとでPXで!待たせたらごめんなさい」
WAC隊舎に向かう青江の後ろ姿を見送りながら井苅は軽く目眩を感じていた。
隊員浴場前の喫煙所で煙草に火を点け深く吸い込む。
なんだか現役時代も同期のWACと課業後の時間をこんな風に過ごしていたような…。
忘れていた過去の記憶がおぼろ気ながらに蘇ってくる。
ふーっと煙を吐き出し頭を振ると、揉み消した煙草を煙缶に放り込んで井苅は浴場の扉を開けた。

(了)


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