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【読書コント】動物園でのキリンとの出会い

娘:ねーねー。キリンさんはどうしてそんなにお首が長いの?

キリンのぬいぐるみ(父):それはね~。上にある草を食べるためだよー。

娘:そーなんだー!だから首が長いんだー!

娘はとても喜んでいた。今この部屋には私と娘がいる。そして、真ん中には小さいキリンのぬいぐるみが置いてある。

一番忙しいといわれる金曜日になんとか仕事を早く終わらせて帰宅したところ、すぐに娘につかまり「明日の動物園の練習がしたい。」と娘の部屋へ強制的に連行され、キリンのぬいぐるみの役を演じることになった。

思い返すと娘が小学生3年生になった今まで動物園に連れて行ったことは1度もなく、ついに初めての日が明日訪れる。娘の楽しみのボルテージは上がりきっており、私の人生で1度も体験したことがない「動物園の練習」に付き合わされているという今に至る。

娘:キリンさんが好きな食べ物はなんですか?

キリンのぬいぐるみ(父):葉っぱだよー。

娘:葉っぱ食べるとそんなに大きくなれるの?

キリンのぬいぐるみ(父):そうだよー。栄養いっぱいなんだよー。

娘:そうなんだー!私も葉っぱいっぱい食べようかなー!!

娘の夢を崩さないようにキリンの声と自分の声を使い分ける私。小学3年生ではあるが、1つ1つの会話を無邪気にそして本当に楽しそうにしているのを見るとわが娘ながら本当にかわいいなと思ってしまう。

父:明日早いんだからそろそろ寝ようか!

娘:わかった!!パパ、明日寝坊しないでね!

父:もちろんだよ!9時に起きて10時には家でるからな!

娘:わかった!明日絶対キリンさんと会ってお話するもん!

父:キリンは絶対見いに行こうな!おやすみ!

娘:おやすみ!

翌朝娘は時間より早く起き、今日仕事の都合で動物園に行けなくなってしまった妻に協力してもらいながら準備をスムーズに終わらせた。そして出発の時間まで事前に手に入れた動物園の園内地図を指でなぞり道順のイメージトレーニングをしていた。遠くからちらっと見るたびに他のどの動物を見に行くのも娘の指はキリンのところを経由しており、(あぁ~今日はキリンとは10分に1回ぐらいの割合で遭遇するかもしれない)と心の中で覚悟した。ただ、初めての動物園を娘のやりたいようにやらしてあげようとも思った。

動物園にはお昼過ぎには着いた。電車の中でも娘はずっと動物の話をしていた。こんな話過ぎたら着いたら逆に飽きちゃうのでは?と心配もしたが、モチベーションを下げることなく、むしろ完全に上がりきった状態で動物園の入り口まで到着することが出来た。

父:やっと着いたね!チケットを係の人に渡して入ろう!

娘:早く!早く!早く!

父:よし!じゃあ!行こうか!

動物園に入ると同時に娘は私の手を取り、全速力で駆け出した。もちろん1番狙いの大好きなキリンのもとへ。娘は事前のイメージトレーニング通り最短距離でキリンの目の前まで到着することが出来た。

娘:わーーーー!本物のキリンさんだぁぁ!!!!大きい!

実際のキリンを初めて目の前にして目をまん丸にしながら、とても喜んでいる娘を見て、もうすでに今日来て良かったと感じた。

娘:キリンさーーーーん!!!こんにちわーーーーー!!

娘は小さい声が少しでも大きくなるように両手でメガホンを作り、キリンさんにご挨拶をした。周りには多くの家族連れやカップルが会話をしながらキリンを見ていたが娘の声は一番大きく、どこまでも届くんじゃないかと思うほどだった。

娘:キリンさーーん!!!初めましてーー!!ずっと会いたかったよー!!

?:初めまして。

低い声がかすかに聞こえた。ドラマで最後に出てくるラスボスまたは主人公が働いている会社の社長とかのような渋みがあるれる声だった。娘はその声が聞こえていないのか、キリンへの呼びかけを続けている。

娘:キリンさーーーーん!!!お名前を教えて~~~!!!

?:名前を聞くときは自分からだと思うが?まずは自分が名乗りなさい。

注意された・・・。おじさんボイスでの縦社会の礼儀の指導は大人である私でも少し心にダメージを負うぐらい強烈であった。

(どうか私だけの空耳でありますように。)そう思いながら、おそるおそる娘の方を見ると娘はうつむいている。聞こえている。この低音ボイスは間違いなく娘にも届いているようだった。

(えっ。これ、もしかして・・・全員に聞こえているのか?) 周りを見渡してみると周りのどの家族やカップルも先ほどと同じく話をしながら楽しそうにキリンを見ている。どうやら二人だけにしか聞こえないようだ。娘を励ましてすぐにこの場所から去ろう。と心に決めて娘に声をかけようと思った瞬間だった

娘:ごめんねー!!!私は春香って言います!あなたのお名前教えて~!!

落ち込んでいた娘が勇気を出して謎の声に対して謝罪して会話を続けた。

?:春香さん。こんにちは。私はキリンの権左衛門と申します。

(あいつだ!)キリンが3頭ぐらいいる中で一番奥のキリンがこっちを向いて口をパクパクさせている。娘も私と同じタイミングで権左衛門さんの存在に気付いたようだ。

娘:権左衛門さーーーん!!こんにちわーー。

娘は小さい体をめいいっぱいつかってキリンに向かって手を振っている。

キリン:足と手はすべて地面につけているため、手を振れないんです。手をふってくれてありがとう。そして、手を振れず申し訳ない。

(とても律儀だ。)私はそう思った。律儀で上下関係に厳しくしっかりと注意できる大人。人間だったら理想の上司になるんだろうな。とも感じた。

娘:いいよ~~!返事してくれてありがとう!

キリン:元気いっぱいだね!一緒に来ているのはお父さんかい?

娘:お父さんだよ~~!

娘がこちらを「挨拶してよ!」という顔で見てくる。この年でキリンに挨拶する日が来るとは思っていなかった。恥ずかしい気持ちをうちけせないままとりあえず声を出して挨拶をしてみた。

父:私は春香の父の太郎と申します。

キリン:声が小さい!

父:私は春香の父の太郎です!!!

キリン:声が小さい!!

父:私は春香の父の太郎です!!!

キリン:まだ声が小さい!!!

父:私は春香の父の太郎です!!!

キリン:年齢は!!

父:41歳です!!

キリン:最近一番恥ずかしかったことは!!

父:パンツを前後ろ反対で1日過ごしていたことです!

キリン:よろしい。

(野球部の初日の挨拶じゃあるまいし。)2度目の挨拶から少しずつそう感じたとともに、アメリカの鬼教官のしごきのようなシステムにのせられて娘の前で最近一番恥ずかしかったことまで言うはめになった。

娘:権左衛門さんはなんでそんな首が長いの~?

娘は私の恥ずかしエピソードに興味はないようで、キリンに対して聞きたいことを質問した。

キリン:恥ずかしい~~。答えたくない~~~。なんでそんなこと聞くのー

さっき声が小さいと叫んでいたやつが急にぶりっ子を始めた。

娘:言いたくないなら、言わなくて大丈夫だよ~。

父:(娘に小声で)大丈夫だろ!教えてくれるから聞いてみなよ!

キリン:おい、太郎。人が嫌がることを聞くのはハラスメントに該当する。娘にそんなことをさせるのかね。君は。

(俺にだけはやけにやたらと厳しい。) 3人の序列でいうと娘<キリン<私となぜか私が一番下になっているような気がした。ただ、キリンの言うことも間違ってはいないなとも感じた。

キリン:悪いことをしたら、謝るのが普通だろ。

父:キリンさんにハラスメントをしてごめんなさい。

キリン:声が小さい!!

父:キリンさんにハラスメントをしてごめんなさい!!

キリン:まだ声が小さい!!!

父:キリンさんにハラスメントをしてごめ/キリン:いいよ。

3度以上言い直させるアメリカ軍隊スタイルでのどの痛みを感じるとともに、私の最後の謝罪にかぶせ気味に言ってきたいいよに少々腹がたった。

娘:権左衛門さんの好きな食べ物は何ですか~~?

キリン:緑黄色野菜だね。断トツで。

(なぜ少し健康志向なの?葉っぱでいいじゃん。)と私は思った。しかしそれを口に出すことでアメリカ鬼軍曹モードが始まるので、心の中にとどめておいた。

娘:緑黄色野菜ってなんですか~?

キリン:かぼちゃとかにんじんとかみたいな栄養豊富な野菜だよ!

娘:緑黄色野菜は栄養豊富な野菜なんだ!!

緑黄色野菜の大声のやりとりを聞いている中でふと我に戻った。そして、周りの家族やカップルからの視線に気づいた。権左衛門の声が聞こえていない周りの人たちからするともしかして・・・娘は大声で緑黄色野菜のことを質問して自分で答えている。それは突然の大声自問自答大会in動物園。もし他の家の子が同じことをしていたらすぐにこの場所を離れるだろう。

そして気づいた。数分前に41歳の大人が動物園のキリンの前でいきなり名前を何度も叫びだして、最近あった恥ずかしいことを発表、最後にはキリンにハラスメントをしたという戯言を叫びだしている。この人のほうがよっぽど変で危険だ。つまり周り家族やカップルの視線を送っているのは娘ではなく、私だった。恥ずかしい・・・。今すぐこの場所から逃げ出したくなった。

父:あっ。お母さんから帰ってきてってメール来たから帰ろうか。

娘:え~。来たばっかじゃん。

父:お母さん一人ぼっちだったらかわいそうでしょう!

娘:しょうがないな~。じゃあ帰ろぅ!!

父と娘:権左衛門さん!じゃあねー。

キリン:じゃあねー。また来るんだよー。

(娘と一緒に言えば、鬼軍曹モードでないんかい)そんなことをお思いながら私は娘と動物園を後にした。

帰り道の電車で今日の不思議な体験のことをふと考えた。今日の出来事はキリンのことをずっと好きだった娘が起こした幻だったのか。それとも近くのおじさんがこっそり私たち2人に対してキリンのアテレコをしてくれていたのか。考えれば考えるほどわからなくなっていく。ただ、一つ確かなことは娘と初めての動物園でとても楽しい思い出ができたことだった。それだけで私は十分だった。寝ている娘に小声で「昨日の練習役に立ってよかったね。」そうささやいてから、私も目を閉じて眠りに落ちていった。

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