<短編小説>忘れもの①

〈プロローグ〉
売れなかった俺たちのバンド。ついにSNSでバズッた。曲名は「さよならも言わずに」。思いを詰めた歌だった。一流の作曲家でもないのに,メディアは僕を神として扱った。連日くる取材の依頼に嫌気がさすほどだった。

「本当にダ時なことは案外見えないところにあるんですよ。近くにいても,遠くにいてもそれは雲隠れしていて,大事な記憶さえも押さえつけてしまう。」

「そんな風にかっこよく歌いたかったんですよ。」

「なるほど,かっこいいですね,やはり,ソングライターとしても輝いているというか…」

「やめてくださいよ,僕はあくまでもただのシンガーですから」
「それにただ僕は声で届けるのが仕事ですからね。」

そうやって,記者からくる「今後の期待」を避けながら。
僕は取材を終えたのであった。
12月寒空の下で僕は今日も家にこもって歌を書く。

<始まり>
終らないセミの泣き声。上昇する焦燥感。何もかもが嫌になりそうな6畳一間。僕はそこにいつも閉じ込められていた。身動きが取れない。まるで鎖に繋がれた犬みたいだ。コンビニの前で飼い主を待つあいつと僕は変わらない。ちっぽけな男だ。12月から変わっていないホワイトボードの予定表を見て,ため息をつく。結局何も変わらないじゃないか。何も変えられないじゃないか。それでも生きていなかなきゃならないのか。崩れそうな魂に鞭を打って,決心を付けなければならない。

スマホの上を慣れた手つきで滑らす。更新されるSNSで今日のニュースを確認した。誰もかれもが炎上の危機にさらされるSnSにも閉塞感を感じてはいたが,ここにしか居場所がなかった。いつものやつに声をかけようか。

「よう,らりっちゃん。今日の調子はどう?」素早く指でポチポチしてネットの海に投げてみた。

「おはよー,よっくん。私は今日もご飯が食べられなくて泣きだよ涙。」

彼女からの返信はいつも宇宙の光線レベルで早い。今日も相変わらずの速さで,お返事が来た。ご飯が食べられず悩んでいるらしい。しかし,その子の投稿を確認してみると,数えきれないほどのごちそうが机に並んでいるのが見えた。ご飯が食べられない。彼女からくる相談はいつも同じだ。僕からしたら十分食べているじゃないか。そう思ってしまっても彼女にそんなことは言えない。スマホの端っこにあるボタンで文字を消した。まぁべつの話でもしてみるか。

「いまどこにいるの?」

独りの部屋からケーブルを通じて投げてみた。

「今,栄にいるよ。」

「よっくんも,来ない?」

栄か。物騒なところにいるんだな。現在,夜中の12時半。終電ももう終わっただろか。そんなことを頭に駆け巡ったと思ったら,次に巡ったのは大量のアルコールであった。

 

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