インタビューとは世界の謎を解き明かすプロセスである
「聴く」こと。それは普段私たちが何気なく行なっている行為でありながら、非常に難しいことだと感じる。
筆者は以前教師として毎日学校で授業を行なってきたが、振り返ってみると授業の進行に重きを置くあまり、生徒の話を聴くことがおざなりになっていたように思う。
仕事に限らず夫婦間、友人間でも話を聴き合えているようで実際はできていないこともあるだろう。
このように、聴くことに悩む人に向けて、ライターの宮本恵理子さんがゲストをお招きし、インタビューのコツをインタビューする勉強会が開催された。第10回にあたる今回のゲストは日経BPで書籍編集者として活躍されている中川ヒロミさんだ。
中川さんは2021年1月に100万部を突破した『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(ハンス・ロスリングら著 上杉周作、関美和訳 )を始め、その他数々のヒット作を連発している敏腕編集者であり、「話す」「聴く」のプロである。
大学時代は理工系の学部に所属し、エンジニアを目指されていたそう。その夢は破れたものの、テクノロジーの分野に携わる方やエンジニアの話を聞き、世界観を伝えたいという思いで日経BPに入社された。
今回の勉強会はインタビューを生業にしている記者やライターだけでなく、普段の人間関係で「上手にコミュニケーションが取れていない」と悩む方など幅広い人の心に刺さるものであった。学び多き1時間の中でも特に参考になったインタビュースキルを紹介する。
■Profile
▼インタビュイー(語り手):中川 ヒロミ(なかがわ ひろみ)
書籍編集者。大学では機械工学専攻でエンジニアを目指すものの、力学とプログラミングのセンスのなさに気づいて断念。新卒で日経BPに入社し、通信の専門誌「日経コミュニケーション」の記者としてメーカーやキャリアを取材。その後、2005年から書籍編集に携わる。『ファクトフルネス』『HARD THINGS』『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』『TED TALKS』などの翻訳書を中心に担当する。猫好き。
▼インタビュアー(話し手):宮本 恵理子(みやもと えりこ)
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)に入社し、「日経WOMAN」や新雑誌開発などを担当。2009年末にフリーランスとして独立。
主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。一般のビジネスパーソン、文化人、経営者、女優・アーティストなど、18年間で1万人超を取材。ブックライティング実績は年間10冊以上。経営者の社内外向け執筆のサポートも行う。
主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』『新しい子育て』など。担当するインタビューシリーズに、「僕らの子育て」(日経ビジネス)、「夫婦ふたり道」(日経ARIA)、「ミライノツクリテ」(Business insider)、「シゴテツ(仕事の哲人)」(NewsPicks)など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。
本質を見抜く中川さんの”聴くチカラ”
書籍編集においては良質なインタビューが要である。担当した著者から「僕が今まで本を作らせていただいた編集者の中でダントツにフィードバック力があるのが中川ヒロミさんです」という言葉が寄せられるほか、一緒に働くチームメンバーからも、本を編集する際切り口に迷うとき、「話をすべて聞いた上で大事な場所がどこかを言い当ててくれる」と信頼の声が上がる。
そんな中川さんがインタビューを行なう上で心がけていることは何なのだろうか。
分からないことは迷わず聴く潔さ
”忙しい方からお話を伺うので最低限の準備は行ないますが、その上で分からないことは積極的に質問することを心がけています。特に若い頃は、こんな質問をしたら馬鹿だと思われるのではないかと身構えたりしましたが、歳を重ねると気にならなくなりましたね。分かったふりをしないのが大事だと思います”
そんな中川さんでも、昔は取材中にあれもこれもと聞きすぎたために「勉強不足だ」と言われたこともあったそう。その反面、インタビューをする中で本当に賢い人は相手の理解度に合わせて説明してくれることに気付き、馬鹿にされることが怖くなくなったという。
「最低限の準備はした上で分からないことは質問する」。シンプルだけれど重要なことだと宮本さんも大きくうなずく。
もう一歩踏み込んで問う姿勢
そうは言っても、分からないことをなんでもかんでも質問していたらいくら時間があっても足りないだろう。中川さんは深く質問する部分を判断されているはず。いったいどのような場合にもう一歩踏み込んで質問されるのだろうか。
”簡単に想像できるような一般論が返ってきた場合、「本当ですか?」とさらに突っ込んで質問しますね。例えば「取材の前は準備をします」と言ったとして、確かにそれは当たり前なのですが、時間がなかったり材料が揃っていなかったりしてできない場合もある。そこで、「毎回は調べられないですよね?」と問うことで本音の部分を引き出せたりしますね”
インタビュイーの表面的な部分だけでなく、人間らしい部分やリアリティにフォーカスしてインタビューを行なう中川さんの姿が垣間見られた。
大物を前にすると萎縮してしまう人もいるだろうが、素直な気持ちで対峙することを中川さんは忘れない。それがインタビュアーとして最強な姿勢なのだと宮本さんも太鼓判を押す。
一方で、取材中でも興味のもてない話題には黙ってしまうなど、好奇心に素直すぎることもあるとか。
中川さん自身は「自分が興味のないテーマを我慢して聴くことができない。社会人としてはどうなんだろうか......」と苦笑するが、自分の好奇心にフタをせずに正直に生きることが良いインタビュー、本作りにつながっているのだろう。
好奇心に従って質問するようになったきっかけ
このように中川さんが自分の好奇心に従ってインタビューするようになったのは、ある記者会見がきっかけだそうだ。
”駆け出しの記者の頃、ジュネーブで展示会を取材する機会があって。そこでシスコシステムズのジョン・チェンバースCEOが「5年後に電話はタダになる」と宣言されていたんです。日本に帰ってからNTTの記者会見で当時の宮津純一郎社長に、「5年後に電話がタダになるという話があるそうですが、どう思われますか?」と思い切って質問したんです。そうしたら、社長が意表を突かれたような表情で「電話がタダになったら商売あがったりだよ〜」と言われて。それを記事にしたら話題になったんです。記者会見は硬い場だったので、なかなかフランクな質問ができる雰囲気ではなかったのですが、自分の素直な気持ちで質問して書いた記事が読まれたことは自信につながって。馬鹿だと思われても興味のあることは聞いたほうがいいと、若手ながらに感じる経験となりました”
中川さんはとても大きな成功体験を経て、現在のインタビュースタイルを確立されたようだ。この姿勢は本作りにもつながっている。
”自分の興味がないことは、いくらインタビューして本を作ろうと思っても売れないと思うんですよね。良い本を作るには作り手に純粋な好奇心があることが大切だと感じています”
傑作『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』も中川さんの「知りたい」という純粋な好奇心から生まれたようだ。
”著者のハンス・ロスリングさんは学者で統計学者なのですが、TEDでとてもユニークな語り方をするんです。すごい人なのにユニークという異端な方で。周りからどう見られても真実を伝えることが大事だと考える人なんです。2015年にこの方の本を出したいと思い始め、現在に至ります”
純粋な好奇心からスタートし、100万部突破を達成した『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』。
”自分の好奇心に従って仕事をするほうが楽しいと思うんです。興味のないことをやっていても、「本当にそうなのか?」と問いたくなるような気持ちは湧き上がってこないですし”
とはいえ、若い頃は多少興味のないことでも一生懸命仕事に取り組まれていた中川さん。そのような下積みの期間があったからこそ、現在の好奇心に素直に仕事をするスタイルが確立されたのだろう。
会場からの質問
会場からは多数質問が上がった。その中でも2つ主なものを取り上げる。
ーインタビューの際に聴くことと問いを立てることを同時に行なう難しさを感じていますが、うまくいく方法は?
ある程度、これを聞いておけば記事が書けるということを先にピックアップしておくといいと思います。それ以外は聞けたらラッキーくらいの気持ちでプレッシャーを感じず、余白を残すことが大事ですね。
ー読者目線を獲得する上で大事にしている習慣は?
SNSを見たり、子供に尋ねたりすることですかね。本の帯について「これって難しそうに見えるかな?」と息子に聞くことも。意外と一般的な視点は大事ですね。あとはママ友との話の中で気付きを得るなど、偏った人とばかり話すのではなく、様々な視点を持った人と意識的に話すようにしています。
中川さんにとってインタビューとは
最後は、この勉強会で宮本さんがゲストの方に必ずする質問で締めくくられる。
ー中川さんにとってインタビューとはなんでしょうか?
世界の謎を解くことです。もちろん真実ばかりを教えてもらえるわけではないですが、何かを教えてもらえることは幸せなことだと思います。大学時代はプログラミングでバグが起きた際にうまくいかず、一人で悶々と悩んでいたのですが、今は分からないことがあればすぐに人に聞いて教えてもらうことができる。聴く喜びを常に感じています。
謎の多い世の中、聴くことで解き明かされることがたくさんある。それは一見すると当たり前のようだが、謎は謎のまま永遠に葬られることも多い中で幸せなことだと改めて考えさせられた。
まとめとして、以下が今回中川さんから教えていただいた「聴く」ことのテクニック3つのポイントである。
①分からないことは積極的に聴く
②一般的な答えで返ってきたらもう一歩踏み込んで聴く
③自分の好奇心に従って聴く
インタビューをしたり人と話したりしているとつい、話題が途切れないようにしなければと必死になりがちだが、リラックスして会話を楽しみ、自分の心から湧き出る疑問に従って質問することが大事なのだと知った。
「心と心で向き合うこと」が良質な会話やインタビューを生むのだと中川さんのインタビューを通じて学ぶことができる勉強会となった。
(取材:宮本恵理子、構成・文:五十嵐美穂)
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*本記事のインタビューのコツをインタビューするオンライン勉強会「INTERVIEW ABOUT INTERVIEW Vol.10」録画版チケットはこちら。
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