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ピンチを救えた者こそ、チャンスが来る。
新日本プロレスを退団することを発表したオカダ・カズチカが退団の真相を明かしたが、その際にこういう発言をした。
オカダ これからの新日本プロレスに一つだけ言えるのは、全然チャンスじゃないよっていう。僕がいなくなったから席が空いたとかじゃなくて、確実に言えるのはピンチだよって。次の世代が『よし、これはチャンスだ』と思うのは確実に間違いだと思うんです。このピンチを救えた者にチャンスが来るというか。
オカダが抜けたからってチャンスではない、ピンチを救えたものにチャンスが来る。この言葉を聞いて思い出したのは三沢光晴だった。
1990年に全日本プロレスから天龍源一郎が退団、天龍はジャンボ鶴田だけでなくジャイアント馬場までもフォールを奪ったことで、全日本プロレスの中心選手となったが、メガネスーパーが設立した新団体SWSへ引き抜かれる事態が起きてしまった。
その時に当時2代目タイガーマスクとなっていた三沢が試合中にマスクを取って素顔になったことで大きなインパクトを呼び、6月8日の日本武道館でジャンボ鶴田を破った。この瞬間、三沢は全日本プロレスのピンチを救うことで、天龍にとって代わる中心選手となっていった。
ピンチを救ったのは三沢だけでなかった。天龍が退団した後も、中堅若手選手がどんどんSWSへ移籍して、全日本プロレスの選手層は一気に薄くなったが、代わりに川田利明、田上明、小橋建太が台頭し、後に四天王を形成することで、全日本プロレスに新たな一時代を築いた。
オカダ・カズチカが新日本プロレスから抜けることは、団体にとっても痛手だが、このピンチを救えた者が本当にチャンスが来る。果たしてその選手は誰なのか、これも今後の新日本プロレスの大きなテーマになっていくのかもしれない。