臓器移植の流れと法的脳死判定項目
今回の記事では臓器移植の流れと法的脳死判定項目について解説していきます。
脳死が臓器移植のために作られた新しい「死」の概念であるということは「死」という概念(心臓死・脳死)の記事で説明しました。
脳死を「死」と定義する上で最も懸念されるのが脳死状態と診断された人が生き返ってしまうことです。脳死を「死」として認めない人はこの危険性を最も問題視しています。
なぜなら、生き返る可能性がある人間を臓器移植のために死なせるということは倫理的に許されないですし取返しのつかない大惨事になってしまうからです。
法的脳死判定項目は脳死を法的・医学的に「死」と担保するために用いられる判定項目です。
法的脳死判定項目を満たす人間は決して生き返ることがない脳死状態として認めることができます。
逆に言えば、法的脳死判定項目は万に一の可能性もないように医学研究結果などを踏まえた上で脳死という「死」を定義しています。
一般的な「死」である心臓死の場合は率直に言えば分かりやすいので死の三徴候を確認するだけでいいのですが、脳死の場合は本当に「死」であるのかが分かりにくいので法的脳死判定項目に沿って判断する必要があるということなんですね。
法的脳死判定項目は①深昏睡(JCS300・GCS3)②瞳孔の散大(瞳孔が直径4mm以上で、外からの刺激に変化がない)③脳幹反射の消失(角膜反射・対光反射・毛様脊髄反射・眼球頭反射・前庭反射・咽頭反射・咳反射)④自発呼吸の停止⑤平坦な脳波です。
ちなみに③脳幹反射の消失の中に聴性脳幹反応は含まれていませんが、確認することが望ましいとされています。医師国家試験では聴性脳幹反応が法的脳死判定項目に含まれないということがしばしば出題されますが、これは法的脳死判定項目に含まれないものの聴性脳幹反応も確認することが重要であるということを伝えたいという意図が含まれているのではないでしょうか。
2人以上の医師が法的脳死判定項目を満たしていることを確認した後、6時間以上空けて再び一連の検査の2回目を行い状態が変化しないという確認をした後に法的脳死と判定されます。
6歳未満の小児は脳の回復力が高いことから24時間以上空けて2回目を行います。
心臓死では死の三徴候を確認するだけでよかったのですが、脳死ではこのように法的脳死判定項目はかなり厳しく基準が決められています。
また、法的脳死判定項目には除外条件がたくさんあります。これも先ほど述べたように、やはり万に一の生き返る可能性を排除しないためです。
脳死と似たような状況に陥る可能性がある場合は除外することで、誤った脳死判定を行わないようにするのです。
法的脳死判定項目の除外条件として①収縮期血圧が90mmHg未満②急性薬物中毒③直腸温が32℃未満の場合は低体温状態と区別がつきにくいので除外される。6歳未満の小児では35℃未満の場合に除外される。④生後12週未満はデータが少なく、脳死判定におけるエビデンスが少ないことから除外される。⑤子宮体内胎児保全のために妊婦は除外される。⑥代謝・内分泌障害(肝性脳症・尿毒症性脳症)⑦除脳硬直・除皮質硬直などが挙げられます。
ちなみに除脳硬直・除皮質硬直とは脳幹が障害された際に異常な筋緊張が生じて異常姿勢をとる状態を指します。「脳死」は完全に脳幹機能が消失している状態であるので、除脳硬直・除皮質硬直は起こりません。逆に言えば除脳硬直・除皮質硬直は脳幹障害を示すものの脳幹機能消失を否定するので、法的脳死判定項目の除外項目となっているのです。
医師国家試験では脊髄反射(四肢腱反射・深部腱反射)の消失が必須でないことがよく問われます。脊髄反射は脊髄内で神経経路が完結する反射を指し脳は関与しないので、脳死判定には関係しないというのは分かりやすいですよね。
続いて臓器移植の全体の流れについて説明していきます。
臨床的脳死判定を行って、医師が臨床的に脳死状態だろうなと判断したらまず家族と話をします。まず家族と面談をするということは過去に医師国家試験で問われています。
そして家族に患者が脳死状態であることを伝えて臓器提供について相談します。ポイントなのは医師は臓器提供自体についてはそれほど詳しく家族に伝えないということです。
臓器移植を円滑に行うために日本には臓器移植ネットワークという組織があります。この臓器移植ネットワークは各病院間・医師・家族のやり取りを仲介して臓器移植をスムーズに進める役割を果たしています。
臓器移植ネットワークには臓器移植コーディネーターがいます。臓器移植コーディネーターは家族に臓器移植の制度について詳しく説明するという役割を果たします。
医師は家族に対して「臓器移植に関して詳しい説明を望むかどうか」ということを家族に尋ねます。
そして、家族が「臓器移植に関して詳しい説明を望む」場合に医師は臓器移植ネットワークに連絡して病院に臓器移植コーディネーターを派遣してもらいます。
そこからは臓器移植コーディネーターが医師に代わって臓器移植に関して詳しい説明を行った後で家族は臓器移植を承諾するかどうかという意思決定をします。
臓器移植は内容がかなりセンシティブである上に制度などが細かいので医師のみでは説明するというのが難しく、臓器移植コーディネーターというその道のプロに任せるということなんですね。
家族が臓器移植を承諾した場合は法的脳死判定を行って、脳死ドナーの組織適合抗原(HLA)を調べてレシピエントが選択されて、移植チームが臓器移植手術を行うという流れになっています。