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想い出おじさんにはなりたくないから-SF映画みたいな未来を夢想する今日

■お台場からZepp Tokyoが消える日

Zepp Tokyoが閉館するらしい。

まだはっきりとした発表があったわけではないらしいけれど、どうやら元々決まっていた事のようで、Zeppだけでなく周辺の商業施設なんかもまとめてなくなってしまうのだと言う。なんでも2022年頃を目処に閉館が決まっていて、そのあとはZeppよりももっと大勢の観客を収容出来るアリーナが建設されるそうだ。楽しみじゃないとは言わないけれど、なんだか慣れ親しんだ想い出の場所がダム湖の底の水中遺跡にでもなってしまうような、えも言われぬ淋しさを感じてしまう。

初めてZepp Tokyoに行ったのは、2013年のPlastic Treeのライブだった。今時期を確認したくてツアー名で検索かけてみたら、2013年って出てきてめちゃめちゃびっくりした。もう7年前? 嘘!? 詳細は流石に忘れてしまったけれど、そこで観た情景も空気の質感も、まだつい最近の事のように生々しく思い出せるのが不思議だ。当時はまだピヨピヨのひよっこなライブキッズだったから張り切りすぎてしまって、開場時間の1時間も前に到着してなんか広場みたいな空間で待機していたような記憶がある。確か当時Zeppの横辺りにやたら背の高い木が生えていて、その上で小鳥がピヨピヨ、ピヨピヨとけたたましく一足先にリサイタルを開催していたっけか。終演後にすっかり暗くなった外へ足を踏み出すと、秋の薄墨を流したような淡い夜空の雲の狭間に、プリズムみたいな色のネオンを光らせた観覧車が幻のように浮き上がっていた。僕はその時、彼等を好きになったきっかけのひとつとなっている楽曲、『リプレイ』の歌詞を思い出していた。

「最終便の観覧車――――。
君と僕が夜に浮かんでく。」
(出典:https://www.uta-net.com/song/69721/

KEYTALKの初めてもZepp Tokyoだった。今から4年前の秋のツアー。そうか、あの時も秋。相変わらずちょっと気が違った感じのサブタイトルに因んだ、秋の味覚きのこを彷彿とさせるタイトルばかりが選ばれたSEのチョイスがおかしくておかしくて、友人とふたり開演ギリギリまでずっと笑い転げていたっけ。まさかライブハウスで、〇ん〇ん摘まんでおしっ〇で雪に名前を書く歌を聴かされるとは思いもしなかった。
そうそう、ライブ前に行くヴィーナスフォートのヴィレヴァンがまたイイんだわ。Zeppのすぐ近くにある、家族連れ向けのショッピングモールの奥深くにある結構デカめの店舗。高い天井、そのギリギリまで本棚がこれでもかとそびえ立っていて、人気のあるBL漫画から幻想怪奇小説、世界の秘境の景色を集めた気が狂いそうな写真集まで、大量の本が寿司詰め状態になっている。ちょっと中二階みたいになったスペースにはお洒落なヴィンテージ雑貨が所狭しと陳列されていて、いつか広い書斎を手に入れたならこんな場所にしたいと足を踏み入れる度に思っていた。初めてKEYTALKのライブ取材の依頼を受けた時には景気づけにそこで新しい取材用のノートを買ったし、ギリギリまで仕事が終わらず涙目になりながら原稿をやっつけて向かったプラの有村竜太朗さんのソロライブの前には、焦りが功を奏したのか思いの外早く到着しすぎてしまって、何故かオーケンのエッセイの文庫本を買った。多分、フリーライターの不安定すぎる生活に嫌気がさして、なんか色々と迷ってたんだろう。

僕の音楽好き、バンド好きとしての生活にはZeppが欠かせなかったし、いつの想い出を振り返っても殆ど必ずZepp Tokyoの姿が、あの緑色のロゴネオンと倉庫みたいな外壁と、可愛いドリンクホルダーの記憶があった。

■思い出したくない事ばかり

人生って、思い出したくない事ばかりだ。
急に厭世家みたいになって申し訳ない。別に今から山に籠ろうなんて気は毛頭ないけれど、小学生の頃は人並みにいじめに遭ったし中学に上がったら父親は失踪したし、そんな感じの家庭の事情で大学は中退、高校の頃は家の経済状況を案じすぎて軽音部に入れなかった(何故なら楽器は高いから。本気で取り組んだらきっと先輩のお古をレンタルでは満足出来ないと思ったのだ)から、今でもバンドマンになりたかったと言う後悔と嫉妬を胸の中で醸成し続けている自分の人生をざっくりとでもふりかえると、やっぱり今後一切の人間関係を断って山の奥のお堂にでも引きこもり、数十年後には虎にでもなって友人達の前に突如現れてやろうかな、なんて気持ちにもなるよな。

別に決して不幸自慢がしたいわけじゃない。不幸自慢は不幸自慢を呼ぶし、この世界にはもっともっと恵まれない環境に身を置いているひと達がごまんといるのは真実だ。そんな蟲毒を生成するような事はしたくないので敢えてさらっとあっけらかんとテンポよく一文に収めてみたわけだけれど長くてこれ読みにくいねごめん。

そんな事はどうでもよくてだな、ただ、僕みたいにやたらスカを引きがちなアンラッキーちゃんだとか人生に後悔の多いひとにとってのあるあるの中に、“嫌な記憶のフラッシュバック”があると思う。
嫌な記憶はなかなか消えない。人間の防衛本能として詳細部分の記憶が薄くなったりはするだろうけれど、ふとした瞬間に蘇っては、何年も何年も、下手すりゃ死ぬまで、脳味噌の奥のやわらかい部分を尖った刃でちくちくと小さく傷つける。急に弱気になって孤独を抱えながら眠る夜の布団の中で、あの日あのひとにひと言も言葉を返せないまま終わった恋の想い出が、自分を捨てて消えた親を探して走り回ったターミナル駅の地下街の匂いが、ふいに蘇っては叫びながら家中を走り回り、泣きじゃくりたくなる。
それを予防するために、僕はこれから起こりうる「良い想い出」になりうるであろう物事に想いを馳せる。来週リリース予定の好きなアーティストの新譜、来月友人と一緒に下北沢に行く時の服装、再来月に控えたライブのための遠征の予定。それらで頭の中をいっぱいに満たして、埋め尽くして嫌な事は忘れる。そして寝る。睡眠は金。

勿論良い想い出だって山程ある。中学の修学旅行の時、めんどくせえタイプのセンコーからの説教を乗り越えて仲間同士ひとつの部屋に集まり、テレビの音を小さくしてこっそりアニメの『銀魂』を観た事。池袋で親友と「なんか食い足りねえな!」と言い合い夕食の後に入った、やたらファンシーな内装の深夜の喫茶店で食べたパフェ。ライブ遠征先のホテルの目の前がソープランドで、なんだかおかしくなってきて連れの友人と大笑いした事。幾らでも思い出せるけれど、良い想い出ってもんは自力で思い出さないとそうそう思い出すもんではない。嫌な想い出は勝手に蘇って、勝手に僕の精神を少しだけ蝕んでは、勝手に消える。
100のちいさな幸せを大事にしたいのに、たったひとつの悪い記憶がそんな気持ちをぶち殺して、僕を孤独の深淵に立たせる。そこから落っこちないための方法はただひとつ、後ろを無理に振り返らずに必死に前だけ見て歩く事。

別に決してポジティブなわけじゃない。寧ろ年中病んでは布団の中でのたうち回るアッパーメンヘラネガティブ野郎だ。だからこそ僕は前しか見られない。その先の楽しい事を考えて、目の前にニンジンのように吊るし、競走馬のように深淵を走る。思い出したくない事ばかりの過去なんか想っている暇はない。想い出に浸っている暇だってない。

■ライブハウスを知らない子供達

「あの頃は良かった」って言葉が、この世で一番嫌いだ。だってそこには救いがないから。過去を悔やんでもどうしようもないのと同じように、過去を羨んでも現在が良くなるとは限らない。若い頃の栄光にしがみついて自慢しまくりパワハラセクハラなんでもありのオッサン、あれと同じだ。この世で一番醜い生き物はニュウドウカジカなんかじゃなくて、想い出おじさんなんじゃないかと僕は思う。
世界は日々アップデートされていて女性は別に結婚してなくても子供がいなくても仕事に生きていてもいいし、男性も大切なひとの前で泣いても弱音を吐いても(程々なら)まったく構わないし、男女以外の性別だってグラデーション状に沢山生まれている。かく言う僕もそんな世界のアップデートの権化みてえな性自認で生きており、そうなってからの方が随分と自分自身を素直に受け入れて好きになってあげられたような、救われたような気持ちになれたわけだけれど、だから出来るだけ、世界のアップデートに救われた者としては出来るだけ、その変化を享受して楽しんでいきたいと常日頃考えている。

でも、今、僕達の目の前に広がる世界はなんだ。
誰も予測しえない災厄が重く垂れ込める雲のように蔓延して、そのせいで僕達の生活はアップデートを余儀なくされている。

今までみたいに密やかな淋しさと後ろ暗さをワクワクで包み込んだような気持ちでは受け入れられないアップデートだ。想い出おじさん共が否定してきたアップデートなんざ足元にも及ばない。そしてそれらを、今、僕は受け入れきれずにいる。
リモートワークも上等だしグーグルマップ旅行もよく楽しむけれど、みっつだけ。ライブハウスに行けない事。僕らが行けない間に、幾つものライブハウスが消えている事。それと、もう何ヶ月も、友達の顔を直接見られていない事。

この数ヶ月、何度も思い出した。それこそ悪い記憶のフラッシュバックのように、何度も何度も。照明の落ちたフロア、息苦しさを覚える程に人間の放つ熱気が充満した空間、少し目線の上の方で、爆音を鳴らし、美しい旋律を奏で、歌や言葉を全身で投げかけるミュージシャン。薄暗くなった街はひとりで歩くには少し心細くて、終電がなくなりそうになるまで語り合ったファミレスの店内の匂い。気に入りのカフェのケーキも食べ慣れたケンタッキーも、あいつと一緒に食べれば何より美味しかった。そういうもんだろう?

アップデートの権化みたいなおれが想い出おじさんになるなんて滑稽すぎるけれど、ならざるを得なかった。だって「これから起こりうる『良い想い出』になりうるであろう物事」を、明確に思い浮かべるにも骨が折れる毎日なのだし。
本当は前だけ見て走っていたい。だけれど、もしもこの現状が思いの外長く、先の見えないトンネルだったなら。僕が見てきたあの景色を知らない子供達が今後増えてしまったらと思うと、悲しすぎて恐怖すら覚える。

■想い出おじさんもロック喫茶の夢を見る

過去を懐かしむ事ばかりして変化を受け入れられない自分が醜い。いつまでも“ライブキッズ”だなんて自称してキッズのつもりでいるアラサー以上の僕達だって、もうお酒は飲めるし年金だって払わないといけない。好きな音楽ディグって新しい音に触れて時代の最先端に立ったつもりで、フロアで踊り狂う僕達は最強の子どもたちかもしれないけれど、それでもきっと見る間に想い出おじさんになってしまうのだ。そう思うとなんだか、一番なりたくなかったバケモノの姿にでもなってしまったような気がしてここから駆け出したくなってしまう。どうせならやっぱり野山に混じりて虎にでもなりたいものである。

願わくば、僕は現在の状況が呼び起こしたオンラインエンタメの萌芽が花開いて、ネット配信ライブや配信での演劇の公演なんかがもっともっと一般的になると良いと思っている。またライブハウスでの客入れライブや劇場をいっぱいにしての演劇公演が可能になったとして、千秋楽やツアー最終日、ホールライブやアリーナライブといった特別な公演はネットでの中継をして、配信用のチケットも販売すると良い。アーカイブも観られるようにしてほしい。そうすれば会場から遠方に住んでいて普段は来られないお客さんも観られるし、仕事などでリアタイ出来ないお客さんも観られる。演者側にとっても会場に入る分以上の集客が見込めるし、これはいわゆるWin-Winってヤツなんじゃなかろうか。
世界の急激な変化を受け入れられないのなら、せめてリアルとバーチャルが共存する素敵な未来を妄想していたい。

アイハブアドリーム。僕はいつかロック喫茶の無口なマスターになりたいと思っている。その辺にゴロゴロ転がってるロックバーみたいに、玄人のオッサン達が偉そうにウンチク傾けてたりフェスでナンパからの××狙ってそうなパリピ共がウェイウェイしてるような場所ではなく、玄人オッサン程知識が深いわけじゃないけれどパリピ共程薄っぺらくもない、部屋の片隅でヘッドホンして聴いたロックに心を救われたオタク同士が集まって、交流し合ったりしなかったりするような空間をこの手で作ってみたいと思っているのだ。

今はまだ荒唐無稽な夢でしかないけれど、もしも将来そんな一国一城の主になれたなら、ついでにWeb上でも“ヴァーチャル・ロック喫茶”がやってみたいな、なんて思ったりする。だってどうせなら世界中の同胞と美味しい珈琲飲みながら語り合いたいじゃない? 僕はロック喫茶を構えるならやっぱりバンドマンの街・下北沢でと心に決めているのだが、流石に全国チェーンを展開する程商魂逞しくもないのでヴァーチャル喫茶。きっとその頃にはARやVRの仕組みも今よりもっと発達してて、一家に一台VRゴーグルがあって、僕達だけの可愛いお城を仮想空間に簡単に建立出来ちゃったりするのだ。その時にはどうせならイケメンにバ受肉してお客の前に立ちたいな。

Zeppがお台場から消えてしまうのは別に疫病のせいではなく、元々決められていた事だ。それは唯一の救いだが、もしもこの現状がもっともっと長く続いてしまったなら、悲しいけれど閉館までにその雄姿を目に焼き付けておく事が出来なくなってしまうかもしれない。なんだか歳のかなり離れた友人の死に目に会えないような淋しい気持ちだけれど、アイツと過ごした想い出は山程あるのだし、僕にとって大切なライブハウスは決してアイツだけじゃない。今そこに存在している、そしてこれからも新しく生まれ続けるライブハウスがまた音楽の中心になるように、それどころか今までよりももっとどデカいムーブメントを起こせるように、リアルとヴァーチャルが平和に共存出来る幸せなSF映画のような未来のために、今は出来る範囲で課金したり、こうやって祈り続ける事しか出来ない。

とにかく、想い出おじさんにだって夢はあるのだ。少しでも良い方の未来へ向かって行けるように、今はまだ今まで通りには走れないけれど、一歩ずつでも足踏みでもいいからと、深淵を歩き続けている。
あの日見た夜空に浮かぶ最終便の観覧車は、これからも想い出の中で回り続ける。

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イガラシ/五十嵐文章
かねてより構想しておりました本やZINEの制作、そして日々のおやつ代などに活かしたいと思います。ライターとしてのお仕事の依頼などもTwitterのDMより頂けますと、光の魔法であなたを照らします。 →https://twitter.com/igaigausagi