絶望しないと人は変わらない。

絶望しないと人は変わらない。
逆に絶望していない人には、まだ余裕がある。

これは私の過去の経験上、確信しているコトだ。
今まで何度も絶望体験はあるが、私はいつだってそれを期に、自分を奮い立たせて立ち上がって来た。
絶望したからこそ、自分の人生が進む。
そう考えられるようになると、本当に心が楽に生きられるようになった。
今回は、そのうちの一つのエピソードを紹介します。

よく私は、「変わりたい。ああなったらいいな、こうなれたらいいな、がんばる~」と言いつつ、ちょっと頑張ってもすぐに飽きて、なぁなぁにして
あ、あれねwwwくだらないから辞めたwwwとか言う意志の弱すぎる人間でした。

だけど、自分が絶望の縁に立たされた2020年の秋。
今までの人生、人前で涙を見せたことがなかった自分がオイオイと泣きわめき、泣きながら腹の底から湧いてきた怒りにも似た力で「絶対に変わってみせる!」と人生最大の決意をした。

当時どうゆう思いを心に誓ったのかというと「外国人で生産性のない自分でも、自分にしかできないことで自立してやる!」ということだ。

当時私はドイツ8年目。
二人目子育て、自分時間の無さ、コロナ、マイホーム作りでの旦那との衝突、引っ越し先のドイツ人ママからのマウンティングや人間関係で病みまくっていた。
日々、クマだらけで気力がなく、体に力も入らず、恐ろしい眠気にずっと襲われ、子ども部屋で倒れているかイライラしているかのどっちかだった。

孤独と劣等感。この二言に尽きた。
とにかく欲しかったのは、ただただ頷いて一緒に泣いて怒ってくれる【共感】と、よくやってるねの【お褒めの言葉】だった。

でも気兼ねなく話せる人がいなかった。
人に心配かけたくないし、どうせ自分の状況を全て分かってくれる人はいないし、アドバイスとかいらないしw

どんどん自分の殻にこもっていった先にあったのは、自分のストレスや鬱状態を感じ取った4歳半の娘の荒れた姿だった。
泣くわ喚くわキレるわ妹や友達に当たるわ。
その姿を見てまたキレる私。
旦那が帰宅したら、子どもを押し付け、どんだけ最悪な日々だったかイライラプレゼンし、思うように動かない旦那に腹が立ち、食器が割れる勢いで食洗器に投げつける。
最低最悪の悪循環だった。

なんでこの子はこんなに悪い子になっちゃったんだ!
なんで私はこんなにやってるのに旦那は褒めてくれないんだ!
なんで感謝しろって周りに言われるんだ!
なんで私だけこんなに頑張らなきゃいけないんだ!
なんで外国に来ちゃったんだ!
なんで私はここに生きてるんだ!

全てにキレ散らかしていた。(案外ビビりなので内心でキレてる)

そんなある日、義両親と旦那が電話している最中に、マイホーム用に発注した表札が届き、電話をつないだまま開けた。神経質極まりなかった私は「なんかここズレてるし、字体が思ってたんと違う」とつぶやいた。
それに対して旦那も日々溜めていたストレスからか義両親に電話越しに「アユミが文句いってる。まったく金稼いでから文句言えよな」とあの、絶対に、何があっても言ってはいけない有名な言葉を発したのである。

その瞬間、あぁ、ついに言ってしまわれたのね…と
ショック、恥、惨め、怒り、悲しみ、劣等感、…全てのネガティブな感情が激しく交差し背筋がゾキーーーーーン‼‼‼とした。

無言でその場を立ち去り洗濯機のある部屋に閉じこもった。
そこにある洗濯物の山を見て、片付いてないことへのやるせなさもありつつ、それでも毎日臭くない服に気持ちよく袖を通せるのは、私が洗ってるから…私が畳んでるから…
誰の…誰のおかげで、、、服が着れてると…思ってんだよぉおあ大おwドアcふぇおうFH9PYRおい3R9NYR23位JふぉいうぇJフォエ伊F所QGYF2億③HTふぉ23位おR時!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼!‼

と、もはやどの時点で心の声から声に出したか分からないくらい、バスケの試合で相手チームの大人しいキャラの子に「うるせぇ!」ってキレられた時の持ち前の大声の10億倍くらい、人生で自分のこんな声を聞いたことは一度もない領域の音量で怒鳴り、そこに置いてあった新しい洗剤1.5ℓを新居に叩けつけてブチマケタ。

旦那は見たことも聞いたこともない私の姿に驚き、「ちょ、アユミが、や、やば!またね!」と電話を切り、私の所へ来た。
私は「来んじゃねぇええええ!!!出てけええええ!!!!触んじゃねぇえええええええ!!!!!」と雄叫びを上げ、その後子どものように「わああああああああああ!!!」と大泣きし、旦那唖然www ※旦那日本語理解不能

確実にヤバいことを言ってしまったと本人も気付いたのだろう、謝るのが苦手な旦那が全力で謝っているのがかすか遠くに見えた。

私は実はこう見えて、イライラは無言で表現しても、他人に思い切り怒りを言葉でぶつけたことが、実は人生を通して自分の家族以外、経験がなかった。旦那とも出会ってこのかた、大きな喧嘩をしたことがなかった(私はキレると何も言わないから)

落ち着いて来てから、初めて旦那に本音が言えた。
周りの家族はどこも共働きなのに、お金を稼げない外国人の自分のせいで、旦那に金銭的プレッシャーを与えてしまっていることがほとほと嫌になる。でも、だからこそ、私はいつ何時も家族のことを考えて、他の家のママよりも家族に美味しくてあったかい料理を提供して、あなたが快適に過ごせて働きに行けるようにできる限り家事掃除して(当時は子ども就寝後0時まで家事掃除してた)、子どものためにそこにいてあげて、それが自分の仕事だと思って精一杯生きてる。だから、その言葉だけは、その言葉だけは…絶対に言われたくない…!

本当はこんなこと、普段からちょいちょい言えてれば良かった。
「私の本心、察しろよ」と意味の無いアピールなんかしないほうが良かった。

人の心を、思ってることを明確に察するなんて、ハッキリ言って察し文化の強い日本で日本人男性と結婚してたって、超能力でもない限り無理牧場である。そういえば大学時代の元カレの考えてることは全く読めなくて意味不明だった。

本来唯一の味方でもあり、仲間でもある旦那を敵にするまで、自分だけで抱え込んで、やってこなければよかった。
海外田舎生活で深く話せる友達もできず、義母との関係もあまり良くなく、子どもも荒れて、旦那にも見捨てられたら、それは本当の孤独だった。
ていうか、その孤独、自分で勝手にせっせと作り上げてた。

こんなことが2020年の秋に起きたのだけど、私はあの事件が私たちの中で起きて良かったと今では思っている。(たまに私のことを庇う意味で旦那のことをボロクソ言ってくださる方がいるのだけど、大丈夫です。今はちゃんと良い仲間になれてます。ありがとう♡)
あれがなければきっと私は今もずっと全てに文句を言って、全て人のせいにして、イライラと生きている。

あの絶望感を味わったからこそ「自分にしかできないことで自立する!」という強く強く芽生えた想いを持って生き始めることができた。

全ての出来事は、あるべくして起きている。
絶望を味わったら、人は変わる。
逆に言うと、絶望を感じていないうちは、まだ余裕がある。

今後、海外生活を送っているみんなに、本当に辛く絶望を感じる出来事があった時、思い出して欲しい。
それは自分がなりたい自分に変わるための、やっと!ついに!やってきたキッカケ。
さぁ、ここから何に気付き、何を学んで、どう生きよう?

そして、私は過去の自分のあの孤独な辛さを嫌って言うほど知っているから、
みんなにもしそんな出来事があった時、みんなの心の支えでありたい。
私がいるから。うんうんって話を聞くから。
その時に抱いた強い感情と共に一緒に成長していこう!

大丈夫。私たちは本当はなんだってできるんだから☆

孤独のプロ いがあゆ先輩より


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