【小説】P-man head #4

「それって、もしかして天然モノ?」

 マナブは若干興奮気味に訊いた。なぜ興奮してるのかといえば、マナブはいまだかつて「天然モノ」の「ネット」を見たことがなかったからだ。

 児童が「天然モノのネット」を見ることは実質不可能だった。学校や児童が出入りする公共施設はもちろん、子供がいる家庭においても、「ネット」につながる機器の使用は固く禁じられていた。児童らは代わりに、CSS内にあるサイトの閲覧を許されていたが、CSSのネットーワークは「天然モノ」とは物理的にも完全に切り離されている上に、子供に害のある情報が届かないように設計・構築された「養殖モノ」だった。もし万が一、児童の「ネット使用」が発覚した場合、保護者の責任が厳しく問われることになっている。

「そうだよ。マナブくん、天然モノはじめて?」

「う、うん。まあ」

「そうなんだ。なんでも見れるよ。なにか見たい? えっちなやつとか見放題だよ」

「いや、別に。あんまり興味ない」

 マナブは本心ではない言葉を吐いていた。彼の胸はドキドキと鼓動を打ち鳴らしていたし、口の中がカラカラに渇いていた。もし今、端末をつけていたら「心拍数が上昇しています。呼吸も不規則です。体の具合が悪いですか。担当機関に連絡しますか」とAIに問われたことだろう。

「そっか。ぼくもそういうの見飽きちゃったんだ。女の人の性器なんて気持ち悪いだけだしさ。まあそんなことより、マナブくんにはこっちを見てほしいんだよね」

 マナブは激しい後悔の念にかられた。マナブはまだ女性器を見たことがなかった。

 ラップトップ・コンピュータのディスプレイに映っていたのは活字だらけのつまらなそうなページだった。見出しには、

「相次ぐ児童失踪事件」

「国連や各国政府も情報隠蔽か?」

「不審は証言。超常現象が原因か!」

などと、胡散臭い言葉が羅列していた。

「なにこれ?」マナブは心底興味がなかった。

「じつはね、いま世界各地で子供の失踪事件が頻発してるんだって。”誘拐”じゃなくて”失踪”ってところが大事なところなんだけど、わかる?」

「失踪? つまり自分からいなくなったってこと?」

「そう! 状況的にそうとしか考えられないんだよ!」タカシの熱量にマナブは引いた。タカシはかまわずつづける。「で、その消え方がすごいミステリーなんだ。この画像見てくれる」

 タカシがひとつの画像を拡大した。そこには、ベッドの上にシャツとズボンとCSS端末が置かれていた。それらは、端末が頭、シャツとズボンで上半身と下半身、といった具合にヒトをかたどったように並べられていた。マナブには子供が遊んで撮った写真にしか見えなかった。

「これがどうしたの?」

×   ×   ×

「これがなんだって言うんだ?」

 タイター捜査官は苛立ちを隠さずに訊いた。手元にあるタブレットには、ベッドに上に人型に並べられたCSS端末とシャツとズボンの画像が映されている。

「ふざけて撮った写真に見えるでしょ。しかしそれはあなたの国の捜査機関が撮影したものです。れっきとした捜査資料ですよ」

 タイターは、このロシア生まれの物理学者タルコフスキー博士に対して、はじめて対面した瞬間から嫌悪感を抱いていた。タルコフスキーからにじみ出る旺盛な自己顕示欲と他人を見下した態度が鼻についた。

 タイターは休暇中だったところを呼び出され、「児童失踪事件の捜査だ」とだけ説明を受けると、急かされるようにこの小型ジェット機に乗せられ、いま日本に向かっている途中だった。

 タルコフスキーは「ふっ」と鼻で笑ってからつづけた。

「まあ、とはいえ、最高機密の捜査資料であるにも関わらずネットに流出してますけどね、この画像。あなたの国のセキュリティは相変わらずガバガバですね」

 タイターも不快感を隠そうともせず「ふん」と鼻を鳴らした。

「あんたの国のような盗聴盗撮が当たり前の警察国家よりはマシと思うけどね。で。この写真が一体なんだっていうんだ?」

「子供が消えたんですよ。煙のようにね」

「消えた?」

「そう。この少年の母親が、少年がこの姿勢でベッドに横になっていたのを確認しています。数秒間だけ視線を外し、振り返ったときにはこの状態になっていたそうです」

 タイターがきょとんとしていると、タルコフスキーは鈍い奴だと言わんばかりに顔をしかめて言った。

「服と端末だけ残して肉体だけが消えたんですよ。まるで陳腐な手品のようにね」

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