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第1章 酒場の男



いつものバーに来た。あまり人が入らないしバーテンダーもあまり話しかけてこないからよくここへ来る。
ドアを開けるといつものようにカランカランと鈴がなる。バーテンダーが手を動かしながら俺の顔を目線だけでちらりと確認した。
俺が入口に近いカウンター席に座ると「何飲みますか?」と微笑みながら聞いてくる。酔いたいから「飲みやすくて濃度が濃いやつで」と言うと「かしこまりました」と作り始めた。
体がバーの空気感に慣れてきて気が付いた。
今日は煙臭い。いつもは染み付いた煙草の匂いが香る程度なのに。なるだけ自然に少し左を向いたら煙草を吹かしている洒落てる男だけがいた。
年齢は分からないけど慣れた雰囲気や仕草がやけにかっこよく見えた。どうやら男は左利きらしい。左手の人差し指と中指で煙草を持ちながら残りの指でグラスを持って酒を傾ける。
うねる黒髪が目に少しかかる位で右目にかからないように分けられてる。
男を見てるうち「どうぞジンフィズです。」とバーテンダーがグラスを俺に寄せるように滑らせた。
俺は「どうも」とだけ言って、酒を傾けた。サッパリしている。グラスを置くと隣の男かこちらを見てることに気が付いた。男は何もなかったようにまた中くらいになった煙草を吹かし火を消しながら再度こちらを向いて「慣れない酒飲んでんね。」と言った。
「は?」思わずなんだこいつと思って口に出た。慣れ無いと言われたのが悔しくて俺はズボンのポケットから少しシワの着いた煙草の箱を取りだして口にくわえた。
そしたら男が無言で俺にライターを向けていた。
一瞬どうしたらいいか迷ったが口にくわえた煙草に手を添えながら火を貰った。男は少し口角を上げながら慣れたように銀色に光るライターの蓋を締めた。
ガン見してる変なやつになりたくなくて正面を向き直して煙草を2度ほど吹かす。
すると今度は男の方から視線を感じてそっちの方を見たら男が頬に手をつきながらこっちを向いているのだ。
いたたまれなくなって俺は「なんすか」とぶっきらぼうに聞いた。
そしたら男が「君未成年でしょ。」面白がってるのか優しさのか分からない微笑みを向けながらそう聞いてきた。
思わず固まった。バーテンダーに聞かれたらまずい。あの人にはバレてないのに。
そしたら男が「大丈夫、あの人耳遠いから」と俺の思考を読み取って笑う。
そして俺の2本の指に挟まれた煙草をスッと抜き取った。
「美味しくないなら吸うもんじゃないよ。これは辞めた方がいい。」
そう言いながらさっき煙草を消していた男の受け皿に押し付けた。
「あんたも吸ってんなら人のこと言えないじゃん」少しムカついて言い返してみた。
男は「はは、そうだね。確かに。」と面白そうに言って取り合ってくれなかった。
「そんで少年、俺に聞ける話はあるか?」
と急に少し真面目そうな顔と声色で俺に聞いてきた。「何さ、突然。そんなんねえよ。」急に雰囲気が固くなった男に驚いてそう返した。
「そうか。まぁ他人に突然んな事言われてもなんも話さんわな。」と笑う。また今度は雰囲気が柔らかくなった。この人はよく笑う人なんだろうか。「でも、酒のせいにして話してごらんよ。」とまた俺に言ってきた。そう言われて俺は長めに一口酒を飲み。どうせ他人だ。周りにばらすこともしないだろうし。きっと面白がってるだけだろう。ならお望み通りにしてやろうと話すことにした。
「俺さ周りの環境が恵まれなくて、現実から遠いところに行きたくて。」
「ほーん。だからバーに来て酒飲んでたわけね。学校行ってんの?」
「一応ね。でも学校ではなんともないんだよ。いや、何にも無さすぎるかも。俺ね、誰にも興味持って貰えないんだよ。平々凡々なただの男。問題児になる勇気もないし、構ってもらうために成績落とすような馬鹿な真似は出来ないし。」
「十分問題行動してると思うけどな笑。まぁ何者でもない自分に嫌になるのは分かるよ。」
「それにさ、父親いないの俺。親父出てってから母さんの様子おかしくて。無気力で暗い母さん見るの辛くてさ。」
「そっか。それは辛いな。」
「わがままなのは分かってんだけど、俺も他の奴らみたいに親に愛されてたかった。家族で楽しくできてた家が懐かしくて。」
涙がこぼれそうで我慢しながらそう言う。
「そりゃ辛いな。でもなそれはわがままじゃねえよ。子供として真っ当な願いだ。俺もその気持ち少しわかるかも。」そう言いながら酒を傾ける。
「それで、それでもう全部嫌になってさ。忘れたかったんだ。大人は忘れたいことがあると酒を飲むだろ?だから酒飲みにバーに来たんだよ。家じゃ飲めないからな。」
涙が堪えられなくなって溢れてきた。男はどこか遠いところに目を向けながらさっき消した中くらいの煙草に火をつけ直した。
煙に包まれながら男は「大人の都合のいい話にしか聞こえないかもしれないけど、いつか生きててよかったって思える時が来る。だからその命を終わらせることだけは考えんなよ。」と真面目な声色で俺に優しく言う。
「そんな時来んのかなぁ。来ればいいなぁ。」
嗚呼、もう涙が止まらない。絶対泣いてるのばれてるよな。でも不思議と心地よくて子供でいることを許されてる気分になった。

「マスター、水となんかジュース貰える?」
そう男がいって俺の前に差し出された。
マスターも初めから気づいてたんだとそこで知った。出されたオレンジジュースが酸っぱくて甘くて俺の孤独な心に染みてゆく。

俺が落ち着いた頃に「さて少年帰ろうか。お金は俺が払ってやるから。」と男に言われこくりと頷いた。
どの動作も慣れた手つきで、「またね、マスター。」と一言言ってカランカランと俺とふたりで外に出た。立ち上がった男は背が高かった。
バーは低音の音楽と暗い部屋に弱いライトが光っていたけど、それに対して外は静かで風になびく葉っぱの音だけが響く。ぽつぽつと何処まででも続きそうな街灯が等間隔に光っている。涙で頬がカピカピする。

男は俺に「はい」と金を渡してきた。
「何これ?」と聞くと「アイスでも買って帰んな。あと、またなんかあったらマスターに俺の事呼んでって言ったらまた話し聞いやるよ。じゃあな。」と男は大きくもスタイルのいい体と共に夜に消えゆく。
俺は貰った金でコーン付きのバニラアイスを買って食べながらあの家に帰った。

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まだ慣れない文章を読んで頂きありがとうございました。
アイデアは思い浮かんでも文章を構成するのはやはり難しいものです。
この小説はいくつかの人物の視点から同じ時系列を書く予定です。
第2章は恐らく、書きます。恐らく笑。

何かこうした方が読みやすいのでは!とかアドバイスありましたら教えて頂けると嬉しいです。

また徒花を見かけたら読んで下さると大変嬉しいです。それでは、またの出会いを楽しみにしております。

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