曹操が赤壁の戦いで勝利する条件を考えてみた
三国志好きの僕にとって、赤壁の戦いはやっぱり特別なんですよね。曹操が孫権・劉備連合に挑み、大敗したあの戦い。なんせ歴史の転換点だし。
でも、もしも曹操が勝利していたら……?
そんな「もしも」の世界を想像すると、壮大なストーリーが見えてくるんですよ。もしかすると現代も今の形じゃなかったのかもしれない。そんなスケールの話だと思ってます。
そんなわけで今回は、曹操が勝利したケースを描きながら、キーマンたちの活躍や歴史の展開を楽しく深掘りしてみました!
さ、ご一緒にレッツ妄想!
なお、このテーマの仮説と検証についてはブログの方で記事にしているので、よかったらそちらも読んでみてください。
【ケース1】曹操軍が疫病を克服していた場合
キーマン:華佗(かだ)
赤壁の戦いの準備段階で、曹操は名医・華佗を招聘していたとしたら、華佗は南方の気候や湿地特有の病原菌に対応するため、兵士たちに予防薬を処方していたかもしれませんね。
さらに、衛生管理の専門部隊を編成して、飲水の確保や感染予防策も徹底させる。我々もちょっと前に実施していた「感染対策」のイメージ?
そしたら、曹操軍は疫病による被害を最小限に抑え、精鋭の兵力を維持。長期戦でも健康を保ち、士気を高めた状態で戦いに臨むことができたりして?これだったら孫権・隆鼻連合軍の心理的優位性も大きく揺らいで結果は違っていたかもしれません。
【ケース2】曹操軍が水上戦に対応していた場合
キーマン:蒋幹(しょうかん)
曹操が、周瑜軍内部に潜入させていた蒋幹を通じて、孫権軍の水軍技術を取り入れることに成功していたとしたらどうでしょう?
蒋幹が寝返らせた水軍技術者たちが、北方では未発達だった艦隊運用や水上戦術を曹操軍に導入し、さらに徹底的に訓練することで、曹操軍の艦隊は長江の激しい流れにも耐えることが可能となっていたかもしれない。
だったら孫権軍の得意とする水上戦でも互角以上の戦闘能力を発揮できたのではないかと思うワケです。
その結果、曹操軍は水上戦での弱点を克服し、周瑜の巧妙な戦略にも十分に対抗できていたのかもしれません。まあ、蒋幹のスキルや知恵次第で正にキーマンではありますけどね。
【ケース3】補給路が完全に確保されていた場合
キーマン:許褚(きょちょ)
曹操が遠征の長期化を見越して、補給路を厳重に守るために許褚を中心とした部隊を編成していたらどうでしょう?
許褚は南方の地理を徹底的に調査し、現地の資源を活用した補給体制を整備していたかもしれません。
長江周辺の拠点を早期に占領することで、補給物資の供給網が盤石になり、曹操軍は物資不足に悩むことなく戦いを進められるようになったのではないか?
それであれば、孫権・劉備連合軍が補給を断つ戦術を講じる余地がなくなり、持久戦に持ち込むことができ、戦い方そのものが変わっていたのかもしれませんね。
【ケース4】連環の計を無効化した場合
キーマン:荀攸(じゅんゆう)
曹操軍の情報網を強化していた荀攸が、周瑜が仕掛けた「連環の計」をいち早く察知していたとしたら?
連合軍の作戦対策として、艦隊の間隔を広げる戦術を曹操に提案し、さらに火計の被害を最小限に抑えるため、船舶の防火対策を徹底していたら兵力の損失は最小限だったのかもしれないですよね?
そうなっていたら周瑜の火計はほぼ効果を発揮せず、連合軍の切り札が封じられることになる⋯
曹操軍の艦隊は強固な陣形を維持し、圧倒的な数の力で孫権軍を撃破していたのではないか?
もしこれが成功すれば、曹操軍は連合軍の統率を完全に崩壊させた可能性は極めて高そうですね。
【ケース5】曹操軍が南方文化に適応していたら?
キーマン:郭嘉(かくか)
曹操軍が南方の気候や文化に適応するため、郭嘉が現地の習慣や環境を徹底的に研究し、現地の知識人や農民との協力体制を築き、兵士たちの生活環境を大幅に改善していたら状況は変わっていたのかもしれません。
現地の食材を活用した兵糧や、湿気に強い装備の支給など、細やかな配慮により、曹操軍の環境ストレスを克服していれば兵士たちの士気は上がり、長期戦でも疲弊しない強靭な部隊を維持することができていたかも?
まとめ
曹操が赤壁で勝利したケースを想像すると、三国志の物語は大きく変わります。それぞれのキーマンたちがどのように動き、どのような未来を形作ったかを考えることで、三国志の新たな可能性が見えてきますね!
あなたはどのケースが好きですか?
もし他の考察があれば是非教えてください。