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ちぐはぐな会話。面会時間、僕は人工的な朗らかさを纏う

話を始める前に、僕の性別について。
僕は「女性」だ。
一人称が「僕」と「私」の時があるので
混乱させて申し訳ない。

そこは死の香りがする。
僕は人工的な朗らかさを纏って
おじいちゃんに会いに行く。

その病院は駅から遠い。徒歩30分。
誰も歩かないだろう。
僕と僕の愛する人以外
歩いている人を見たことがない。

僕の記憶の中のおじいちゃんは
芋焼酎を愛する、
とても美しい字を書く人だ。

病院の中のおじいちゃんは
酒も飲めず、筆も持てず、
ただ車椅子に座っている。

僕と僕の愛する人が会いに行くと
おじいちゃんは泣きそうな笑顔で
出迎えてくれる。

僕は、食べられないであろう
手土産をおじいちゃんにわたし、
かき集めたえがおを貼りつけ、
面会時間をやり過ごす。

おじいちゃんは僕とのちぐはぐな会話に
苛立ちと諦めの混じった声で
「もう、よか…」と言う。

脳梗塞の後遺症で
言葉がうまくでないのだ。

僕は胸が苦しくて
(だから来たくなかったんだ)と
思いつつ、陽気なふりをして
「わからなくって、ごめんね」と
和やかに笑う。

病院の敷地からでると、
とたんにほっとする。
にせものの表情をすぐにはぎ取って
僕は愛する人の前で
つーつーと涙を流す。

帰り道は愛する人の手を
ぎゅっと握って歩く。

「死の香りがするの。それが怖い。もう前みたいじゃないってわかってるのだが、見ると傷ついてしまうの」

愛する人は、うんうんとうなずきながら
僕の指を撫でてくれる。

そこは死の香りがする。
僕は人工的な朗らかさを纏って
おじいちゃんに会いに行く。

追記:僕がおじいちゃんの病院に行きたくないと言うたびに、僕の愛する人は僕を優しく諭す。