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思想マガジン

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僕の考えを批判しましょう。 僕はヴィーガンでもフェミニストでもありません。社会不適合者を叩きのめしたいという、ルサンチマンにまみれた現代人におすすめです。
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#言えやしない

ちぐはぐな会話。面会時間、僕は人工的な朗らかさを纏う

そこは死の香りがする。 僕は人工的な朗らかさを纏って おじいちゃんに会いに行く。 その病院は駅から遠い。徒歩30分。 誰も歩かないだろう。 僕と僕の愛する人以外 歩いている人を見たことがない。 僕の記憶の中のおじいちゃんは 芋焼酎を愛する、 とても美しい字を書く人だ。 病院の中のおじいちゃんは 酒も飲めず、筆も持てず、 ただ車椅子に座っている。 僕と僕の愛する人が会いに行くと おじいちゃんは泣きそうな笑顔で 出迎えてくれる。 僕は、食べられないであろう 手土産をおじ

無の時間。魚釣りは釣れなくていい、「空っぽ」になるのが心地いい

その村は、イヴォワールという。 レマン湖のすぐそばの小さな村だ。 僕はその年、イヴォワールに通って、 レマン湖で釣りをした。 釣り竿とマゴッと 白いバケツを持ち、 サンダルをつっかけて出発する。 僕は日の光に弱いので、 日傘も忘れなかった。 イヴォワールは賑わっている。 釣りスポットとして人気なのだ。 ローカルのムッシュも、 別荘に訪れたムッシュも みんないっしょになって、 釣りを楽しむ。 僕は釣りが好きだ。 居心地がいい。 水の動きを見たり、 遠くのヨットを眺めたり

15歳、高校受験。ほんのちょっとだけ狂気漂う、中学時代の勉強法

15歳のとき、 僕は勉強が好きだった。 高い点をとればいいだけという 単純なルールが好きだった。 僕は勉強するとき部屋を真っ暗にしていた。 明かりはデスクランプだけ。 僕の脳みそは多くの情報を処理できないと、 その時からうっすら気がついていた。 視覚情報を最小限にするための策だった。 僕は勉強をするときにある曲をかけていた。 それは、モーツァルトのラクリモーサ。 幼い時に練習させられた歌。 50分勉強して、10分休憩する。 そのインターバルが好きだった。 遠泳の練習を

魅せて、かぶって。真のランジェリーは審美性と実用性を兼備する

その日僕は、 ランジェリーの可能性を真に理解した。 ある夏の日、 彼女と僕は下着屋さんへ行った。 ヴィクトリアズシークレットだ。 目的は彼女のブラジャーを買うため。 彼女が求めていたのは Bombshell(ボムシェル)と 呼ばれるものだった。 それは当時の北米史上最強の 盛りブラであった。 目測でも彼女のバストはEカップはあった。 僕の貧弱な胸とはまるでスケールが違った。 華やかな店内は10代から50代の 女性客で賑わっていた。 僕は彼女好みのブラジャーを物色する。

下半身は「Less is more」。リモート会議におけるリソース分配のすゝめ

僕はオンライン会議の準備を怠らない。 上半身に全リソースを割く。 (洗っていない)髪は夜会巻風に ぶつぶつとシミだらけの肌は ファンデーションとコンシーラーで加工。 めりはりのない顔に シェーディングで立体感をプラスする。 血色感は頬紅で演出する。 頬に、額に、鼻先に、顎に、唇の上下に そして、耳に、首筋に、鎖骨に。 知らないであろう あの高まった感じや 恥ずかしそうな感じは 計算された色なのだ。 ジュエリーは欠かせない。 主張の強いものは避け、 繊細なデザインのものを

水曜は-21℃。僕が生きる極寒と僕が感じるあたたかな幸福

エントランスの扉を開く。 今日の気温は-11℃。 風もなく、太陽も出ている。 いい天気だ。 僕の足のあいだから出てきた 小さな人と歩く。 保育園までは1.3㎞だ。 この街には雪のベールがかかっている。 汚いごみも、車道の穴も、 薬物中毒者も隠してしまう。 保育園に着いた。 小さな人にさよならを言って、 僕は家まで走る。 風が出てきた。頭が痛い。 かき氷を食べた時の痛みと 同じ種類の痛みだ。 僕はこの街に来て 「極寒は痛い」と からだで学んだ。 エントランスの扉を開

10歳の遺書。4Bの鉛筆で「感情の棚卸し」をし、ベッドの下に隠した

僕は遺書を書いた。 僕は10歳だった。 1週間の夏合宿から戻ると 母が玄関で待っていた。 母は僕に尋ねた。 「これはなに」 それは白い封筒だった。 僕がベッドの下に隠した封筒だった。 表に『遺書』と書かれている。 僕の字だ。 母は僕に尋ねた。 「死にたいきもちがあるの」 僕は首を横に振った。 本心だった。 (死にたくない。僕は怖がりだ) 夏合宿の前夜、 僕は感情の棚卸しをしたんだった。 4Bの鉛筆とMONO消しゴムを にぎりしめて紙に書いたんだった。 その紙を白い

ぜんぶ僕の。暴君発言をふわりと包む、一枚も二枚も上手な君

僕は僕ので、君も僕の。 「僕の言えやしない」 「僕のかわいい、言えやしない」 そんな風に呼ばれるとき 僕は笑顔がこぼれぬよう 口角に力を入れる。 そんな風に呼ばれるとき 僕は嬉しさが溢れぬよう 目を鋭く細める。 でれでれするのは 恥ずかしいからだ。 そして僕は君に言う。 「僕は僕のもの」 「それは変わらないよ」 「そんでもって、君は僕のだ」 君は僕の目を見て 優しく微笑む。 君は大きな体で 僕を抱擁する。 君は笑いながら答える。 「ぜんぶ、言えやしないのだよ」

ごっくん、言葉を飲む僕と「なんで言わないの?」と尋ねる君

「なんで言わないの?」 友人は僕に尋ねた。 (シャンプーしただけで褒めてくれる友人) 僕は気泡緩衝材が好きだ。 僕の友人も 気泡緩衝材が好きらしい。 そのことを知った僕の友人は、 「いえ好き」 と、僕に言った。 僕の友人は嬉しかったのだろう。 こんなところに 共通点が転がっていたことが。 僕は嬉しかった。 僕は頭の中で とても喜んでいた。 僕は喜んだあとに 嬉しい気持ちを ごっくんと飲んだ。 僕の友人は喜んだあとに 嬉しい気持ちを 僕に伝えた。 僕は言った。

100℃のきもち。ぐつぐつの感情を激熱で届ける、君がうらやましい

揺れる気持ち。 僕の大切な人の心は いま揺れ動いている。 僕の大切な人から 次々に届くメッセージ。 揺れる気持ち。 僕は数分ごと、数時間ごとに トーンが変わるメッセージを見て こう思う。 (少し羨ましいな) ぐつぐつ、どろどろに 煮えた感情を あつあつのまま 僕に届けているんだな。 僕には簡単じゃない… 僕は少し羨ましい… なんて、言えやしない。

あなたの拠り所はどこ。「頭が真っ白になって溺れるくらい抱きたい」

「頭が真っ白になって 溺れるくらいあなたを抱きたい」 そう言われて 嬉しくないわけがない。 僕はトランポリンで ジャンプするほど 嬉しかった。 同時に思ったのだ。 僕は絶対に言えない。 僕は臆病だから。 誰かを拠り所にするなんて リスクが高すぎる。 僕は怖がりだ。 僕の拠り所は「僕」 あなたの拠り所はどこ? 僕に甘えていいよ。 僕に溺れていいよ。 僕で忘れていいよ。 時間が来たら、 ちゃんと自分の拠り所に 帰ってね。 それからまた 僕のところに いらっしゃい

無口な人。静かな彼が実は「おしゃべり」だと、僕は密かに知っている

彼は無口だ。 と、周囲は言う。 みんなで集まるとき、 彼は静かに佇んでいる。 やや眉間にしわを寄せて ただ、そこに佇んでいる。 ときどき、誰かが 彼に話を振る。 すると、彼は 『…ぉぅ』とか『…ぁぁ』とか 小さな声で答える。 でも、僕は知っている。 彼はおしゃべり。 彼はよく笑う。 今日も、彼は無口だ と、周囲は言う。 僕は密かに知っている。 彼が話し好きで、 朗らかな顔で笑うことを。

11歳、更衣室。男性教員の「遅い子は写真撮るよ」が不快だった

11歳の私は、不快だった。 4時間目は体育。 更衣室で着替えをする。 (女子はおしゃべりが好きだな) 私は、ぼんやりと 思っていた。 賑やかな更衣室の 扉が急に開いた。 と、同時におしゃべりが ぴたっとやんだ。 扉を開けたのは 40代後半の男性教員。 彼は言った。 『着替えが遅い子は、 先生が写真で撮っちゃうからな~』 11歳の私は、不快だった。 なぜ、私は不快なのだろう… 先生がノックをしなかったから? 先生が写真を撮ると言ったから? 先生の顔がにやにやして

口紅とネイル。「何色にしよ?」迷ったら、僕は体から色を選択する

僕は爪の色に悩む。 季節やオケージョンに合わせて 変化させるのが好きなのだ。 春には桜色 夏には水色 秋には橙色 冬には白や赤 そんな風にして 足や手の爪の色を変えて 楽しむ。 僕は唇の色に悩む。 その日のイメージや オケージョンに合わせて 変化させるのが好きなのだ。 女王様の日は 緊張感のあるマットな赤 犬の日は 崩れにくいヌードカラーのティント 仕事の日は 柔和な印象を与える優しいピンク それでも時々、 色が決められない日がある。 そんな時、僕は 自分の体の中か