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やさしい時限爆弾の話

おかあさんといっしょが好きだ。
心が荒れ地になったとき、録画してあるファミリーコンサートやうたのリクエストスペシャルを見て、心を少しでも潤わせようとしている。

元々テレビはよく見ていたし、もちろん教育テレビだって見ていた。しかし、小学校に入り、学年が上がるにつれおかあさんといっしょは自分にとって「つまらない、刺激のないもの」になっていた。
だが、大学生のとき、おかいつ(注)愛がものすごい勢いで萌芽した。
(注:業界用語でおかあさんといっしょはおかいつと呼ばれている)
親元を離れ大学の周りで生活していたが、夏休みに実家に帰ったときは何を見るでもなくただテレビをつけていた。見るもんないわぁ、と言いながら放送局をひと巡りしていると、おかあさんといっしょがやっていた。ファミリーコンサートの中継放送で、その回は「夏に不思議なおじさんと出会うが、その人が実はサンタさんだった」みたいな話だった気がする。そのとき、当時のうたのおねえさん、たくみおねえさんの歌声は衝撃だった。
驚くほどに透き通った、きれいな、かわいらしい声で、ものすごく歌がうまい。
生まれて初めて歌声を聞いて泣いた経験だった。

ミュージカルを観て泣くことはあったし、歌を聞いていい歌だと涙を流すこともあった。しかし、それらはすべて歌によって語られるストーリーに涙しているのであり、「歌声」に涙しているのではない。たくみおねえさんはその声の美しさ、響き、伸びやかさが唯一無二で、ものすごく心を揺さぶられた。

それがスタートで、元々偶然タイミングが合ったときに見ていたみいつけたも真剣に見始め、当時放送していたフックブックローに傾倒し、ついにはCDまで買って布教もするくらい、Eテレヘビーウォッチャーになった。
後年とあるオタク女性を描いた漫画を読んだが、それに登場するごりいつ(おかあさんといっしょパロディ)オタクの発言にはそうそうそう!!!!とむち打ちになるくらいの勢いで頷いた。さすがにファミコン(注)には参加していないが、いつでも気持ちは行ってみたい。
(注:ファミリーコンサートの略。任天堂社による世紀の大発明、家庭用ゲーム機ではない。)

おかあさんといっしょにはさまざまなうたがあり、月ごとのうたは毎日流れ、現役乳幼児のお父さんお母さん世代が聞いて育ったうたも流れる。最近話題になったのは、キミにはくしゅ!である。当代のゆういちろうおにいさんの卒業フラグでは、と界隈がざわめいた。実際はたいそうのおにいさん、誠おにいさんへの卒業ソングで、とても素敵なうただった。

どの歌もかわいらしいし、楽しいし、耳に残るが、たまにNHKの本気というか、ものすごい火力の歌を放送することがある。かなり有名な「ぼよよん行進曲」などがそうである。
正直、幼い子供が聞いたとしても「ぼよよよ~ん」の語感のおもしろさに注目し、そこまで深く意味を考えることはあまりないのではないだろうか。
しかし、幼い頃の、嫌いなこともたまにあるけど楽しいことと嬉しいことがいっぱい!みたいな無邪気な頃よりも、感情の種類が増え、自分の気持ちを言語化できるようになり、言語化できるほどの語彙と思考力があるのに言語化できない、このやるせない気持ちは何なんだ、と迷い悩み惑うようになったとき、この歌の持つ真の力が発揮されるのである。
すべての歌詞はぜひご自身の目で確認して頂きたいが、自分はこの歌の歌詞を見るだけで泣きそうになる。

ぼよよよんとたかくとびあがってみよう
ほら あのほしまでてがとどきそう

なんでそんなふうにうつむいているの
おもいだして あしのした とてもとてもだいじないまをいきてるんだぜ

もうこれを打っているだけでダメだ。
きっと自分が幼い頃にこの歌を聞いていたら、元気な歌、運動会みたいな歌、くらいの印象だったろうが、今や自分は立派な成人である。自立し自分の責任を自分で取らなければいけない。たくさんの苦しさや辛さ、やるせなさ、いろんなマイナス感情を味わっている。そこでこんな風に歌われたら、しかもおにいさんおねえさんのめちゃくちゃうまい歌声で、泣いてしまうに決まってる。
ぼよよん行進曲だけではない。「青い空を見あげて」も、「ドンスカパンパンおうえんだん」も、「メダルあげます」も、涙も出ないほど疲れ切ったとき、打ちのめされたときに聞くと本当に声を上げて泣いてしまう。

一番最初にぼよよん行進曲を歌ったゆうぞうおにいさんとしょうこおねえさんは、それぞれ劇団四季と宝塚歌劇団出身でやはりびっくりするほど声がいい。
オリジナルぼよよん行進曲は大好きだが、この二人の「ごめんねピーマン」と「地球ネコ」は名作だと思うのでぜひ一度聞いてほしい。地球ネコはおねえさんがいつもと発声方法が多分違うのでテクニックを楽しめるし、ピーマンはおにいさんの甘くて色気のある声で何歌ってんだ感がすごくいい。

この二人から始まったぼよよん行進曲は、今でも多くの人から愛され、多くのリクエストがあるようだ。
コロナ禍が広まった当初、体操のおにいさんであるよしおにいさん発案で歴代のおにいさんおねえさんの多くが出演するぼよよん行進曲動画が公開された。どれだけの人が元気づけられ、目を潤ませたのだろう。

いつだったか、NHKのニュースで、おかあさんといっしょに関してこのような言葉を見た。
「子どもの頃には意味が分からなくてもいい、大人になってから、ふと思い出したときに心の琴線に触れるような歌を放送していく」
細かい言葉は忘れたが、そんなニュアンスだった。
その考え方が、自分はすごくいいなと思う。
いつかつらくなったとき、悩んで周りが見えないとき、自分が嫌になったときに思い出せるのが子ども時代に聞いていた歌なら、落ち込みすぎずに済む気がする。
その歌によって思い出すのが優しくて楽しい頃のことだったとしたら、少なくとも自分の人生に楽しかった時期があるわけだし、それだけでも生きている価値はあると思うから。それを思い出させてくれるうえに、歌詞で元気づけてくれたりなぐさめてくれたりするのだ。サイコーじゃないですか。

言葉の意味が分からない頃から優しくて楽しくて、嬉しくなって元気づけてくれる歌を聞いてもらって、いつかふっと思い出してもらえるのを待つなんて、そんなもん時限爆弾だと思う。
その時限爆弾が爆発したら、ちょっと元気になったり懐かしい気持ちになったり、あるいは「何でいきなり」とちょっと笑えるんだろう。
幸せな時限爆弾が埋められているんだと思うと、これからの爆発が楽しみである。



完全に余談だが、何か忘れてる歌あるかな、好きだった歌なんだろ、と考えてみたもののあまり思い出せなかった。そりゃ忘れてるんだからそうだろ。
おかいつかどうかはわからないけど、パフは好きだったし、今も好きです。

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