鬼ずかんep4『生きるとは』
「猫を飼ってたの」
真和がいきなり話しだした。
地央は真和の部屋にいた。
真和はパジャマをきて、なぜか頭にカエルの
かぶりもの?帽子?をかぶってベッドによりかかっている。
そのカエルのかぶりものの説明はまだ、ない。
「すごくおりこうな猫だったの。2匹いてね、どちらも捨て猫だった。
チンチラと、キジトラ」
…………
朝。
1年桜組。
教室のドアは開かれていた。
地央はドキドキしながら教室を見回した。
(来てるかな…山善さん。背が高かった…)
朝一で登校したのでまだ生徒たちはまばらだ。
「あ。きのうの…」
頭上後ろから声がしたので振り向くと
そこにはスリッパを履いた真和が立っていた。
地央よりも10cmほど背が高いだろうか。
見上げるほどだ。
「あ、あ、おはよう。きのうのことがちょっと気になって…話できる?」
「あたし、学校きらいなの。だからさ、放課後うちにきて。ここ。」
メモを渡される。
地央の社宅から少し歩いた高級住宅街の住所が書かれていた。
「あの…初対面の人間なのに…」家に入れていいの…、と言おうと顔をあげるとすでに真和の姿はなかった。
「あれ?」
帰ったらしい。
(よほど学校がきらいなんだな…
きょう帰りに寄ってみよう。)
ちょっと、放課後が待ち遠しかった。
地央にはほかの子に見えないものが見える。
霊も見るが、どちらかというと
天使や妖精の方が多い。
天使や妖精は、朝露のそばに、美しい木のそばに、朝の夢から醒めそうな繊細な心のそばに、たしかにいる。
天使や妖精は本当に繊細な粒子でできているのだ。人間のオーラでは強すぎて、近づくだけで壊れてしまうほどだ。
だから、たいていの人間には見ることはできない。
地央のオーラは優しすぎるくらい優しいので
天使や妖精と同調できるのであろう、
この話を真和としたかったのだ。
粒子の話。
オーラの網目の話。
ほかの同級生とは絶対にできない話だ。
帰りが待ち遠しかった。
そして学校の勉強もいつもよりがんばれた気がする。
…放課後。
またたくまに学校を出た地央は、メモを片手に真和のうちへ行こうとしていた。
いろんなことを考えながら。
霊を見ること。
天使のこと。
パパのこと。
ママのこと。
真和の家を探し当てるのはわりと簡単だった。
地央の社宅とはまったくちがう。。
きれいな、三階建の一軒家。
地央は真和の家を見上げていた。
しばらく声も出なかった。
(引くほどきれいだなあ。。けど、行かなきゃ、、いけない気がする。)
キンコーン
呼び鈴を思わず押してしまった。
(キャー!押しちゃった!)緊張でパニクる地央をよそに冷静な、優しい声がインターホンから聞こえる。
「どちら様?真和のおともだち?」
お母さんだろうか。
「あ、はい。お見舞いにきました。。」
しどろもどろでとっさに出てしまった。
「お名前は?」
「はい、羽柴地央です。1年菫組です。」
「ちょっと待ってね」
しばらくなんとも言えない間がしばし続く…
カチャ
女の人が現れた。
「こんにちは。真和は3階で休んでるけど、それでよろしければどうぞ」
と、にっこり笑った。
山善さんのお母さんだろうか。
若い。髪もきれいにセットしてる。
「あ、はい。ありがとうございます。お邪魔します。」
「真和が人を呼ぶなんでいつ以来かしら。
ありがとうね」
「あ、いえ…」
としか言えなかった。なんだか泣きそうだった。
階段を登っていくと、真和の部屋がある。
お母さんがノックする。
「真和、羽柴くん。」
「どうぞー」
ドアを開けると…
部屋の真ん中にどーんと置かれているベッドにパジャマ姿の真和がいた。
そしてものすごい民芸品の数。
お面?
壁一面に飾ってあった。
ぽかーんと見入っていると
真和がいきなり話しだした。
「猫を飼ってたの」
「すごくおりこうな猫だったの。2匹いてね、どちらも捨て猫だった。
チンチラと、キジトラ」
「わたしが泣いてると涙を拭いてくれたの
肉球を目一杯広げて。。
その子たちにも寿命がきた。
キジトラの子が先だった。気づいた時には手遅れだったの。ガンだった。
あんなに輝いてたオーラの網目があっという間に穴だらけになってて…病院に連れていったら低体温になっててもうもって数日だって。。
案の定数日後、朝起きたら体にたましいはなかった。でもね、鳴くの。遠く離れたキッチンから。ここにいるよ!って。鳴くの…」
真和の目には涙が浮かんでいた。
地央は黙って聞いていた。
「その次はチンチラの子だった。キジトラの子の荼毘が済んで家に戻ったら、いなくなってて。探しに探したら、靴入れの中にいてね。」
初めて真和は地央を見た。
「口から血を流してたの。てっきり歯が折れたんだと思って、拭いてあげたら血は止まったの」
「うん。」
初めて地央も相槌をうつ。
「しばらくは元気に過ごしてたんだけど、また急に元気がなくなったの。はっ!て気づいてわたしは『見た』の。そしたら」
「そしたら?」
「もう体から出る準備をしてた」
「猫ちゃんが?」
「そう。その数日後、大量に血を吐いて、そのあとは弱るばかりで。…最期はわたしの腕の中で息を引き取ったの」
「おぅ…」
「その日は、キジトラちゃんの四十九日の翌日」
「チンチラちゃんとキジトラちゃんはいっしょにいったんだね」
「そう。ねえ、、」間があって「生きるってなんなんだろうね」
「えっ」地央もすこし考えてたことだった。
「わからない。。」
(パパがいてママがいて、なんでぼくは生きてるんだろう。なんだかこわい。)
「あの、さ。話変わるんだけど」
「え?」
「たくさん民芸品が飾ってあるけど、
このお面は何か意味があるの?」
ちょっと誤魔化すように切り出した…間が持たなかった。
「人ってさ」
「ん?」…予想外の切り出し方。
「意外と見てるんだよね。他人のこと。視線という意識でせんさくしようとする。それで自分の方が上か下か勝手に判断したりする。『意識の糸』が見えるの。それがイヤで…気になった時にお守り代わりにひとつ雑貨屋で買ってるの。入り込まれないように」
「な、なるほど…、そのカエルは?」
「あ、これ?かぶってると安心するから…これもお守り」
「へえ…!」
(なんかよくわからないけど、感受性の強い子なんだな…)
「山善さんは霊を見るの?」
「うん。小さい頃から。羽柴くんもでしょ」
「うん。天使も見るよ。妖精も。」
「え!それは素敵!」
真和の怪訝そうな、悲しそうな表情がぱっと明るくなる。
「どんな感じなの?わたしは霊とか人間のオーラとか想念とかしか見れないな。いつかお会いしたいけど…」
「そうだね。山善さんならいつか会える日がくるかも」
(彼女ならちょっと気持ちを変えれば会えるかもしれない。とても優しいオーラを隠し持ってる)
人はなぜ生きているんでしょう。
地球上の命すべての存在ですら、謎ばかり。
この日はふたりにとって生きにくいと感じていた人生を大きく変える日となった。