夢の住まい
大半の時間をベッドの上で過ごしてきた。病気のせいで身体が疲れやすく、外出は滅多にない。明後日には大きな手術が控えている。
僕の父さんは住宅販売会社の役員。「タワーマンション」と呼ばれる今の住まいを自分にとって勝利の証だと口癖のように語る。
唯一の僕の趣味は、その最上階であるこの部屋から双眼鏡で街を眺めることだ。
日が暮れるまでの時間、人々の動きを見てあれやこれや空想する。空想上では僕もその街で自由に動き回る住人。
今日も双眼鏡を手に街へ出かける。そこで不思議な光景を見つけた。
身体に看板をくくりつけ、道行く人に声をかける男性。看板には「夢の一戸建てを持とう」の文字がひときわ大きく書かれていた。その男性は、鬱陶しそうにあしらわれているものの、歩調を合わせて笑顔で話し続けている。夢の一戸建てか……。ちょっと話を聞いてみたいな。
コンコン……。
「体調はどうだ?」
父さんだ。空想の世界から引き戻される。今日は有給休暇を取ったらしい。
「悪くはないよ。父さん。あれ、何?」
双眼鏡を渡す。
「お、頑張ってるな。駅近名物サンドイッチマンだ。俺もよくやったよ」
「父さんも?」
「ああ。あれで住宅を売りまくったもんだ。夢の一戸建てを。その結果がこのマンションだ。辛い時にはタワーマンションを見上げ、一番高い所に住むんだと自分を奮い立たせた」
そう言って父さんは双眼鏡を外し、白い歯を見せた。黒光りした肌が白さを際立たせる。そして、窓の外のサンドイッチマンに遠い目を向け「コッカラッス」と呟いた。何故かこの呟きに力が湧く。まるでゲームに出てくる回復の呪文のように。
「夢の一戸建てを売っていたのに父さんの夢はこのマンションだったの?」
父さんは僕の一言に目を丸くし、膝を打って笑いだした。
「ははは。高いところに、できるだけ高いところに行きたかった。それだけだ。それより、手術の日は行けなくてごめんな」
手術当日、病院へ向かう車の中で母さんに聞いた話。父の夢は庭付き一戸建てに住むことだった。だが、僕が病気でベッドの上から動けない生活になることを知り、外の世界がよく見えるようにとタワーマンションを選んだそうだ。
「過去に見た夢なんてものはどうでもいい」
と笑って。