初演と再演『エリカによろしく』の違いー創作メンバーによる対談(前編)
イエデイヌ企画3年ぶりの新作として2023年10月に初演を迎えた『エリカによろしく』。2024年10月18日(金)~20日(日)三鷹・SCOOLでの再演に先駆け、8月24日(土)にイエデイヌ企画代表/演出・福井歩と作・魚田まさや、俳優の重山知儀、平山瑠璃との対談を実施。イエデイヌ企画としても初となる再演の試みに向けた、各人の意図や想いを紐解いていく。
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プロフィール
福井 歩(イエデイヌ企画代表/演出)
1992年関東生まれ。2016年立教大学映像身体学科卒業および2018年同大学院現代心理学研究科映像身体学専攻博士課程前期課程修了。2014年にイエデイヌ企画を旗揚げし、上演を通じて現代社会における既存の価値観や感覚をみつめ直し、言語化し難いものを捉えることを目指している。イエデイヌ企画の主な上演作品としては『左ききの女』(2019)、国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2020 TPAMフリンジ参加作品『イマジナリーピーポー イン トーキョー』(2020)、『エリカによろしく』(2023)など。現在は一般企業で働きつつ、創作を行っている。
魚田 まさや(劇作家)
劇作家。別役実やアーサー・ミラーの影響を受け、人物の会話でおりなされる劇空間に悪夢や奇妙なイメージが混交していく作風の戯曲を創作している。
重山知儀
1994年生まれ。2016年立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。松田正隆ゼミにて演劇を学び、卒業制作として福井歩演出『東京ノート』に出演。一般企業で働く傍ら、イエデイヌ企画に俳優として参加『左ききの女』、『エリカによろしく』などに出演。
平山瑠璃
1995年生まれ、立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。合同会社イマジン・クリエイト代表。舞台俳優、道化師。大学では古代中国思想を専攻。荘子のテキストから身体が脳に先駆けて持つ知性と呼べるような身体性「身体知」を見出し、身体表現を通じて身体知を思想する。
※上演・ストーリーのネタバレを含みます。ご注意ください。
イエデイヌ企画初となる“再演”を決めた理由
――今回、『エリカによろしく』を再演しようと思った理由は何でしょうか?
福井:大きな理由としては、初演の反響が想像以上に良かったことです。「2023年のベスト演劇」として年末にSNSなどで発信してくださっている方もいて、もう一回やる価値のある作品だと感じました。今まで再演に取り組んでこなかったのは、「一回やったら自分が飽きちゃうかな」と思っていたからなんです。しかし、魚田さんが『エリカによろしく』という、とても骨太で読み応えのある戯曲を書いてくださったから、もう一度上演するとしても、全然飽きずに演出を考えられるな、と思えて。そこから、皆さんに再演を打診しました。
魚田:ありがたいという気持ちに尽きますね。劇作家の宿命として、戯曲は演出家の方に見出していただき上演してもらわない限り、基本的には演劇として人の目に触れることはありません。なので、その機会をまた設けていただけたことに感謝しています。また、僕も初演を見ていて「すごく良い」と思った一方、「もっといける」という想いもあり、再演をするにあたり自分自身がこの作品についてより深く知れるきっかけをいただけたという意味でもありがたく感じます。
――演者のおふたりは再演をすると初めて聞いた時は、どのように思いましたか?
重山:初演の時から「再演するかも」という話は耳にしていたので、福井さんからお声がけがあった時は「いよいよ来たか」というような気持ちがありました。あと、初演の時は割とミスっていたので、それを挽回したいという気持ちも(笑)。何にせよ、もう一回できることは素直に嬉しいですね。
平山:私は、頂いたお話しは無条件で受け入れるタイプの俳優なので、「やりますか?」と言われれば「わかりました、お願いします」と2つ返事でOKしました。その一方で、新しいものをどんどん打ち出していく事の多い小劇場の演劇で、1年後という短いスパンで再演というのは観るのも演じるのも経験がなかったのでビックリしました。「あ…福井さん。そんなにやりたいんだな」っていうか(笑)。福井さんの再演に向ける情熱というかバイタリティの強さが印象的でした。
――初演の反響がとても良かったとのことですが、どのような手ごたえがありましたか?
魚田:もちろん演出の力があることは前提として、テキストだけに集中して上演を観た時に、作家として「いい作品だな」と初めて率直に思えた戯曲でした。
福井:「一度体験したことなのに、もう一度同じようなことが起こっても新鮮に感じられるような時間」が上演にあって、観客の方のコメントからも、その「時間の体験」が生じていたという手応えを感じられました。あと一公演終わるごとに、チューニングしながら毎回ベストの上演ができていたのかなと。もちろんミスもありましたが、その瞬間ごとのベストは尽くせたと考えています。
――実際に初演ではどのような反響の声がありましたか?
重山:今までのイエデイヌ企画に比べると、「観やすかった」という声が多かったですね。ストーリーがわかりやすく提示されているので「何をどう観て楽しむか」という観客個人の観方を作りやすかったのかなと思います。そのなかで「今までの作品よりも面白かったです」という声もあり嬉しかったです。
平山:僕も大体皆さんと同じような感想になりますが、第一に脚本が最高でした。ストーリーラインが明確である一方で、ループや暗闇のシーンといった読んでいて疑問に思うところを明確に打ち出しており、観ていただいた方からは「お芝居を観ていくなかでリアルタイムに考察していくのが面白く新鮮でした」という反響が多かったです。
いま、改めて初演を振り返って
――初演の中で、特に印象的だったセリフやシーンはありますか?
平山:演じていて印象的だったのは終盤の照明を落としたシーンでした。100分の公演の中で、終盤の照明を落として芝居をするシーンは体感で10分くらいあり、こんなに長い間、暗闇の中でお芝居をするということにビックリしました。会場自体はそんなに広くはないのですが、暗い中で足音や衣擦れの音が響いていたり、俳優が歩くことでセリフが左右から聞こえたりすることで、空間が広いのか狭いのかも分からなくなるような不気味さや怖さが引き出されていたように思います。そんな暗闇の持つ神秘性がとても印象的でした。
重山:二つあって、一つ目は前半の最後に出てくる「違う」というセリフです。私の考えでは、後半のループで表現される以前を否定するような場面だと捉えていて、『エリカによろしく』という話自体の方向性を圭一が印象付けるような場面だったので、入り込みやすく、やりがいのある非常に好きな場面でした。
もう1つはラストの空港で「子どもができる」という仁に対して「え、なんて」という返事をする場面です。このセリフはとにかく「全然できていない」という風に言われ続けた記憶があって、もう忘れられないですね(笑)。仁と圭一の関係性から考えると「めっちゃ驚くじゃん」と思っていて、その感覚でやると「オーバーすぎる」と言われ、ちょっと抑えると「驚かなさすぎる」と言われる。驚いているとか呆けているとか、色々な解釈はできるけど、多分、圭一は違うんだろうなと、調整がとても難しかったですね。
福井:「子どもができる」という仁の発言に対して、なんだろう、単純な「驚いた」という言葉では片づけられない感情が圭一の中にあるように思っていて、私もその複雑性を上手く説明できなかったから、試しながら探っていく形でしたね。基本的にイエデイヌ企画では、感情的にならないようにというか、「俳優と役の距離を空けてください」と演出を付けるのですが、そのシーンの稽古中は悪い意味で役と重山君が近づきすぎていたかな。
重山:そうね、悪い意味で近づいていたし、ちょっと悪い意味で理解もできていなかった(笑)。反省という意味ですごく印象的なシーンだったなあ。
福井:私は銭湯のシーンがとても好きです。生活の時間が一番現れているシーンで、生っぽい(リアリティがある)から良いという訳ではなく、生きていく上でベースとなるような、生きていることを支える基盤が垣間見えるシーンだと感じていて。そこに流れる時間がすごく好きでしたね。
魚田:この場面にはとても長く時間がとられていて、すごく贅沢だなぁと思いました。この描写の時間、表象の時間があることが上演全体に対してすごく象徴的な意味を帯びているように思えて、僕もすごく好きです。
また後半の真ん中ぐらいで手を振るシーンがあるのですが、戯曲上では「握手をした手を上下に何度も振る。互いに再び何事もなかったように食事を再開する。」と書いてあるのですが、上演では握手とは思えないような、すごく強調された不可解な動きをされていて好きでした。これまでのイエデイヌ企画でこういうの見たことないなぁと思って。
福井:自分としてはすんなり作っていたけど、確かに言われてみれば、今までの演出とは違うかもしれませんね。
戯曲の強度と「伝わる」ことの速度感
――初演との違いについて、魚田さんは今回再演にあたって改稿されているとのことですが…?
魚田:初演を観て頭で書いた場面だなと感じる部分がいくつかあり、機会があればそこはもう少し……うまく言えないんですが”生(き)の時間”にしたいと思っていました。また、同性に惹かれる性自認を持ったキャラクターを表象する、その方法に結論が出ていなかったこともあり、元の戯曲をある種信じてというか、迷った時は元の戯曲に戻せばいいと考え、思い切って彼ら(キャラクター)のアイデンティティに関わる重要なやり取りを付け加えました。
――ですが最終的に、そのシーンは初演と同じ形に?
魚田:福井さんから相談を受け、話し合って「やっぱりなしで行こう」と。
福井:魚田さんが当時の打ち合わせでおっしゃっていた「レッテル貼りの暴力性」を扱う重要性も、とてもよくわかるんです。ただ一方で、直接的な物言いを回避して書き上げてきたからこそあらわれていたものが、初演時の戯曲にはあって。
もちろん直接的な言葉でいったら伝わるのも早いんだけど、その速度感を戯曲に盛り込んでしまっていいのか、と追加されたセリフを読んだ時に感じました。初演の時と違う方向に行き過ぎるというか…。初演の時にあった良さを殺してしまう気がしたから、「前の方がいいんじゃないですか?」という話をしました。それ以外の修正はほぼ全て採用しています。
豊かさのある “壊れようのない終わり”を迎える関係性
福井:改稿に入る時に、魚田さんから「10か所くらい、ちょっと書き換えます」と言われて「そんなに大きな変更はないんだな」と思っていましたが、実際に本が上がってくると、「確かにちょっとしか変わっていないけど全然違うぞ」という印象がありました。平山君も同じような戸惑いがあったような気がしたんだけど…。
平山:仁に関しては、相槌や細かい返事の部分が凄く違っていました。例えば初演の時は「ああ」とか「へえ」くらいの返答が九割九分だったのに対して、改稿後はちゃんとした返答になっていて、明確な意思を持って圭一と対峙するキャラクターに方向性が変わっていることが印象的でした。その部分については、ぜひ魚田さんにお話をお伺いしたいですね。
魚田:初演を観て、戯曲の構成の中で二人はきちんと”壊れようのない終わり”を迎える関係性なんだと感じました。戯曲を書いている段階ではある種二人の別れに説得力を持たせようと気を遣っていたのですが、割と二人がどう振る舞っても、強固な構成があるからちゃんと受け手が別れを信じられる、別れが壊れない、というか。なので受動的な行動が主だった仁のキャラクター性を改めて考えようと思ったんです。
上演では演出と平山くんの演技にフォローされてかなり見えにくくなっていましたが、序盤は圭一から仁への一方通行のやり取りで、完全に仁に優位性がありました。その優位性は、単にぶっきらぼうということを越えて、バナー漫画のモラハラ彼氏みたいな、わかりやすいけど悪意あるキャラクターにも見えて、読み手としても「こんなのもう別れた方がいいよ」と思っちゃう(笑)。それはなんか、表現が仁というキャラに対してフェアじゃない。もう少し「不器用だけどちゃんと圭一のそばにいる存在」としての彼を描く方が、よりキャラクターに敬意を払えるし、“壊れようのない終わり”へ向かう関係性にも捉えきれない雑味や豊かさが生まれるのではないかと思いました。それは初演の平山君の演技を観て、良いヤツとも悪いヤツとも言えない、冷たいとも温かいとも言えない仁のキャラクターにすごく人間味があると思ったのがきっかけなんです。で、実際はどうでしょうか。稽古してみて変わった点は馴染んでいきそうですか?
重山:圭一から見ると仁のキャラクターは“暖簾に腕押し”感はありますが、最近稽古したドライブのシーンで感じたのが、初演の時よりも柔らかい空気感があったんですよね。運転している圭一の隣で仁がずっと寝ているのですが、ふたりでドライブ中に助手席で寝られるのって嫌な雰囲気になりがちだと思うんだけど、間や動きが初演の時とは全然変わっていることで、圭一と仁の仲の良さみたいなものはより分かりやすくなっているかなと思いますね。
あと、個人的には長台詞がちょっとだけ変わっているのがすごく怖い(笑)。「コンクリート」が一か所だけ「コンクリ」になってたり…初演とすごく、すごく混ざる。絶対にミスるなと思いながら頑張っております。
福井:前世の記憶みたい(笑)。
魚田:基本的には戯曲を変えるのはリスクしかないけど、福井さんや演者の皆さんが「どんな形にするのだろう?」という信頼ベースの好奇心があるからこそ、改稿することができて色々試せると感じています。
福井:魚田さんから第5稿をもらってから、ト書きが変わった部分はもちろん、変わっていないト書の部分も変えなきゃいけないことが出てきて、動きが増えているようにも感じますね。そのなかで、魚田さんからは「初演の時には見えなかった部分も見えるものとして出していきたい」ということを事前にお伺いしていたので、演出としてもその意図を汲んで動きを“分かるもの”に変えています。直接的に説明するということではなく、表現したい感情や関係性に至るまでの身体の持って行き方を舞台上で出していくような感じで、楽しんで動きを付けています。俳優陣にはちょっと怖いことかもしれないけど、まだ試していない動きが1個ありまして、ちょっと後々稽古でやろうかなと思っています。
重山:バク転とかできませんよ。
一同:(笑)。
(進行/中村みなみ、文/野中知樹)
再演『エリカによろしく』、チケット発売中!
公演期間:2024/10/18(金)-20(日)
会場:三鷹・SCOOL
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