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【対談】宣伝美術×劇作家×演出で語る『エリカによろしく』(前編)

イエデイヌ企画3年ぶりの新作として2023年10月に初演を迎えた『エリカによろしく』。2024年10月18日(金)~20日(日)三鷹・SCOOLでの再演に向け、8月31日(土)に、宣伝美術を担当したグラフィックデザイナーの大石知足氏と共に、イエデイヌ企画代表/演出・福井歩と作・魚田まさやが対談を実施。チラシ制作に至る経緯やビジュアルに込められた上演への想い、そして各人の創作活動の裏側に迫る。

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プロフィール

福井 歩(イエデイヌ企画代表/演出)
1992年関東生まれ。2016年立教大学映像身体学科卒業および2018年同大学院現代心理学研究科映像身体学専攻博士課程前期課程修了。2014年にイエデイヌ企画を旗揚げし、上演を通じて現代社会における既存の価値観や感覚をみつめ直し、言語化し難いものを捉えることを目指している。イエデイヌ企画の主な上演作品としては『左ききの女』(2019)、国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2020 TPAMフリンジ参加作品『イマジナリーピーポー イン トーキョー』(2020)、『エリカによろしく』(2023)など。現在は一般企業で働きつつ、創作を行っている。

魚田 まさや(劇作家)
劇作家。別役実やアーサー・ミラーの影響を受け、人物の会話でおりなされる劇空間に悪夢や奇妙なイメージが混交していく作風の戯曲を創作している。

大石知足(グラフィックデザイナー)
多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、大手百貨店のハウスエージェンシーを経て独立。主な受賞に、準朝日広告賞、日経広告賞優秀賞、Japan Six Sheet Award 銀賞、ピンクリボンデザイン賞優秀賞、東京 TDC 賞・日本タイポグラフィ年鑑・世界ポスタートリエンナーレトヤマ入選など。自ら描くイラストレーション表現やフォトディレクションを絡めたグラフィックデザインを中心に活動を行っている。


チラシに込められた上演への想い

再演『エリカによろしく』メインビジュアル

――今回、宣伝美術を大石さんに依頼した背景を教えてください。

福井:『エリカによろしく』の再演に際して、宣伝美術をしっかりと作りこみたいと思っていました。そんな中、臼田菜南さんが運営されている「チラシリサーチ」で大石さんの記事を拝読したのがきっかけです。演劇の宣伝美術は未経験とのことでしたが、記事で「ぜひ取り組みたい」とおっしゃっていたのと、過去手掛けられたグラフィックデザインを拝見し、とても繊細なタッチがある一方で、遊び心のあるデザインをされていたので、「この方にお願いしたら、何か面白いものをつくっていただけそう」と感じて、依頼させていただきました。

大石:ありがとうございます。舞台の宣伝美術の経験がない私の「やってみたい」という熱意を買っていただけたことが本当に良かったなと思っています。

福井:イエデイヌ企画としては、アフタートークのゲストに演劇関係ではない方をお呼びしたり、他の劇団がまだ一緒に仕事をしたことがない人に積極的に声をかけていきたいと思っているので、まさに適任でしたね。

――出来上がったビジュアルについて、どのように感じられましたか?

魚田:戯曲だけからは生まれなかったビジュアルだなと感じました。情報が整理されたデザインの美しさはもちろん、上演が総じてやろうとしていた行為がビジュアルとして見事に翻訳されていると感じました。また劇中で言及されるMei Semonesの楽曲をすごく丁寧に取り扱っていただけたように感じ、とても嬉しかったです。作品としてもペースメーカーになる大事な曲だったので…。

大石:チラシの制作を進める中で、私もMei Semonesがとても気に入り、かなり影響を受けました(笑)。上演の中でBGMとしてではなく引用として使用されていたので、ビジュアルの中である程度表現しても「お客さんに対して直接的な表現にはならないだろう」という想いがありました。また戯曲に加えて初演時の記録映像もあったので、ある種“答え”が詰まっているような状況から制作をはじめ、分かりやすくしすぎないようにバランスを取りながら、ビジュアルへ落としこんでいったように思います。

福井:「一体これはなんだろう」と思わせる、上演のキーとなる要素が的確に配置されていて、上演をみたら「ああ」と納得する仕上がりですよね。特に好きなのが、チラシ表のメインビジュアルに、直線的な文字の配置が一つもないところです。奥行きのあるメインタイトルに波打った公演期間・作演の情報など、さまざまな“力の流れ”が宣伝美術としてまとめ上げられているのがすごいな、と。

大石:タイトルの構成は奥行き感を見せることでキャッチ―な見せ方にしたいという想いもありました。後に福井さんから「圭一が穴に執着している様も表現されているのでは?」とおっしゃっていただいて、後付けではありますが、何回も初演の映像を見ながら創作していたことで、無意識的に合致したのは良かったですね。

崩れかけた握手とかすれたタイトル

宣伝美術・大石知足

福井:握手のビジュアルも、砂時計のように、重力という力の流れが見えるようで面白いと思いました。砂の部分が山並みにもみえますよね。

魚田:僕はやっぱりMei Semones「Muchuu」の「波と砂が合うように君といるのがいい」という歌詞を思い浮かべました。

大石:その歌詞は僕も特に気に入っていました。砂浜と波は絶対に切り離せない存在でありながら離れていく関係性でもある。その儚さが圭一と仁そのものだと思っていました。握手しているのだけれどもう崩れかけている…その切なさを表現したかったのだと思います。最初はメインタイトルを、ラフと同様に、手描きでベタ塗りするつもりだったんです。でも握手のビジュアルとあまりにも温度感が異なっていたので、墨色に変えました。その方が波の青も際立つし、擦れの表現をすることで、関係の脆さだったり、繊細な感じを加味していきたいと思い、調整しました。

福井:もしかして、公演期間や作・演などの手描き以外の文字の部分にも、濃淡つけていますか?

大石:つけてます。全部グレーの濃度を変えています。最初は全て一定のグレーの濃度だったんですけど、作品における「揺らぎ」みたいなものが、形と、濃淡と、空間や隙間の感じーずっとレイヤーのすれ違いが生じている二人の感覚を、画面全体から感じられたら、と考えました。

魚田:レタリングの形も、角がなく全て繋がっているのが印象的でした。

大石:筆記体のエッセンスを拾い上げたい想いがありました。今作は男性ふたりのお芝居なので無骨なデザインもありかなとも思っていた一方…やはりMei Semonesの影響ですね(笑)。ややもすれば、高級感が出てしまうのですが、そうならないように手描きのビビった線やかすれを加えることで調整しています。

魚田:タイトルによってビジュアル全体のトーンが決まっているように感じますね。普段何気なくチラシを見ていると文字の形まであまり深くは意識しないけど、自分事として改めてきちんと見ると、チラシは上演のトーンを紹介するという意味でも重要な役割を担っているように感じます。

余白という予感

再演『エリカによろしく』チラシ裏面

福井:余白が多いのは、初演の上演映像を観られた影響もありますか?

大石:そうですね。本来チラシであればもっと広告然として情報を入れ込むべきという想いもありました。しかし、実際の上演ではモノをほぼ使わず、セリフ回しでも余白を大事にされていたので、思い切って余白を設けることにしました。要素を必要最低限にとどめても、上演で伝えたいことはしっかりと主張できるだろうと感じていました。

魚田:余白で言えば、裏面のあらすじもかなり独特の行間で配置されていますよね。砂浜の横に何とも言われずに急にぽつぽつ話し始める感じがして、すごく絶妙なバランスだなと思っていました。

大石:あらすじはチラシの核だと思っています。裏面の少ないスペースでちゃんと読ませるために、文字を大きくするのではなく、余白を持ってイラストと合わせることで、ちゃんと独立して読めるものにしていきました。舞台の宣伝チラシの裏面を見るとデザイナーの力量が窺い知れるような気もしています。僕も演劇を観に行った時、星取表など、裏面のデザインを大事にされている方はお上手だなと思いますね。

試行錯誤のラフ案たち

大石さん作成のラフ案たち

魚田:私は絵を描かないので、形而下の質問ですが…。どういったところから描き始めるのですか? 

大石:まずは色々と下書きをして、どのシーンを切り取ろうか考え始めました。最初は上演にも出てこないエリカを描こうと思ってこのラフ(画像左)を作りました。劇中から何年も経ったエリカが、ミルクコーヒーを持っていたり、夜間押しボタン式信号や鍋などあらゆる作品のモチーフを散りばめた方向で考えていました。また記録映像を見返していく中で、役者の動線をタイポグラフィーに落とし込んでいったらどうなるかというアイデアも思い浮かんで、このデザイン(画像右)も考えました。

(左)想像上のエリカが描かれたラフ。劇中のモチーフが散りばめられている
(右)俳優の動線から発想したタイポグラフィーを用いたラフ

魚田:ラフ案が沢山ある中から、いくつかを並行して育てていった感じですね。

大石:そうですね、最終的には一つの案に集約していきますが、それまでのアイデアはどこかに残っていく感じですね。また、初演のフライヤーも拝見して、飛行機は福井さんにとっても大事な要素だと感じ、踏襲したりもしましたね。

福井:俳優二人の写真を複数配置したラフは、私の演出の要素を取り入れてくださっていたり、サミュエル・ベケットとか外国のお芝居でありそうなテイストで好きでしたね。
でも「好きなようにやってください」とお願いしていたのと、戯曲の要素を取り込んでくださっていたので、最後は大石さん一押しのデザインに決めました。

大石:デザインが決まってからは、まずは握手をしっかりと描かなければいけないと思っていました。デッサンとして手の形がしっかりと合っているか確認しながら、最初は濃い線で描いたものを必要な部分以外を消しゴムで消して、色鉛筆を載せて、シャーペンで点描するプロセスでした。

福井:こういう手描きの原画を見ると、改めて人の手で生み出されたものはすごいなと思いますね…。ぜひ、紙のチラシを手にした方はじっくりご覧いただきたい。

大石:印刷もHS画王という画用紙の風合いや手触りが特徴的な紙を使用しており、原画そのままの印象を表現しています。サラサラとした砂の感覚も手触りから感じていただけるのではないか、と思います。

魚田:触る楽しみもあるチラシですね。

後編に続く

(進行/中村みなみ、文/野中知樹)

再演『エリカによろしく』、チケット発売中!
公演期間:2024/10/18(金)-20(日)
会場:三鷹・SCOOL

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