「努力は必ず報われる」「努力は無限」「たいてい、努力は報われない」ーーーホンモノの努力について考えてみた

新型コロナウイルスの猛威は収まらないけれど、東京オリンピックの聖火リレーはスタートし、開催(予定?)日まで100日をきり、代表選考のための各種目の大会も開かれ始めました。

春の到来とともに各種のプロスポーツの2021シーズンもスタート。

選手たちの活躍ぶりに、おのずとメディアの注目も集まっています。

そんななかで今回は、最近のスポーツで「努力」という言葉が印象的に使われた二つの例について考えてみます。

一つは水泳の日本選手権で4冠を果たし、リレー2種目の五輪代表の座をつかんだ池江璃花子さんの100メートル自由型優勝後のコメント「努力は必ず報われる」。

もう一つは、日本人として初めてマスターズを制した松山英樹さんの座右の銘「才能は有限 努力は無限」です。

この二人の活躍を見て「努力」という言葉について、あらためて思いをめぐらしたのでした。

「努力」という言葉を聞くといつも私が思い浮かべるのが、ホンダの広告「負けるもんか」です。2012年のADC賞グランプリを獲得したこの広告、覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。その広告コピー全文をご紹介しましょう。

がんばっていれば、いつか報われる。
持ち続ければ、夢はかなう。
そんなのは幻想だ。
たいてい、努力は報われない。
たいてい、正義は勝てやしない。
たいてい、夢はかなわない。
そんなこと、現実の世の中ではよくあることだ。
けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。
技術開発は失敗が99%。
新しいことをやれば、必ずしくじる。
腹が立つ。
だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、何度でもやる。
さあ、きのうまでの自分を超えろ。
きのうまでのHondaを超えろ。
負けるもんか。

いかがでしょうか? ちなみにコピーライターは藤本宗将さん。

2012年といえば東日本大震災の翌年。そういう時代背景もあわせて考えれば、またさまざまな受け止め方があるでしょう。

私が注目するのは「たいてい、努力は報われない。」の一文です。そして「スタートはそこからだ。」という一節。

池江璃花子さんの「努力は必ず報われる」と松山英樹さんの「努力は無限」そしてホンダの広告の「たいてい、努力は報われない」。

この三つの「努力」、ニュアンスが異なってはいますが、私には「努力」の本質をとらえたものだと思えます。

それは、池江さんと松山さんの言う「努力」は「並大抵の努力ではない」ということです。本当のホンモノの努力をした人だけが知っている努力の本質です。

池江璃花子さんは大病からの復活、松山英樹さんはマスターズ挑戦十回目にしての栄冠。そこまでにどれだけの努力があったか、常人にはそれを想像することすら難しい。だからこそホンダの広告は「たいてい、努力は報われない」といいます。そう、フツーの努力は報われない。

並大抵の努力ではない努力を続けた者だけが見られる世界。それは私のようなものにわかるわけはありません。ただ、「たぶんこういうことなんじゃないかな」ということはできます。

それは「継続」と「ブレイクスルー」との関係です。

勉強でもスポーツでも「たいてい、努力は報われない」。その通り。

プラトー効果 (Plateau effect)という言葉をご存知でしょうか。一時的な停滞状態のことをさします。おもに筋力トレーニング時の停滞期を指しますが、学習効果の停滞などにも使われることがあるようです。

フツーの努力を続けているだけでは、このプラトー状態からなかなか抜け出せない。するとモチベーションも下がって、なおのこと「報われない努力」になってしまって、果ては立ち止まる、止めるということになってしまいます。

けれども、ここで諦めずに(「スタートはそこからだ。」)続けていけるかどうか、どうやらそこに「フツーの努力」と「ホンモノの努力」の差があるのではないでしょうか。

そして「ブレイクスルー」は突然やってくる。突き抜けた人だけが見ることのできる世界がそこにはあるのでしょう。

ちなみに松山英樹選手の座右の銘「努力は無限」の前にある「才能は有限」という言葉。

たしかに才能は有限かもしれません。けれど、うまくいくまで努力し続けることができるのも一つの才能といえるのではないでしょうか。

と、ここまで書いてきて、かのイチローさんがメジャーリーグの年間最多安打記録を打ち立てた時のコメントを思い出しました。

小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています

天才とはホンモノ努力とは何かを知っている人のことかもしれません。

見てみたいですね、努力の果てにあるもの。負けるもんか。




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