スポーツカイロプラクター“Dr.S”が解説する 機能解剖から考える疾患別治療ノート(4)外側上顆炎
榊原直樹(DC, DACBSP, PhD)
※本連載では、榊原直樹(DC, DACBSP, PhD)氏が、機能解剖の観点から、疾患を解説していきます。
外側上顆炎は1873年にRungeによって初めて報告された症状ですが、“テニス肘”という言葉は1883年にMajorによって初めて使われました。
テニス肘とも呼ばれる外側上顆炎は、肘関節の痛みで最も多い症状です。患者の多くは30歳以上であり、全人口の1~3%の人に影響しています(『BMJ Clin Evid.2008』https://goo.gl/jb3AGt)。しかし、テニスによってテニス肘になる人の割合は5~10%程度であり、ほとんどの患者は運動ではなく、日々の生活習慣が原因の一部になっています(『J Shoulder Elbow Surg. 1999』https://goo.gl/WU2s78)。
症状
主な症状は肘外側の痛みです。局所的な鋭い痛みが特徴であり、しばしば前腕外側の関連痛を引き起こします。また、握力の低下や手で物を掴んで持ち上げる動作時に痛みの増悪を訴えるケースが多いです。
外側上顆炎の併発症状に橈骨管症候群と腕橈関節の後外方回旋不安定性(PLRI=Posterolateral rotatory instability)があります。橈骨管症候群では、肘外側から前腕外側、手背にかけて関連痛が現れます。肘外側において後骨間神経(橈骨神経の分枝)が圧迫されています。また、腕橈関節のPLRIでは外側側副靱帯複合体の機能低下が主要因であると言われています。
原因
この疾患の病態は、“外側上顆に起始を持つ筋肉の腱症”であり、腱炎ではありません(腱症とは腱の変性のことです)。発生機序はどちらも反復刺激ですが、腱症ではコラーゲン線維の破壊と線維化、腱炎ではマイクロトラウマ(微細外傷)と炎症反応が起こります(表1)。
表1 腱症と腱炎の比較
腱に伸張負荷が加わるとコラーゲンの線維化(線維形成)が起こります。線維化によって拘縮した腱に、さらに伸長負荷が加わることでマイクロトラウマ(微細外傷)が生じ、それが腱の変性へと進行します。この状態が腱症です。
組織学的にはタイプⅢコラーゲン線維(未成熟)の増加が生じています(健康な腱にはタイプⅠコラーゲン線維(成熟)が多く占めている)。また、コラーゲン線維の破壊に伴い、腱が伸張負荷に対して脆弱になり、血流の減少も起こります。血流の減少は組織の著しい回復遅延の原因になります。
痛みの原因構造には、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋、回外筋、肘筋、総指伸筋などがあります。特に、短橈側手根伸筋は外側上顆炎の好発部位です(図1)。これらの筋肉に反復負荷(運動、マウス操作、タイピングなど)が加わることで発症します。また、肥満や喫煙もリスク要因と言われています。
図1 前腕の伸筋群
検査
外側上顆炎の整形外科的検査には様々なものがあります。ミルズテスト(Mill’s test)やコーゼンテスト(Cozen’s test)は、その代表的なものです。中指伸展抵抗テストは短橈側手根伸筋腱に特化した検査であり、陽性の場合、外側上顆付近に鋭い局所痛が現れます。
写真1 中指伸展抵抗テスト
中指に屈曲方向の抵抗負荷をかける
写真2 チェアテスト
椅子の背もたれを両手で持ち手首を伸展させる
触診では外側上顆の遠位1~2㎝の範囲に鋭い圧痛が生じます(写真3)。また、この領域の持続圧、もしくはタッピングにより前腕後面から手背にかけて関連痛が現れる場合、橈骨管症候群の可能性があります。また、中指伸展抵抗テストで同じ領域に関連痛が現れる場合も同様です。
写真3 外側上顆炎の圧痛点
外側上顆の遠位1~2㎝に鋭い圧痛が触診される
治療
前腕伸筋腱の癒着と線維化の改善の方法の一つにミルズマニピュレーションがあります。ミルズマニピュレーションは以下の手順で行います。
1.背もたれによりかかって椅子に座ってもらう。
2.患者の肩関節を伸展位、内旋位に維持する(肘関節はやや屈曲位)。
3.次に患者の手首を完全屈曲位、前腕を回内位に維持する。
4.患者の外側上顆に母指先端で接触し、もう一方の手で患者の手首をつかむ。
5.患者の肘関節を伸展させながらスラストを加える。
ミルズマニピュレーション
また、橈骨頭の運動障害の有無を確認し、必要ならば対応します。特に慢性的な外側上顆炎にPLRIを併発していることが多いので要注意です。
ホームエクササイズは前腕伸筋群に対して伸張性収縮運動を行うように指示します。また、外側上顆炎では炎症反応が生じていないため、患部は冷やすのではなく温めるようにします。温めることで変性部位の血流量を増加させ組織の再生を促すのが目的です。
イブプロフェンや非ステロイド系抗炎症薬による治療は、コラーゲン線維の修復を阻害すると言われており、腱症の治療には不適切と考えられます。また、コルチコステロイド注射も腱断裂のリスクを高めることが示唆されています。
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著者プロフィール
ドクターオブカイロプラクティック、スポーツカイロプラクティックフィジシャン、医学博士(スポーツ医学)
1992年 東北大学卒業(動物遺伝育種学)
1997年 クリーブランドカイロプラクティックカレッジ卒業
2006年 冬季オリンピック帯同ドクター(イタリア、トリノ)
2009年 ワールドゲームズ帯同ドクター(台湾、高雄)
2011年、12年 世界パワーリフティング選手権大会日本代表チームドクター(チェコ、プエルトリコ)
2015年 岐阜大学大学院医学系研究科非常勤講師
2009年より名古屋にて『スポーツ医学&カイロプラクティック研究所』所長(http://sportsdoc.jp/)。また2017年よりスポーツ徒手医学協会会長(http://jamsm.org/)も務める。