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あの頃のダレンを覚えているから

小学校中学年の頃、いつも青と黒のジャージを着ている先生がいました。年がら年中そのジャージを着ているからもうお決まりで、数メートル離れていてもその先生の存在感は際立ったものです。
全校集会の時なんかは、一種のランドマークと化するほどでした。

私が『ダレン・シャン』を手にしたのは、その先生が勧めてくれたからです。

私はその頃読書に夢中でした。
『ハリー・ポッター』シリーズはもちろん、当時流行っていた『本の怪談』シリーズも読みましたし、難しそうな文字の小さな本にも手を伸ばしたりしていました。
記憶の中の先生は算数を教えてくれますが、本好きのキャラクターはみんな知っているほどで、先生が受け持つクラスには先生自前の本が並んでいました。
その本目当てでよく通っていたから、先生も私が本に興味があることを知ってくれていたのでしょう。

先生の勧めは大当たり。
見事に『ダレン・シャン』にのめり込みました。



あの頃の読書スピードは異常でした。
映画のノベライズ本は一日、ハードカバーの本も三日あれば読み切って母を困らせていた覚えがあります。
私は授業中と昼ごはんの時間を除いて、隙あらば本を開いてダレンを追っていました。本の虫と言うより、まるで摩耗させるように。

小学生には刺激的すぎるくらい、この物語は圧倒的です。
なんといっても生々しいのが魅力だと思います。
友の命を救うためにヴァンパイアになるか選択を迫られ、思わず本を閉じたくなるほどの肉体的な苦しみを味わうダレン。ある意味物語らしくない話が展開されていくのですから。
もちろん、ヴァンパイアらしく驚くほどの血が流れます。

登場人物の命の重みとその無常さを思い知ったのは、まさに『ダレン・シャン』のおかげです。

ラストは言うまでもなく圧巻。
この人生においてあれほど素晴らしい物語に出会うことができたのは、どれだけ幸せなことでしょうか。

青ジャージの先生、ありがとう。

そういえば、中学生になってから母が中古で買ってくれた『ダレン・シャン』には、全巻漏れなく以前の持ち主の名前がスタンプで捺されていました。
しかも平仮名!!
平仮名で名前を捺される歳で読んでいた先輩がいたなんて、良い趣味の方です。



ダレン・シャン氏の物語といえば、『デモナータ』が一番好きです。

小学校の図書館にも『ダレン・シャン』と共に並んでいましたが、私が読み始めたのは中学に入ってしばらく経ってからのことでした。

中学生のカバンはとんでもなく重い。
それでも私はサブバックに押し込んで、毎日苦労して持ち運んでいました。肩のことは二の次、でないと死活問題になる程物語に飢えていたのです。

今までにないほど、『デモナータ』には苦戦しました。
とんでもなく体力を消耗するんですから。

第一に、怖い。
グロテスクな悪魔や、ロード・ロスとかいう血みどろの冷血魔将には肝が冷えます。描写も生々しく、『ダレン・シャン』とは比べものにならないくらいです。
よくもあれほど血まみれの部屋でチェスさせておいて児童向けを騙れるな、という意見は昔から変わることがありません。
第二に、話の内容が濃い。
単純に、集中力が必要になります。小学生の頃のトランス状態じみた集中力と読書に充てていた時間は半減され、少しずつしか得られない情報にヤキモキしていました。

第三と続ける話題があるとすれば、『デモナータ』の構成にあります。
『ダレン・シャン』と違って、今作は主人公が三人。一つの世界観を共有してはいるものの、三人をまとめて理解するのには時間がかかります。
悪魔の世界、魔将、狼人間、魔術(それからダービッシュ!!)が詰まった第一巻がドンピシャだった人は、その分苦労することになるのです。

その証拠に、私は第四巻『ベック』で挫折しました。
第三巻までは絶好調。なんなら、マイベスト・デモナータを選ぶなら第三巻『スローター』を挙げるほどですから。

しかし第四巻を読んでいるか否かで、後々響いてきます。
ベラナバスとベック、ベックとビルE、ビルEとグラブス……といったふうに繋がっていくのです。

しかし、挫折すると一文読むにも苦労するようになりますね。

私はこのような挫折の仕方を、掟上今日子式挫折と呼んでいます。
全く同じという訳ではありませんが、『忘却探偵』シリーズも語り手が二人以上いる上にある程度の交代制をとっていることもあり、隠館ロス、親切ロスのようなイベントが発生するのではないかと考えます。



これまであまり良いことを書けていませんが、『デモナータ』が歴史の1ページに残る大作であることは間違いありません。

ダレン・シャン氏がチェス盤上で繰り広げる物語には、1ページたりとも目が離せません。

『ダレン・シャン』や『デモナータ』は共通して登場人物が苦労するのです。
それも、ごく自然な苦労の仕方です。

ダレンがヴァンパイア社会で認められるために試験を受ける。
グラブスが魔術を使えるようになるために訓練を重ねる。
運命が必ずしも良い方向に進むとは限らないし、実力の差が簡単に縮まることはない。もちろん思ったようにいかない時もある。
悪魔は悪魔、人間は人間。

私たちが生きていて日常的に存在する理が、物語の中にも存在しているのです。

舞台こそ現実とはかけ離れていますが、こういった設定により読者と物語との距離がグッと縮まります。登場人物に感情輸入しやすくなり、応援したくなる。
何か特別なものがあったとしても、それが彼らにとって有利に働くとは限らない、そんな塩辛さに満ちています。

余談ではありますが、『ダレン・シャン』と『デモナータ』は挿絵が素晴らしいです。
田口智子氏の精巧に描かれた絵は静かで冷ややかな印象を受けますが、それが尚一層重厚感に満ちていて素敵。蛇や蜘蛛などの生き物は特に今にでも動き出しそうな質感で、物語への深度を深めてくれます。
私の脳内イメージは、挿絵のおかげでとても演劇チックなものに仕上がっています。本国版の表紙も“ダーク・ファンタジー”感が漂って、時代が感じられて好きですが、雰囲気がガラリと変わるのでこれも一興。



大学生にもなって小学生の頃に読んだ本の話をしてしまいましたが、もしこのnoteをお読みになられたどなたかが本を手に取ってくださったのなら、それ以上に嬉しいことはありません。

いや、ほんとに。
児童書だと思って舐めてたら“血みどろ“になりますよ。
このnoteにネタバレになるようなこと、一つも書いていないはずですからどうぞご安心ください。


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