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はじめてではないけれど

生きていていろいろ思うことがあります。
だらしない生活サイクルを続けていいのか、何か忘れてはいないか、突発的にnoteのアカウントを作って後悔しないか。いろいろです。

毎日いろいろ考えていると逆に全部忘れて考えていたこと自体も気にならなくなってしまうから、noteのアカウントを作ってものを書こうと思いました。
あるいは、何かを思い出した時にその熱量をぶつけられる場所が必要だろうと思うからです。というか大半はこれが目的です。

私は基本的にこの世は無常で刹那的で、全部結局はうやむやになってしまうんだって考える性分です。でもやはり人の生きた痕跡は残るだろうし、影響も広がり続けると思う。何かしらは残るんじゃないかって淡い期待を寄せています。
おおまかに言えば楽観的虚無主義みたいな感じなのかもしれません。楽観的虚無主義を正確には理解していないから分からないけれど。

でも人間って複雑ですから、私の根底にあるのは楽観的虚無主義だけではなく時間や経験と共に移り変わる気分や思想です。

「私はこんな人間です」と一口に言うことができれば楽なんですけど、なんかそれも嫌なんですよね。自分で言っておいて否定したくなりませんか。
自分がどんな人間か分かっていないからこそ、自ら型を用意するのも居心地が悪いのです。



ありがたいことに、私は今年度から大学生活を送っています。
理論的でないことについてあれこれ考えるのは小さい頃から好きで、中学生の頃にはもう当たり前になっていましたが、専攻して学んでようやく事の重大さに気づくことになりました。

今の私は、作品を純粋に楽しめなくなっているのです。

ほんと重大です。劇場に入り席に座って作品に没頭していても、変なタイミングで学生の視点が入ってくるんですから。
学生の私的には学びに繋がりますけど、鑑賞者の私にとっちゃいい迷惑です。

この人は観客に背を向けないためにこう動くだろう、とか。
この動きはきっと〇〇な意味を持っているだろう、とか。

ダルくないですか。鑑賞者としてこう感じる私自身がダルいんです。
特に一つ目なんか舞台上では常識ですよ、当たり前じゃん。
noteを書き始めておきながらダルいという言葉でまとめようとするのは些か許せない気持ちもありますが、直感的に表現するのであればダルいが一番です。

大学で学んだ有名な話ですが、『絵画鑑賞の発達段階』(A.ハウゼン、M.パーソンズ)は全部で5段階あるとされています。私はきっとその3段階目や4段階目を彷徨いているから、判然としない鑑賞経験になってしまっていると感じるのではないかと睨んでいます。
正直自分が3、4段階目であると自称するのは過大評価ですが、鑑賞において理論と理性は私の意志の外から口を出してくるのでこの点は微妙です。
そもそもこれは「絵画鑑賞」の領域の話なので、私の鑑賞能力全般に当てはめて考えるのは見当違いだと言われると、認めざるを得ません。

というか逆に、すべての作品をまっさらな自分で鑑賞しようっていうのも、無理があるし贅沢な話じゃありませんか。
今までの経験にあやかって思考を巡らすこともあるのに、それでも「はじめて」の感覚が忘れられないのは、ある一種の中毒なのかもしれません。

『絵画鑑賞の発達段階』を扱った授業によると、一番上の第五段階にいる鑑賞者は作品との長期に渡る関係を通じて知識を深め、作品と良好な関係性を築くに至るそうです。(あくまで主観的な要約です。)

これを踏まえると、もしかしたら一度の鑑賞を自分の中で噛み砕き反芻するだけでなく、何度も作品を鑑賞することも悪くないように思えてきました。
そもそも何が悪いとか近道とか、求めてないんですけどね。



映画、演劇、絵画などなど、どれも素晴らしいです。
そこそこ愛しています。

私は最近、いろいろ考えています。
考えていることをうやむやにしないためにも、noteに書き起こして後から見返す事のできるように整理しておこうと思うのです。

先のことを考えると、たとえば老後とか。
こうして残しておくことで若い頃の自分が何を考え、何に苦しんでいたか読み返せるなら、老後の自分の芸術鑑賞にも役に立てるかもしれません。

大学生として、こんなことにうつつを抜かしていていいのかという懐疑心はあります。
例えば鑑賞後私の考えるすべてのものは作者という名の創造主によって作られた世界での話で、本質的には現実ではないんですから。
もちろん分かってはいますけど、そんなこと言ってても面白くないじゃありませんか。もし意味がないとしても私の人生はずっと豊かになりますし、それを楽しむことができるのは人間の特権でもあると思います。
(楽観的虚無主義ってこんな感じのことなんですかね)

マリーゴールドって素敵な花ですよね。
とある舞台を見てからはどうしても悲しい気持ちになりますが、改めてみると明るく暖かい気持ちになります。たんぽぽやひまわりよりずっと太陽みたいです。

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