【BOOK INFORMATION】“「一帯一路」共同建設”中国人記者が見た最前線
『「一帯一路」共同建設10周年―現地レポートから見る実情と全体像』
『「一帯一路」共同建設10周年』は、その名の通り中国が2013年から行っている「一帯一路」について、中国の新聞社、人民日報の記者らが見てきたことをまとめたレポートである。本書の監訳者であり、現代中国、日中関係、対外援助、国際協力などを研究している拓殖大学国際学部・国際開発研究所長の岡田実教授が本書を解説する。
ベールに包まれた中国援助
第3回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムが2023年10月に北京で開催され、151カ国と41の国際機関の代表が参加した。
「一帯一路」は2013年に習近平国家主席が提唱し、2023年は10周年の節目であった。本書は、この機会を捉え、人民日報国際部と日本僑報社・日中交流研究所が日本で編集・翻訳・出版を行ったものである。
「一帯一路」は、習近平政権の「一丁目一番地」とも言える対外政策であるが、米中対立が先鋭化する中、報道にある種の政治性、「ゆがみ」を持つことは避けられない。他方、中国の対外援助はまだまだ「秘密のベール」に包まれている印象は拭えず、実際にその現場に直接触れる機会は国際援助関係者でも限られるのではないだろうか。
本書の意義は、中国人記者の目から見た「一帯一路」最前線の一端を知ることにある。さらに、「好き嫌い」は別に、その根底にある内在的論理を知ることはさらに重要であろう。
7分野から見る中国発展の歴史
本書は二部構成となっており、第一部は現場レポートである。16の案件が選ばれているが、筆者なりに分野・案件内容を分類・整理したのが下の表である。
編者は数ある中からどのような案件を代表的事例として選択し、日本の読者に紹介しようとしているか。7つのカテゴリーそれぞれに中国の発展の歴史が感じられ、興味深い。以下順にその特徴をひも解いていこう。
まず「経済回廊/特区/工業団地」は、「一帯一路」のシンボルともいえるプロジェクト群であるが、案件名に「特区」が入っていることからも、深圳に代表される「経済特区」の成功体験を下敷きにしていることがうかがえる。またグダワル自由区では、インフラ整備に加え、中国和平発展基金会の寄付で小学校が建設され、また現地の深刻な砂漠化問題に対し、熱帯干ばつ経済林工学技術研究センターを設立されている。シアヌークビル港でも、無錫の商業職業技術学院と特区会社が共同でビジネス学院を誘致するなど、併せて人材育成への取り組みが行われていることも読み取れる。
「農業」も、貧困削減の成功体験が下敷きになっているといえよう。唐辛子、菌草は中国の特徴のある作物である一方、ハイブリッド米の普及のために、湖南省の米作専門家がアフリカに派遣されている協力形態は日本と似ている。かつて1980年代に原正市氏が黒龍江省で伝えた米作技術が全土に普及し、湖南省には原氏の銅像まで建立されている。その湖南省の専門家がアフリカに派遣されているのは感慨深い。
「物流」については、中国が誇る情報通信技術(ICT)などのハイテク技術を生かしている。世界で最も大きな内陸国であるカザフスタンに、太平洋に直結する海の出入口を提供し、Eコマースのネットワークに乗って、中国商品がサウジアラビアの津々浦々に届いているレポートは、時代の大きなうねりを感じさせる。
「インフラ」は高速鉄道と港湾である。ラオスと中国の大学が提携し鉄道人材育成を行っている様子は、国際協力機構(JICA)の技術協力を彷彿とさせる。この高速鉄道によってラオス側の農作物が中国市場に出荷されているとのことであり、ラオス農業に新たな市場を提供する側面も見える。港湾については、今や世界のコンテナ取扱量ランキング10位のうち7港は中国・香港の港湾となっており、その存在感は際立っている。
「文化」では、ウズベキスタン、エジプトとの考古学協力が取り上げられている。人文交流を経済協力と並ぶ「人類運命共同体」構築の柱の一つに位置付けるのは中国の特徴だろう。
「宇宙」協力が入っているのも驚きである。エジプトは、「一帯一路」の枠組みのもとで中国と衛星の共同開発を実施した最初の国であり、中国はエジプト初となる衛星組立集積統合試験センターの建設を引き受けている。
最後に「エネルギー」であるが、低炭素へと転換していくための風力発電等の協力である。今や風力発電機の世界シェアの6割を中国勢が占めている。また中国自身のエネルギー構造においても、2023年には再生可能エネルギーの設備容量が火力発電を上回るなど、着実に変貌しつつある。
一帯一路の内在的論理
こうした現場レポートの背景となる中国側の内在的論理を説明するのが第二部である。筆者なりにポイントをまとめると以下のとおりである。
第一に、その主体と目的である。「一帯一路」は「共同建設」するものであり、その主語は中国を含む参加国すべてである。そのスーパーゴールは「人類運命共同体の構築」であり、「一帯一路」共同建設は、その実践の場であると位置づける。
第二に、その対象である。「一帯一路」共同建設は、経済協力と人文交流をともに推進し、人類運命共同体を構築するための文化基盤を強化するとしている。
第三に、その方法である。「共商、共建、共享」(共に話しあい、共に建設し、共に分かち合うこと)を原則とし、互いに学び、見習い合いながら、民心が通い合う架け橋を築く。そして幅広い分野で協力し、多様なアクターにより多層的な人文協力メカニズムを構築するとしている。
最後に、第二部で紹介されている興味深いプロジェクトとして「魯班工房」に触れたい。魯班は中国古代の工匠であり、さまざまな道具を発明したことで広く名を知られている歴史上の人物である。その魯班が現代によみがえり、現地で必要とする質の高い技能技術を持つ人材育成プロジェクトのシンボルとなっている。魯班工房は、中国と海外の人的・文化的交流の架け橋となり、人と人の心が通い合う感動的な物語も紡いできたとしており、かつてのJICAが掲げていたキャッチフレーズ「人づくり、国造り、心のふれあい」を想起させる。
本書は、中国のダイナミックな海外展開のリアルを垣間見させてくれるだけでなく、日本の国際協力との比較を通じて、さまざまな気づき・学び・再発見を与えてくれる貴重な一冊である。一読をお勧めしたい。
『「一帯一路」共同建設10周年―現地レポートから見る実情と全体像』
人民日報国際部・日中交流研究所 編
日本僑報社
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本記事は国際開発ジャーナル2024年5月号に掲載されています
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