【BOOK INFORMATION】環境国家による人間の支配
『反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―』
環境問題を解決するため、まだまだ国家が取り組みをリードする場面は多い。しかし、人々を救う目的で行われている取り組みは、時として人々の生活を苦しめている。『反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―』の著者である佐藤仁氏が本書でこのパラドックスに切り込み、解決策を模索する。
※本記事は『国際開発ジャーナル』2019年11月号に掲載されたものです。
環境政策に関心のある者は問う。「政策の結果として水はきれいになったのか。大気はきれいになったのか。森林面積は増えたのか」と。しかし、滅多に問われないのは「環境を守る過程で、現地の人々の生活に何が起きているのか」である。
大学院時代、タイの奥地でフィールドワークをしている時に、先進諸国や後発諸国の都市部では明らかに「良いこと」とされる熱帯林保護政策が、地元住民を苦しめている様子を目撃した。国家による森林の囲い込みによって、農民の生活範囲と使える資源が大きく制約されていたのだ。それにも関わらず、森林減少は止まらず、政府の森林局がますます強大化していた。
拙著『反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―』は、20年以上前に抱いたあのモヤモヤ感を形にしてみたものである。環境問題への取り組みは、国家と社会の関係をどのように改変するのだろうか。これが本書を貫く中心となる問いであった。
環境にやさしい政策が、そうとはわからない形で地域の人々を苦しめ、ひいては自然環境の持続にも悪影響を及ぼす現象を本書では環境政策の「反転」と呼ぶ。
反転現象の具体的な現れ方は、国や時代、扱う自然環境の側面によって異なる。本書では、インドネシアの灌漑用水、タイの共有林、カンボジアの漁業資源を素材に、フィールドワークに基づいて反転の事例分析を行った。
その結果、「反転」を引き起こす要因としては以下の3点が重要であるという結論に到達した。
1)環境政策が開発優先の政策体系にうずもれがちなこと。
2)国家に抵抗しうる中間集団が弱体化していること。
3)環境政策を批判する勢力が存在しないこと。
本書では、現状分析にとどまらず、「どうすればよいのか」という政策論にも積極的に踏み込んでいる。特に終戦後から高度経済成長に至る過程で生み出された日本産のアイデア―公害原論、文明の生態史観、資源論―に注目して、「反転」を食い止めるためのヒントを探る。
気候変動と災害の頻発によって、私たちの国家への依存はますます強まるであろう。防災対策・環境政策に反対する人はいない。いま流行りの持続可能な開発目標(SDGs)も似た構造をもつ。目的が所与とされれば、議論は「手段」に偏ってしまい、目的と手段の関係を批判的に議論するスペースがなくなる。
環境保護は結構なことである。しかし、それが環境を守る以外に何を達成しているのかも見極めなくはならない。本書は、私にとって資源論『持たざる国の資源論』(東京大学出版会、2011年)、開発論『野蛮から生存の開発論』(ミネルヴァ書房、2016年)に続く「環境論」の総括である。いわゆる「環境本」に飽きた方、「いま流行りのSDGsはどこか違うな」と思っておられる皆様に、ぜひ本書を手にとっていただければと思う。
『反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―』
佐藤 仁 著
名古屋大学出版会
本体3,600円+税
・名古屋大学出版会
・amazon
掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2019年11月号に掲載されています。