【Trend of JICA】サステナビリティ経営を組織・事業で運営
調達や人材確保は業界一帯の取り組みに
国際協力機構(JICA)がサステナビリティ経営を加速させている。田中明彦理事長が委員長を務めるサステナビリティ委員会の設置に続き、組織を挙げてサステナビリティの重要課題に対応するため、今秋、企画部内でサスステナビリティ推進室が始動した。近日中にはJICAサステナビリティ方針も公表予定だ。JICAは今、なぜ、サステナビリティ経営を目指すのか、同
推進室の見宮美早室長に聞いた。
3本柱の取り組みをトップも若手・中堅も
JICA は「持続可能な開発」を目標に開発途上国に対する協力を実施している組織であり、サステナビリティをリード、共創していくべき立場にある。JICA は事業・組織運営の両面で、気候変動対策や女性管理職の登用などを国内ルールや政府目標に沿って進めてきた。しかし、より高みを目指し、組織全体でサステナビリティ経営に取り組んでいくことができると考えている。
サステナビリティ経営の取り組みの当面の柱は3つある。第1は「健全な組織をつくる」こと。JICA は2022 年11 月にサステナビリティ委員会を設置し、方針や対応の検討を進めてきた。この委員会の成果の一つが近く公表するJICA サステナビリティ方針だ。
同方針では、事業を気候変動の国際的枠組み、パリ協定に整合させる形で実施することや、2030 年までに組織としてのカーボンニュートラルを達成することなどを表明する予定だ。未来を描いて組織全体の目標を掲げ、バックキャスティングに対応していくという、仕事の仕方の変革でもある。
第2は「信頼される組織をつくる」こと。大事なことの一つは、必ずしも前向きな情報でなくても、しっかり開示して、自らの努力を示していくことだ。
この取り組みの一環として、21 年からサステナビリティレポートを発刊している。また、22 年には環境社会配慮ガイドラインを改正し、CO2 換算で年間25,000トン以上の温室効果ガスを排出する案件は、その排出量を算出・公開することにした。
第3は、世の中の変化に対応し「新しい価値をつくる」こと。気候変動は「地球沸騰化」とも形容されるようになり、誰もが気候変動を「自分ごと」として感じるようになっている。23 年に改定された開発協力大綱でも「我が国の開発協力をパリ協定の目標に整合させる」とされた。こうした中、途上国の実態に沿った、社会全体のトランジションに取り組むことが必要だ。
現在、電力が大幅に不足している途上国が、一気に再生可能エネルギーに切り替えて課題を解決することは難しい。各国にあった現実的なトランジションの計画を一緒に立てて対応していくことが日本らしい協力であり、それが日本の強みになればと思う。
改定された開発協力大綱では、人間の安全保障は開発協力の指導理念に位置付けられた。これは非常に重い。JICA サステナビリティ方針では、人間の安全保障について冒頭で取り上げるとともに、基本的人権を尊重するとした。23 年のサステナビリティレポートからは、人権に関する取り組みも紹介する予定である。
SDGs世代をひきつける魅力にも
なぜ、こうした取り組みが必要なのか。米国大学院で「Development without Growth」を唱えた環境経済学のハーマン・デイリー氏の教えを受け、NGO で環境や人権に取り組んでいた私にとって、サステナビリティは古くて新しい挑戦だ。以前からある課題に人々の関心が向き、価値が認知されて社会が変わろうとしている。そこにJICA 職員として果たせる役割があれば、仕事冥利に尽きる。
JICA だけでなく、業界のみなさんと一緒に取り組まなければならないこともある。その1つは調達だ。JICA はこれまでも、グリーン調達や環境マネジメントシステムに関するISO14001 の認証、女性や若手の活躍推進状況の確認などを通じて、事業に参画する企業の取り組みを確認・評価してきた。
一方、世界銀行はサステナビリティ調達の基準を作成している。民間企業の間ではサプライチェーン(供給網)全体を確認し、委託先の企業の取り組みや従業員・雇用者の労働環境にも配慮するようになってきている。こうした動きも見ながら、JICA の調達をどうするべきか、議論を始めている。
もう1つは、人的資本、つまり働く人への視点だ。SDGs ネイティブとも言われる若い世代は、サステナビリティやダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン、エシカル(倫理的=人や社会、地球環境への配慮)に配慮した商品やサービスを選び、そうした配慮を自らが働く環境にも求める。
ODA 事業の実施が、SDGs 達成やサステナブルな社会の実現に貢献するやりがいのある仕事であり、ODA業界が個々人の働きやすさや成長を大切にしているとみてもらえれば、やる気のある人が集まってくる場となるはずだ。開発に携わるみなさんとJICA が一緒になって、開発協力の価値を生み出し、共感を得られるよう取り組みたい。
【Interview】サステナビリティが開発業界の羅針盤 ~JICAと共同の勉強会なども検討
日本工営(株)地球環境事業部 サステナビリティデザイン室 室長 兼 日本工営ビジネスパートナーズ(株)共創統括本部 サステナビリティ推進室
海外コンサルタンツ協会(ECFA)サステナビリティ推進チーム チーム長
菊池 淳子氏
ID&E グループで、サステナビリティコンサルティングサービスと自社グループのサステナビリティ経営の推進に関わる部署に所属している。2019 年から(一社)海外コンサルタンツ協会(ECFA)サステナビリティ推進チームで、会員向けの意識醸成や異業種交流に関わり、現在はJICA のサステナビリティ推進室との共同勉強会などを検討している。
持続可能な開発目標(SDGs)と前身のミレニアム開発目標(MDGs)は異なるコンセプトを持つ。MDGs が国をベースに「支援する側」と「支援される側」で語られていたのに対し、SDGs は全てのセクターが持続可能な世界をつくる「パートナー」として共通のゴールを目指し、「自分ごと」としてサステナビリティに主体的に取り組むことが期待されている。
サステナビリティに対する理解は、世界各国で事業展開を行う企業、政府、そして市民社会の間で進んでいる。サステナビリティのルールを理解し、主体的に取り組まないと国際的な取引きに参加できないからだ。と同時に、サステナビリティの取組みを加速化させるための事業戦略や技術開発を行うことで、短・中長期の事業機会を創出している。
社会に必要とされる組織であり続けるには、社会価値の移り変わりを読むことが大切である。現在、国内外で気候変動、人権、生態系保全、SDGs、ESG などサステナビリティが重要視されており、ルール化も進んでいる。
例えば「ビジネスと人権」の関連では、日本政府は今年4月、公共調達において入札する企業は人権尊重の確保に努めることとする方針を決定した。この意味をどう解釈し対応するかで、企業の経営戦略や事業機会は変わってくるであろう。最近は、国連などの国際機関の調達では、応札企業に対して、サステナビリティ推進に向けた対応状況について報告を求める場面も増えている。リスクを軽減し機会を増大させるためには、既存ルールへの対応に加え、その次の展開をどう読むかも重要だ。
我々開発コンサルタントは、長きにわたりODA 事業をはじめ国際協力事業に携わってきた。この代えがたい経験を礎に、開発業界はもとより業界を超えて、「一緒に時代をつくるパートナー」として信頼されるよう、「サステナビリティ」を羅針盤に進んでいきたい。
掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2023年11月号に掲載されています
(電子版はこちらから)