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【BOOK INFORMATION】開発コンサルタントの人生を描く

『ナムグム・プロジェクトの挑戦 ー久保田イズムの継承』


 著者の吉松昭夫氏(元・日本工営副社長)は、1952年に九州大学を卒業すると、創業6年目の日本工営(株)に入社した。北海道・日高地方の開発計画に従事して5年目に、国連調査団に参加した社長の久保田豊の技術秘書として、新たな人生を歩み始めた。
 こうして国際コンサルタントの道を歩むことになった吉松氏は、“久保田イズム”とも言うべき国際コンサルタントの精神を学ぶことになる。最初の実践は、ラオスのナムグム・ダム発電所プロジェクトで、当時の国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が採用した同国のメコン河開発の第一号であった。吉松氏はこのプロジェクト・マネージャーを6年間務めた。この時代はインドシナ半島が戦後の混乱の中にあって、多くの危険をかいくぐっての仕事であった。
 それを本書では「忘れ得ぬ苦悩と感動」「戦火の中のダム建設」「ナムグムの竣工を迎えて」と題した章で、現場での苦悩と喜びを綴っている。その文脈には開発コンサルタントの元祖「久保田豊スピリッツ」が満ち溢れており、吉松氏が久保田イズムをどれほど信奉していたかがうかがえる。
 その一つが、本書で実現した評者と吉松氏との対談である。題して「開発コンサルタントの元祖・久保田豊を語る」である。この対談の中で評者は、久保田豊氏とのある会話について触れている。それは、久保田氏の「空からメコン河を見た時にあの川をどこかでせき止めたいという衝動に駆られるんだ」との発言に評者がその理由を尋ねた際、間髪入れずに「君、登山家が山を見て、いろいろ理屈を言うかね。山を見たら、とにかくあの頂上まで登ろうと決意するだろう」という答えが返ってきたというものだ。評者は久保田氏が自然の力というものに対して偉大なる敬意を抱いていることを知り、改めて久保田イズムを学んだことを述べている。
 ナムグムのプロジェクトは、著者の人生のすべてと言ってよいほど深い感銘と悲哀、そして新しい経験を与えた。それが「忘れ得ぬ苦悩と感動―ナムグム・プロジェクト」であったり、危機迫る「戦火の中のダム建設」であったりして、1957年に竣工を迎える。平和になった今のインドシナでは考えられない貴重な体験だと思う。その意味で、本書でその詳細を書き残しておく意義は大きい。
 もう一つ本書で注目すべきは、本流のメコン河の明日を語っていることだろう。当時、ベトナム戦争などでインドシナ半島は混沌としていた。平和を願う人々は、半島を縦貫する大河メコンの平和利用(発電ダムなどの建設)で戦乱を治めてほしいと懇願していた。特に開発コンサルタントは平和でないと真価を発揮できない。だから、開発コンサルタントは平和を創出する役割を担っているのだ。本書では座談会「メコンの明日を語る」も掲載されており、そこからはそういう平和への願望が込められているようにも思われた。
 先にも述べたように、吉松氏の日本工営創設者・久保田豊氏への信奉はゆるがない。それは「開発コンサルタントの元祖」「国際総合開発の先駆者」「世界の久保田豊」「日本工営の創始者」と言う言葉で表現されている。
 130ページの中味は濃くて熱い。筆者は昨年(2018年)で卒寿を迎えたと言うが、後世に良い贈り物を残したと思う。
                  (評者:荒木光弥・本誌編集主幹)


『ナムグム・プロジェクトの挑戦 ー久保田イズムの継承』
吉松 昭夫 著者
日本工営(株) 編集
DTP出版
2,000円+税

・DTP出版

・Amazon


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本記事は国際開発ジャーナル2019年9月号に掲載されています。

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