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「食欲カウンセリングルーム」第一話|甘いもの依存は卒業できます!

あらすじ
"甘いもの依存"から抜け出したいと願う北村ハナは、『食欲カウンセリングルーム』に通う。
 カウンセラーの山田満は、自由奔放で無邪気なおじさん。デリカシーのない発言や常識外れの行動でハナを振り回しながらも、山田の食欲についてのアドバイスは的確だった。徐々に甘いもの依存卒業に向けて歩み始めるハナ。自分で自分を幸せにするために、もがきながらも諦めない女性の物語。

「あぁ、今日もやってしまった」
 目を覚ましたわたしは、絶望した。
 ガラスのテーブルの上には、食べ散らかしたポテトチップスとクッキー。ピザの残骸。仕事の資料。
 先月のわたしは散々だった。
 まず、彼氏にふられた。
 次に、仕事を失った。
 その結果がこの有り様だ。
 テーブルの上の惨状が、私を責め立てているようでみじめだった。

 この怒りをどこにぶつければいいのかわからない。
 テーブルの上を片付けながら、『食欲カウンセリングルーム』を予約しておいてよかった、と心から思った。

 仕事先で見かけた「甘いもの依存は卒業できます!」という看板の宣伝文句にひかれて問い合わせをしたのが、食欲カウンセリングルームに行くきっかけだった。
 甘いものが大好きで、食べると本当に幸せな気持ちになれる。けれど一方で、どうにもならない衝動で甘いものを食べ続けてしまう不安な時間も、たくさん経験した。
 そんな自分をわたしは許せなかった。
 食べる事でしかストレスを発散できない自分なんて見たくない。
 鏡を見るのも、写真に写るのも嫌いだ。
 自分の顔を見た瞬間、「だらしないわよ! 意志が弱すぎるのよ!」と罵声が飛んできそうでこわいからだ。

 しまった!
 もう家を出る時間だ。
 わたしは鏡も見ずに化粧をして、電車に駆け込んだ。

 食欲カウンセリングルームの最寄駅は、地下鉄だ。
 地下鉄の改札脇から地上に続く長い階段を、エレベーターでゆっくり昇っていく。
 心の奥深くにもぐりこんでいた自分の感情が明るみに出るようで、わたしは腹に力を込めた。
 それでも苦い記憶はよみがえる。

「もういいです。時間がないので、あとはすべてこちらでやりますから」とクライアントに電話を切られたのは、先月の今頃だった。
 そりゃそうだ。私がクライアントに渡した原稿はひどいものだった。
 インタビューライターとして五年働いて、クライアントとは信頼関係が築けていたはずだった。
 なのに、どうして私はあんな原稿を書いてしまったんだろう。思い出すたびに涙がにじむ。

『食欲カウンセリングルーム』の看板が見えてきた。
 カウンセリングルームの扉の前に立ち、わたしは期待をこめた人差し指で呼び鈴を鳴らした。

「いらっしゃァい! 食欲カウンセラーの山田満よン。どうぞォ。中へ入ってェ。新しい世界の始まりよォ」
 大阪のくいだおれ人形みたいなド派手なおじさんが迎えてくれた。
 楽しそうな人だけれど、不安がよぎる。
 この人を信頼して大丈夫か?
 それでもわたしは看板に書いてあった「甘いもの依存は卒業できます!」という言葉を信じたかった。

 ソファに座り、わたしは甘いもの依存で苦しんでいること、彼氏に「ふくよかな体型が苦手」と言われてふられたのをきっかけに、甘いもの依存を卒業したいと強く思ったことを話した。
「えっ? 体型? それが理由でふられたってこと? 本当にそうなのかなぁ。スリーサイズいくつ?」
 このおじさん、デリカシーがなさすぎる。
 わたしは聞こえないふりをした。

「看板には、『甘いもの依存は卒業できます』って書いてありましたけど。どうしたら卒業できるんですか?」
 ずっと聞きたいと思っていたことだ。
 今のわたしの状況は、どうすれば打破できるんだろう。
「自分で自分を癒すのよン。あの手この手でね。癒しの引き出しをたくさん持つの。たとえば、心の底から好きなこととか見つけるといいのよン。あなたの『大好き!』はなァに?」
 山田はスライムみたいな語尾で答えた。

「ボクの大好きなことはねェ、タロットカードよ」
 山田は机の上に手を伸ばしてトランプのようなカードの山をつかみ、シャッシャッと切った。
「むふふっ。かわいいでしょ。最近お迎えしたタロットカードちゃんなのよン」
 山田はカードを一枚ひっくり返した。
 三本の剣が赤いハートに突き刺さっている絵柄だ。
 なんだかこわい。
 山田を見ると、穏やかな顔で愛おしそうにカードを眺めていた。
「いいわねェ。ハナさん、『よくがんばったね。もう大丈夫』ってカードに言われてるわよン」
 なんだ。なんだ。占いが始まったぞ。
 山田はカウンセラーなのか? 占い師なのか?
 わたしはいったいどこに来たんだ? 占いの館に来たわけじゃないぞ。
 わたしは、甘いもの依存を卒業したいんだ!

 黙って山田を見つめていると、視線に気づいた山田が満面の笑みで言った。
「ようこそォ! 食欲カウンセリングルームへ! 今までよくがんばったわねン! これからはボクと一緒に甘いもの依存卒業を目指すわよォ! えいえいおー!」
 山田はこぶしを上げながらスクワットを始めた。

 大丈夫か?
 こんな変なおじさんと一緒にいて、わたしは本当に甘いもの依存を卒業できるのだろうか?
 いや! なんとしても卒業せねば!
 人生をかけてでも、甘いもの依存を卒業するんだ!
 今朝みたいなみじめな思いをするのは、まっぴらごめんだ。
 がんばれ、わたし!えいえいおー!

第2話 自分で自分を癒す旅:
https://note.com/ideshihooo/n/nf6328d50a7cc

第3話 カラダとココロの栄養:
https://note.com/ideshihooo/n/n1d36ac04fccf

第4話 食べるほどに栄養不足:
https://note.com/ideshihooo/n/n4cd680af7b8b

第5話 あたたかい桜のまなざし:
https://note.com/ideshihooo/n/n308c5de38b94

第6話 新しい世界は唐突に:
https://note.com/ideshihooo/n/ne4b2b4c0302d

第7話 ピンチはチャンス:
https://note.com/ideshihooo/n/na2957bd0bcb6

第8話 心を満たせ!恋せよ乙女:
https://note.com/ideshihooo/n/naacaa92be057