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運転免許証 #2

月日は流れ
競馬場のフェンスも剥がし終わり
数百本はあるであろう
競馬場の木の杭を抜く作業に入った頃

いつも家から歩いて通勤する
僕を見兼ねたボスが
使っていないモトクロスバイクを
通勤用にと貸してくれる事になりました。

バイクの運転は好きだったので
これは僕にとってかなりの出来事。

お昼休憩に試し運転をさせて欲しいと
ボスに打診すると

OK、道の左側だけを走れよ、とボス。

オーストラリアは
日本と同じ左側通行、
そんなの知ってるよ。
と、頭の中の僕の声。

早速、モトクロスバイクにまたがり
運転のうまさを
主張するかの様な走りで公道へ。
ボスに言われた通り
きちんと左側を守り走っていると

後ろからパトカーが追いかけて来て
途中からサイレンを鳴らし始めました。

サングラスに
制服のシャツを腕まくりした
いかにも海外のポリスって感じの
若くてクールな警察官に
手のひらでクイクイっと
呼ばれているので
バイクを停めて近寄ってみると

なんと、
僕はオーストラリアに来て数ヶ月で
警察に捕まってしまったのです。

なんで捕まったのかもわからず
クールにボソボソ話すポリスが
いったい何を言っているのかも
僕にはさっぱり聞き取れない。
とりあえずライセンスを出せ
と言われているのは分かったので
日本の免許証を渡しても通用しない。

16歳の僕は
国際免許なんて存在すら知らず
言われるがまま警察に
連れて行かれるはめに。

この街唯一のアジアン人が
警察に捕まっている姿。
その姿は
さぞ滑稽だったのでしょう。

通り過ぎる人は
皆んな振り返りますが
その日、僕の事を
ジャッキーチェンとは
誰一人呼びませんでした。

警察からボスのところへと
連絡が入りボスが笑いながら
迎えに来てくれて事情を説明し
僕はそのままボスと
競馬場へと戻ることに。

ボスの言っていた
「左側を走れ」は、
車道ではなく
車道の脇のトラクターが走る
舗装されていない道を指していて
オーストラリアは左側通行だ、
と言っていた訳ではなかったようで

ちょっとした言葉の壁で
警察沙汰になった僕に
ボスも、歯のないミックも
イケメン・サイモンも大笑い。

その日は、皆んなが
昔自分が警察に捕まった自慢
が始まり、ホントかウソか
ボスに関しては牢屋に入っていた頃の
写真まで見せてくる始末。

そんな警察沙汰から
数日経った、ある週末。
僕は買い物へと街まで
ひたすら歩いていると
僕を抜いていく車がやたらと
クラクションを鳴らしていくのです。

今までそんな事はなかったのですが
車内から僕を見て笑いながら
クラクションを鳴らす人も。

街に着けば生肉を投げつけてくる
お肉屋さんのオヤジも
今日は生肉じゃなく
僕をクレイジージャパニーズ
と呼ぶように。

若者たちも、僕を見て
ジャッキーチェンの
パフォーマンスでなく
バイクを運転するパフォーマンスに
変わり、僕をクレイジージャパニーズ
と呼ぶようになっていたのです。

なんだか僕の心は
笑いが止まりません。
あー、広い範囲のアジア人から
どんな形でも
やっと日本人になったか。
ジャッキーチェンから
クレイジージャパニーズになったか。

どんな呼び名でも
やっと個人として認識されたかの様な
嬉しさがありました。

それにしてもこの街
本当に狭いんだな。
そして暇なんだな。。。
テレビのチャンネルも
2個くらいしか無いし
夕方から始まるテレビ番組
ラグビーの珍プレイ好プレイが
一番の楽しみだもんな。
若者は、サーフィンと
スケートボードくらいしか
してないんじゃないか?

なんて半分バカにしながらも、
ジャッキーチェンと
揶揄わられていた頃は
下を向いてシカトしていた僕ですが
クレイジージャパニーズと呼ばれると
笑顔で応えるようになっていたのです。

つづく


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