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思春期真っ只中 #7

ボスの家では、
散髪は家族揃って庭で行う。

だから皆んな
前髪がバッサリ揃っている。
散髪してあげるからいらっしゃいと
僕も声を掛けられたのだけど
それにだけは、かなり抵抗があった。

別に仕事の往復だけで
誰も見てはいないのだけど
そこは、僕の最後の砦
の様な気がして絶対に譲れなかった。
そう、僕は思春期真っ只中だった。

だから次の週末に
街の床屋さんに行ってみる事にした。

街の床屋さんは
おじさんが一人で
切り盛りしているところで
お客が居ないときは外でいつも
タバコを吸っている。
だから散髪は初めてでも
おじさんの顔は何度か見たことがあった。

この日もおじさんは
店の前のベンチで
タバコを吸っている。
まさか僕が入るとは
思っていないのであろう
僕の方は見向きもしない。

すみません、
と声を掛け入口を指差すと
ようやく立ち上がりドアを開けてくれた。

この子は英語が通じるのか?
初めてのアジア人のお客さんに
戸惑いながら話しかけてくるのが
よくわかった。

街の人とゆっくり話すのは
この日が初めてで
さすが床屋さん、
色々なことを知っていた。

この街にドイツ人の夫婦が
移り住んだらしく
彼らも英語が出来ないこと。

図書館の一角でその夫婦が
ボランティアの先生から
英語を習っていること。

スーパーで売っている冷凍の
TERIYAKI CHICKEN が
すごく美味しいってこと。

オーストラリアの高校で
日本語の授業が取り入れられたこと。

何だか
ロールプレイングゲームの様だが
街の人に出会い
新しい情報を入手する。
という術を僕はこの日手に入れた。

しかし、その情報の代価として
僕の前髪はバッサリと切られ
ボス達と全く同じ髪型になってしまった。
僕の最後の砦は、
いともたやすく崩されたのだった。

帰りに教わった
TERIYAKI CHICKEN と
無料で英語を習える
図書館を探してみようと
少し街をブラついてみる事にした。

でも、
歩いていても気になるのは
自分の前髪で
ガラスに映る自分の髪型を
目で追っては触っている16歳。

そんな時に僕の後ろから、
こんにちは!と日本語が聞こえてきた。

え?耳を疑うも
今のは確かに日本語だった。
振り返ると
僕と同い年くらいの女の子と
その子のお母さんが
こっちを見て微笑んでいる。

私の名前は、マリンダです。

こんにちは、僕の名前はYUTAです。
と伝え頭を下げた。
前髪をいじりながら。。。。

そう、思春期真っ只中です。



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