広告やデザインのできることって思ってたより大きいのかもと思ったから、発信するメッセージも誠実で、誰かが励まされるものでありたい 〜上西祐理さんインタビュー(前篇)〜
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【世界卓球2015ポスター】
選手だけが体感しているスピード×瞬間
昨年電通を独立した上西祐理さん。10年前の入社時からその存在は注目していましたが、最近の仕事は「ラフォーレ」や博報堂の雑誌「広告」など、上西祐理以外に代えが効かないものになっています。スパイスカレーに凝っているということなので、渋谷のエリックサウスでランチをしてからキャットストリートそばにある事務所にうかがって、話をお聞きました。かっこいいビジュアルを生み出し続けている彼女が大切にしていることとは。
----いきなりなんですが、広告やデザインをやっていく中でご自分の強みってなんだと思いますか?
上西祐理(以下、上西) なんだろう‥。最近それ自分でもなんなんだろうって思っていて。「とことん考える」ってことなのかもしれない。もちろん、ビジュアルに落とし込むのは得意ではあるんですが、この仕事ってクライアントから依頼を受けて発生しますし、自分一人でつくっていくのでもないので、依頼主や商品や世の中について、一緒に考えること、そしてそれを言葉でも伝えることを大切にしています。デザインって社会性のあるものだから、つくったものが流通して、広がっていく。ものごとの本質を考え、つくるべき核のメッセージを導き出す、そしてそれを絵だけでなく言葉でも共有するってことが重要かなと思います。
----相手のことをちゃんと考えるって、捉え方によっては、相手のいいなりになるとか、必要以上に要求に応えてしまうとか、そんな風にも転んでしまいます。そのさじ加減ってどうしてますか?
上西 クライアントが思っていることをそのままやるだけだと、私が依頼された意味はないなって思います。もちろんクライアントとこちらの考えが完全に合致してたならそのまま提案すればいいんですが、ここはおかしいとか、世の中はこんなこと思ってないんじゃないかとか、女性として女性の視点でわかることとか、そういう私なりの本音の視点や意見は真摯に言うようにしています。そうすれば、お互いに気づきがどんどん増えていくと思うんです。「視点の母数を増やす」って、特に今の時代重要だと思います。そうやって対等に話せて、一緒にものをつくっていける関係性がいいですね。
----美大出身者って、基本的に言葉にするのが苦手だから絵で表現する道を選ぶ人が多いって思います。僕も若い時は苦労しました。そこは軽々と超えられましたか?
上西 意外とそこが得意だったのかも(笑)。楽しいことは楽しそうに話すとか、本当にいいと思ったら、本当にいい!って伝えるとか、逆も然り。10年以上この仕事を続けてきて、そこが得意な気がしてます。仕事を始めたての頃、先輩や仕事仲間から「なんでこれいいと思ったの?」って聞かれた時に、「なんか素敵だと思って」じゃ、いつまで経っても私の案が通らない。なんでいいのかが伝えられなくて自分の案が通らないのが悔しいし、もったいないと思いました。それで、自分の仕事でも、誰かがつくった表現物でも「なんでこれがいいのか」を考えるクセがついたと思います。最終的には「上西が良いというなら」で全部信頼されるようになったらいいんですけどね(笑)。
----コピーライターやストラテジックプランナーなどまわりに言語化できる人がいると、それに甘えちゃうこともできます。
上西 最終的にはミニマムひとりでどこまでやれるか、そのためにどう鍛えるかをずっと考えていたと思います。いつかは独り立ちしようとしていたので、その時に誰かがいてくれないとできないではまずい。だから、自己研鑽したいって気持ちがあって。それでいうと電通って環境は危険です。自分が持っていない能力を持っている同僚がたくさんいて、手伝ってくれる外部のデザイナーさんもいて、チームを組める。そうすると、どうやってデザイン上手になるんだろう、どうやってプレゼンひとりでできるようになるんだろうって不安も湧いてきて。だから、そこは意識しながら仕事をしてきました。なんなら自分でコピー的なものを書いたりすることもあります。言葉はとても大切にしていますが、とはいえ、説明できすぎることって実はおもしろくなくて。わかりきっているし、ビジュアルの意味がなくなっちゃうので。最終的にはビジュアルでのジャンプは重要ですし、伝えたいことが伝わるなら絵でも言葉でもどちらでもいいのではと思います。
----そんな風に託してもらえた最初の仕事ってなんですか?
上西 やっぱり私の代表作は世界卓球だと思いますけど、あれはよく通してもらえたなぁって。すでに何年か続いていたので、クライアントからの信頼もあったと思います。「かっこいい競技なんだから、卓球台と球だけで張り詰めた瞬間を表現した方がいいと思います」という一案だけの提案にうなずいてもらえました。
----普通だったらもっと表現しちゃうと思うんですが、それを瞬間だけ切り取ることによって、余計に競技の時間が凝縮されていました。
上西 世界卓球は毎年GW頃の開催と決まっていたので、考える時間が翌年まで1年ほどあるんですよ。1月は毎年1カ月休暇をいただいていたんですが、ロシアの鉄道に乗っている時に旅日記に描いたラフスケッチが最近出てきて。毎年決まった時期にある仕事はいいですね。
----ビジュアル化する際にカメラマンとのやり取りはいかがでしたか?
上西 瀧本幹也さんとはこの仕事がはじめましてだったんです。イラストにするか写真にするかも最初迷っていたけれど、フィクションじゃない「瞬間」にしたかったので、写真を選択。真空空間のような世界を撮れるのは瀧本さんしかいないなと思いつつ、予算もなかったので受けてくれるのかドキドキだったんですが、これは自分がやるべきと言っていただけて、快く引き受けてくださいました。選手だけが体感しているスピード、球が止まって見えるような「ゾーン」状態、それを定着したい。例えば宇宙人がその試合を見ていたとして、リモコンで一時停止したような真空空間の感じですと伝えました。絵みたいにしたいからパースはいらないんですって言ったら、瀧本さんは最初からわかってくれていて、ここをこうするとパースは消えますよとか、ここの影はどういう角度で落とす?など、すでに考えてくださっており、最初から細部まで詰めることができて、とても良い体験でした。自分のターニングポイントを考えると、世界卓球のポスターの前年に行ったヤングカンヌで、そこから結構変わったと思っています。日本代表としてカンヌに行って金メダルを獲れました。それまでは「カッコいい至上主義」みたいな感じだったんですが、ヤングカンヌで「そもそもつくる意義」をちゃんと考えるようになった。世界中のNPO団体の中から課題が出されるんですが、世の中っていまこんなに問題が山積みなんだって直面して。日本人は平和ボケしてるところもありますが、ヨーロッパではアフリカの飢餓や血液が不足していることが身近な問題として受け止められている。そういう世の中に自分が何かできることはあるのかとか、せめて無駄なものはつくらないようにしようとか、そうやっていろんな角度から「考えなければいけない」と思うようになりました。カッコいいものは最終的にアウトプットをがんばればいいわけで、その前提の、存在していいものになっているかや、たくさんの人の思いやお金も動いてつくられていることとか、社会的にも影響あるものであることなど、ヤングカンヌがきっかけで自分なりにですがちゃんと考えることを意識するようになりました。広告やデザインのできることって思ってたより大きいのかもと思ったから、発信するメッセージも誠実で、誰かが励まされるものでありたいと思いました。
----仕事ってどうしてもルーティンになりがちです。納品すればいちおう区切りはつくし、商品の効能だけを伝える広告でも誰かがよろこぶかもしれない。でも、社会性を意識して、違う視点に立てるのは、頻繁に旅にでかけていることも関係してるんでしょうか。
上西 あるんじゃないかと思います。その国ごとの価値観や倫理観がありますし、こっちの国でいいとされているものが、あっちの国では悪とされていたり。認識や主義が違えば同じ事実も違って捉えますし、誰しもが「正しい」と言えるものはないんじゃないかとよく思わされます。山にもよく登りますが、自然を前にすると何かをコントロールできるなんておこがましいともよく思います。広告をやってると、話題になったりして世の中を動かしたっていう気分になってしまいかねないのは、気をつけなきゃなと思います。私としては、少数でも深く刺さる人がいたり、これで救われたという人がいることも大事にしたいです。瞬間風速的なことよりも、強度があって、普遍に近い価値観を追求したいです。
----自分なりのものさしがしっかりあるんですね。
上西 この前学生にデザイナーやアートディレクターに必要なことってなんですかって聞かれて、私は「体力です」って答えたんです。センスとかって時代や場所によっても良いとされるものが変わっちゃうじゃないですか。たとえ「良い」と人に評価されても、それが自分がいいなって思えるもの・好きなものじゃなかったら不幸だし、長続きしない、楽しくない。健康でポジティブに「自分が心から良いと思う」ものをつくり続けられることが需要で、それを叶えるのはとても大変で、心身ともに体力が必要ですよね。体力的なことよりも心の無理がしんどいなと思うんですよね。これはいいよねってものを形にして世に出して、価値観のあう人が反応してくれる、それが自分にとって幸せな状態です。あと、山で相当鍛えられたのが、その場の判断とリスクのとり方です。山登りの荷造りって超クリエイティブで、その取捨選択が死に直結する。
----なるほど。上西さんは普段から常に登山してるんですね(笑)。自分のナップサックに入るものしか持ちたくない。ひとつの仕事が終わったら、次はこれを捨ててこちらを入れていこうという判断を常にしてると思うんです。
上西 そうですね、登山って結構仕事や人生と似てますね・・。判断しなきゃいけないポイントが常にあって、頂上に到達したからってそんなにうれしくない、別の峰もあるし、下山もある・・。達成感はもちろんあるけど、次のことを考えている。諦めるポイントの見極めも重要だったり。あと旅に出て、ここじゃなくてもまぁ生きていける!ここが全てではない!って感覚を常に持てるようになりました。自分を楽にしてあげられる方法として懐に忍ばせています。
(後篇につづく)
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