口語にして、「愛」を2回言わせたのがよかった。 〜佐倉康彦さんインタビュー〜
ideas_together_hotchkiss #055
【サントリー『ザ・カクテルバー』】
都市単身生活者男子×愛
永瀬正敏さんが浜辺でウクレレをつま弾きながら、エルビス・プレスリーの「ブルー・ハワイ」を歌う。女性の(熱い?)視線に気づき、さらに調子よく歌うけど、また振り返ると誰もいない。東京スカパラダイスオーケストラの曲とともに「愛だろ、愛っ」ってナレーションが決まる。そんなTVCM が1994 年にお茶の間を騒がせた。当時独身だった僕の心に、「愛」と「だろ」の単語のシンプルな組み合わせのコピーがヤケに響いた。そこにたどり着くまでの裏話が聞きたくて、表参道のオフィスに佐倉康彦さんを訪ねました。
---- 単語でいうと「愛」「だろ」「っ」という3つの組み合わせでできた「愛だろ、愛っ。」というコピー。まずはこの言葉が生まれてきた背景について教えてください。
これを書いたのが30 代前半で、20 代でワーワーやっていた残滓みたいなものがまだあって。「カッコよく決めるぞ!」と思って東京に出てきたのに、全然うまくいかなくて。あっちこっちにぶつかって、しんどい思いをしてきた残り香みたいなものが僕の体に染み付いていた。時代背景で言えば、あの商品のターゲットが「都市単身生活者男子」だった。でも、見た目は透明の瓶でカラフルな液体。カワイイわけですよ。クライアントもそんなに売れると思ってかったのか、指名でサンアドに来た。そこでシニアチームと僕たち若手チームの2チームで社内競合になった。あの頃はウイスキーとか、ハイボールブームもまだ、チューハイブームもまだ。こんなカワイイ見た目だけど、「Bar」ってついているから、最初はオーセンティックなバーを舞台にしたアイデアも出したんだけど、なんかしっくりこなくて。ターゲットに近い年齢だから、自分の体験談をたくさんコンテにしてみた。仕事に疲れて夜道を歩いていると目の前を女性が歩いている。すると、振り返った女子が、後ろを歩く自分を痴漢だと思って、その途端ダッシュでいなくなっちゃったりとか。コンビニのレジでおばさんに横入りされちゃうとか。イヤな体験を全部コンテにしていった。そんな時になんて言って飲めばいいのかなと考えた時に、「都会って、愛が足りないよな」ってニュアンスをどう言おうかなと悶々としていて。その頃「愛」っていう単語を使っている紋切り型のコピーが腐るほどあって。それでも、「愛」って単語を使いたいなって思っていたら、「ひとつ屋根の下」ってドラマで江口洋介の「そこに愛はあるのかい?」ってセリフがあって、「愛」を使うなら口語にするといいなと。「愛」って漢字は画数が多いんだけど、逆にこれを2 回繰り返してやろうと思って。
---- 永瀬正敏さんに「愛」って言わせようと思ったんですね。
山田洋次監督の「息子」に出演していた永瀬さんを当時のサントリーの宣伝部長が観て気に入っていて、永瀬正敏が使えないかと打診があった。自分の中では永瀬さんのイメージってジム・ジャームッシュ監督の「ミステリートレイン」だった。ちょっといきがった永瀬さんが吐き捨てるように言ってもらうにはどんなセリフがいいかって考えて、いくつかコピー案を現場で永瀬さんに見せて「どれを言いたいか」って聞いたら、彼が選んだのが「愛だろ、愛っ。」だったわけです。
---- おー!それは見事にシンクロしましたね。
当初は世の中に対して「愛が足りない」ってメッセージだったんだけど、演出家が前田良輔さんに変わったタイミングで、せっかく愛を語るならもっと対象を具体的に、わかりやすく女性にした方がいいよねって方向が固まり、マドンナが出てくるシリーズになった。とにかく、フレーバー違いの商品が次々と発売されるので、そのフォーマットを決めたのも良かったのかもしれない。「ブルーハワイ」が発売されたら、『エルビス・プレスリーのブルーハワイ』をウクレレ片手にカッコつけて歌う、そして、フラれる。「チチ」が発売されれば、チチといえばおっぱい、そして線香花火のチチッって爆ぜる音、でもフラれる。商品とそれを飲む人間の距離感、そして女性にフラれるっていうパターンで、「愛だろ、愛っ。」がやたら粒立つようになった。
---- なるほど。フレーバー違いのCM それぞれに組み合わせの掛け算があったんですね。
自分のつくったものがあんなにドライブかかっていくような経験はそれまでなかった。いろんなアイデアというか、自分たちのしょっぱい経験がうまいこと繋がっていったんですね。最初は意識してなかったんですが、気がついたら「寅さん」になってたんです。これが「愛」を使ったおきまりの類型的なフレーズだとこうはならなくて、吐き捨てるようなちょっとため息のような言葉だったから、いい感じにいきそうで木っ端微塵に女性にフラれるという寅さんパターンがうまくはまったんです。
---- それって、商品の人格がコピーでストンと言えたわけですよね。普通のクライアントだったら、「愛だろ、愛っ。」って商品のこと何も語ってないから採用されないですよね。
クライアントが設定した「都市単身生活者男子」がよかったと思います。あの商品のフォルムや色を考えるとターゲットは女性にしがちですが、男性だから言葉がワークしたんですよね。さらに、本格的なお酒じゃなかったことも良かった。この商品だったから、「愛」っていう言葉を軽くでき、少しコンテンポラリーになった。それが、CM 観たターゲットの人にリアルに刺さったのかもしれないです。
---- 僕の印象としては、佐倉さんってそこまで「愛」が軽くない人です。笑 でも、あの企画では軽く扱っています。商品がああだったからなのか、20 代の自分の残滓に向けたらそうなっちゃったのか、そのあたりはどうなんでしょう。
そうですね、20 代のはじめの頃って何やってもうまくいかなかったり、傷ついたりするわけです。当時四谷三丁目のマンションに住んでて、ツバキハウスでカッコつけて主みたいな顔してちょけてイキってたけれど、当然、お持ち帰りできなかったりとか。そういうダメでダサくて情けない状況を表面的にだけでも笑っちゃいたいなってことがあったんじゃないですかね。愛とか平和とか、重たいものだからこそ、そういう普遍的な価値をハナクソほじくって、くしゃみしてるみたいにして投げ出しちゃった方がいいんじゃないかって。何案かコピー書いたんですが、あのコピーだけが口語体だった。そんなに自信もなかった。でも、あの当時の永瀬さんという役者だったから、これでいいかもって思えたのかもしれない。
---- 最初自信がなかったコピーだったわけですが、いつ頃確信に変わったんですか?
それは、マドンナ篇が10 本くらい続いた頃でしょうか。テレビの画面いっぱいにコピーをレイアウトして欲しいんですよ、コピーライターだから。ところが、演出家はアドバルーンにしたり、花火にしたり。笑 意地悪されてるとしか思えなかった。でも、話し言葉で吐き捨てるような、後ろ向きのため息のような「愛」という言葉が混ざったナレーションが結局は良かったんだなぁって。そっちの方が効いてたんだなぁって、後になってわかった。寅さんだっていったけど、マンネリも悪くないんだなって。『男はつらいよ』大好きなんです。寅はすっと何十年もフラれ続けて愛されてきた。だいたいコピーって何年か使い続けるとしんどくなっちゃうんだけど、口語にして、「愛」を2 回言わせたのが良かったのかなって。広告も経済活動の一つだからコロコロ変わっていく言葉より、一つの言葉で貫けたほうがコスパもいいし。永瀬さんとキョンキョンが結婚した際に、「永瀬 小泉 愛だろ、愛っ。」ってスポーツ紙が1 面の見出しでこぞって書いたり。世の中に機能する言葉になった。若い頃は「愛だろ愛っの佐倉さんです」って紹介されるのが死ぬほど嫌だったんですよ、一発屋の演歌歌手みたいで。だからずーっと抵抗してたんだけど、今では「もっと言って!」って。名前は寅次郎の妹のさくらと同じですが、やっぱり寅がいいなと、心底思ってます。笑
---- 永瀬さんとの縁、そして寅次郎への愛が2019年の『男はつらいよ50 おかえり寅さん』(山田洋次監督)のコピーにつながるんですね。20代の佐倉さんもビックリしてるでしょう。僕としては「愛」についてこんなに佐倉さんと語る日が来るとは思っていませんでした。笑 お互い歳をとったから、こうやって共有できたのかもしれませんね。ありがとうございました。