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モルックを目指して

 人はそれぞれ、育ってきた環境や性質によって全く違う目線で世界を見ている。生きていれば、どうしても価値観が合わない人や話が噛み合わない人がいるだろう。

 今回は、会話という意味で人生で最も相性が悪かった人との思い出について語りたい。


『近況報告でご飯いこー!!』

 ︎︎InstagramのDMで、そんなメッセージを貰った。相手は大学時代働いていた会社の先輩で、有給インターンとして三年間働いていた化粧品会社の上司でもあった人だった。

 ︎︎仕事終わり19時に、高田馬場駅前で落ち合い、先輩おすすめの居酒屋に向かう。

「お久しぶりです。最後に会った時から1年半ぶりとかですよね?」
「そうだっけ?SNSでよく見てたからそんなに久しぶりって感じしないけどね」
「Tさんはあんまり更新しないから近況全然わかんなかったです。最近はどうですか?」
「仕事辞めて地元帰ろうかと思ってるんだよね。ちょっと都会に疲れちゃってさ、」

 ︎︎先輩は裸眼視力が2.0あり、毎日牛乳を2リットル飲むが人生で一度もお腹を壊したことがなく、4月に冷房をつけ半袖短パンで過ごし、大学時代7つのサークルに入り週替わりで遊び、毎晩授乳くらいのペースで起きて仕事をし、仕事に疲れたらクラブで漫画を読むことを息抜きにしていた。

「先輩はずっと東京で働くんだと思ってました。毎晩2時間おきにアラームかけて仕事してたし……」
「俺もそう思ってたんだけどね。ちょっと疲れちゃってさ。田舎でゆったり暮らす方がいいなって。東京の暮らしって消費するだけやん?ガツガツお金稼がなくても、自然の中で穏やかに暮らす方が豊かだなって思ってるんだよね」

 ︎︎その発言に、あ、チューニング合わせてくれてるな、と感じた。

 ︎︎「東京は消費するだけで豊かさがない」とは、アンチ資本主義に傾倒していた一年前の私が会社でもSNSでも散々言っていたことだった。スマートでコミュ力の高い先輩は、数ある自分の側面の中から私が喜びそうな一面をピックアップして提供してくれたのだ。


 ︎︎先輩に連れていっていただいた立ち飲み屋は極寒だった。一番奥の冷房の真下は恐ろしいほど寒く、震える私に合わせてレバ刺しの乗ったテーブルがガタガタと揺れた。

「先輩はまだ早稲田に住んでるんですか?」
「そうなんだよ。もう8年くらい引っ越してないかな。あんまり住む場所にこだわりないんよね。交友関係も狭く深くって感じだし、人でも物でもひとつのものを長く大事にするタイプかも」
「へぇ……」

 ︎︎狭く深くな人間が、サークルに7個も入ってるわけあるかいな。

「服とかも興味ないから、あんまりお金使わないんだよね」

 ︎︎10万円のバッグ買ったゆーてましたやん。


 ︎︎先輩はたくさん自分について話し、私にも質問をしてくれたが、「私の人格に興味がある」というよりは、コミュニケーションの延長線上になにか目指すものがあり、その目的のためだけの会話をしている気がした。

 ︎︎とはいえ、直接語られた訳でもないのに人の動機を勝手に類推して裏で好き勝手に書くというのはあまり誠実でないので、ここでは仮に先輩の目的を「モルック」としよう。

 ︎︎最近どう?と聞かれて、

「毎日楽しいです」と答えたら、おそらく
「好きなことやって自立してる人っていいよね!尊敬する!もっと話したいからこの後うちでモルックする?」と返ってくるだろうし、
「毎日辛いです」と答えたら、
「そういうタイミングってあるよね。俺もすごく悩んでた時期があってさ……(以下、悩んでたエピソード)。俺たちって似てるね。モルックしよう!」と返ってくる気がする。

 ︎︎すべてのやりとりの延長線上にモルックがチラつくようになった私は、先輩に対してもう何を話していいのかわからなくなってしまった。


 ︎︎2軒目のシーシャバーでチンチロをし、出目の弱い方がチャミスルをショットで一気するという飲みゲーをした。

「Tさんといると、高性能なAIと話してるみたいです」

 ︎︎四面体を投げ液体を流し込む行為を30分ほど続けた後、ヤケになった私は本人に伝えた。

「その場その場で求められる完璧な正解を叩き出すロボットみたいに感じて、先輩の人間性が全く掴めないんです。だからどういう風に話したらいいのかわからない。私は相手に合わせすぎてしまう人間だから、自分をしっかり持ってて、人に興味無いくらいの人の方が話しやすいのかな、と思います」
「俺は本当に人に興味がない人間だから、そう感じるのかもね。誰にでも合わせられる分相手の反応が予測できちゃうから、なにもかもつまらないって思ってる。明日死んでもいいと思ってるし、誰にも言ったことないけど生活保護でもいいと思ってる。軸無い人間の最底辺なんだよね。それで言ったら俺と○○ちゃんって似てるよね」
「なるほど……」
「○○ちゃんにその軸を掴んでほしいな」

 ︎︎先輩なりに自己開示をしてくれたのかもしれない。少なくともかなり私の世界観に歩み寄ってくれている。でもそんな先輩に対して、私は「人に興味無い人が好き」というオーダーに対する修正が早いな、と感じてしまった。


 ︎︎相手の言葉を素直に受け取らず、自分の思考や経験に当てはめて邪推することはとても傲慢な行為だと思う。世界観が違いすぎる他者を自分のフィルターを通してしか見られない私はあまりに未熟だった。

 ︎︎先輩とは高田馬場駅の改札前で別れ、お礼のやり取りをして連絡を終わらせた。


 ︎︎先輩、レバーご馳走様でした。せっかく誘っていただいたのに、ちゃんとあなたの言葉を聞けなくてごめんなさい。

 ︎︎あなたはあなたのモルックを、私は私のモルックを。それはお互いにしかできないからこそ価値があるのだと思います。

 ︎︎お元気で。






 ちなみにこの一件をシェアハウスの友達たちに話したら、「絶対モルモクだよ!」「「軸を掴んでほしい」ってもうセクハラでしょ」「いや、普通に近況聞きたかっただけだと思うけど……」と見事に意見が割れていた。

 ていうかモルモクってなんやねん。

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