寂しい瞳
~歳をとるというのは悲しいです。
自分が歳をとって容姿が変わっていく悲しみはもちろんですが、それ以上に周囲が歳をとっていくのを見るのが辛いです。歳をとっていく両親、かつての親友たち。時間は確実に流れている。
うまく社会の中で生きていけている人たちはそんなに歳をとることに抵抗はないかもしれない。何者にもなれずに歳をとっていく悲しみほどつらいものはない。時間だけが過ぎていく、取り残された焦り。
ある意味では自分だけ歳をとっていないような感覚、これは吸血鬼(ヴァンパイア)の心境に近いのではないか?
最近の話題で言えば鬼滅の刃に出てくる鬼になってしまったような感覚。
周りは歳をとっているのに自分だけあの日のまま。何も変わってない、精神的にも状況的にも。これで精神の安定を保っていられるほど人のココロは強靱ではない。
正社員として仕事を覚えて働けるようになれば自分にも自信がついて生活も精神も安定するのかも…とふと思った。
今の私の目標は会社に就職せず、自分というコンテンツ一つで無謀にも稼ごうとしている。そしてそれを生活の足しにして、それプラス週何日かのアルバイトで暮らすという甘い考え🙈自分の道を切り拓くことは容易ではないので非正規の休日ものんびりしていられない、常になにかに追われているような焦り、不眠不休の創作活動など🙈
正社員をやっていればこんな苦労はしなくてすんだのかもしれない。そうすれば休日は会社のことは忘れてのんびりできたかもしれない。
もちろん正社員として生きるのも容易ではなく、人によっては耐えられなくて自ら命を絶ってしまう人もいる。
だけど平然とこなせている人もいる。中には適当に要領よく生きられている人もいる。彼らは休日は好きなように各々の時間を過ごせている。休日も鬼気迫るような修羅のような形相で(笑)過ごしている私にとってそれは安息の地だったのかもしれない。
正社員として生きた方がよかったのか、それとも今の自分の方向性でよかったのか、今ではそれを確かめる術もない。
また中にはお金を追い求め経済的自由を得ようとしている人たちもいる。お金を何らかの方法でたくさん得てしまえばもう働かなくてすむと考えているからだ。早期リタイア。
彼らの愛読書はビンボー父さん、金持ち父さん、ウォーレン・バフェット。
私もその才があればそれを目指してもよかったかもしれない。
町の小さな本屋さんを一人で営んでいるおぢさんを久しぶりに見かけました。ずいぶん歳をとって痩せ細っていたので時間の流れの速さに驚きました。
もっと時間が流れればおぢさんはもっと歳をとるわけでいずれ、あの本屋さんは閉店して、この町から無くなってしまうのか、と思ったらとても悲しくなりました。そしてその時、まだ何も変わってない私が佇んでいる光景が目に浮かびます。
本屋のおぢさんにはずっと元気でいてほしい。
みんなにも元気でいてほしい。
私を置いていかないでほしい。
しかし、私は歳をとらないヴァンパイア、それは叶わぬ願い。
いつからか、普通の人間(笑)が私に近づいてくると私は自分から距離を置くようになった。
私が関わってしまっては迷惑かけるし、申し訳ないと思ったから。
寂しい瞳をしていた。疲れた顔。
私は同じ瞳をしたヴァンパイアとだけ関わって 生きることとなってしまった。