或るありがちな職業魔術師の吐露

 魔術師ではあるが敢えて言おう、魔法使いであると。
願望ではあるがあまり変わらないだろうし。
魔術師という言葉は何故にこんなにも凶悪的な響きを持つのに、魔法使いは夢に満ち溢れた前途洋々なイメージなのか。

実際、職業としてやるからには、生半可な心意気では務まらない。君たちが思っているほどファンタジックで、ドラマチックなものでもない。そしてあれほど色んな魔法が使えるなんて到底生きている間には無理なことで、因みに言っておくと私の使える魔法は、指定した任意の範囲に花を咲かせたり、涙から美味しいドリンクを作ったり、他の人より少しだけ美味しくお菓子が作れるぐらい。
別に便利でも、ないと困るものでもないから、気まぐれで使う魔術に過ぎないよ。
ちょっぴり、ほんのひとすくいの人だけが笑顔になれば、私はそれで十分なのだ。世界を救ったりその他の大きいことは、きっと私の出番ではないから。
君も頑張ればできるよ。私も普通に高校に通って、大学に通って、その片手間で身につけたもの。
日常の中にもそういう人は必ず居る。
きっと君の周りにも。
もしかしたら君がそうなのかもしれないね。
もしそうなら、気づいてあげられるのは君だけだ。

仕事にするにはとても大変で、でも諦めきれないからここまで来れた。
生活は苦しくても、それでもたった一つだけ、叶えたいものがあることはきっと君の日常に鮮やかな色をつけてくれる。
それを「夢」だと言える君はもっと素敵だ。たとえ今は「目標」という言葉で想いをぼかしたとしても、いつか夢になるために必要なことなんだ。それは。


「…なんだこれ。」
独りの書き手はぼそりとそう零した。
まるで、自分に言い聞かせているようだ。上っ面をすぅーっとアイスクリーム用スプーンでなぞっただけの、戯言。
大切なことなのかもしれないのに、そんな綺麗言が眩しすぎて読み返すことも叶わない。
急に鼻先がつンとして、視界がぼやけた。
この先は書けないーー永遠に底は見えない気がした。ひどくこの魔術師が羨ましかった。心底、自らとは相容れない存在だと思った。

独りの書き手はペン先をボッと折り、
原稿を畳んでゴミ箱の隅に置くと、二度と振り返らなかった。

…はずだった。

翌朝、机の上には畳んでゴミ箱の隅に置いたはずの原稿が、綺麗な状態で元に戻されていた。

「あれ…」

一人の書き手は頭をかいた。しかし暫く原稿を眺めた後、うん、とうなづいて、続きを書くことにした。

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たとえ今は「目標」という言葉で想いをぼかしたとしても、いつか夢になるために必要なことなんだ。それは。

だから一歩ずつ進めばいい。いや、半歩でもいい。時には戻ったっていいんだ。足踏みしても立ち止まっても、君はいつだって前に進み続けてるんだ。私の魔法で、見えないところで、確実に。走ったって良い、歩いたって良い、止まっても戻っても、君は「進み」続けてる。約束する。私がいつも見ているから。だからきちんと「進み」つづけて。

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一人の書き手はここまで書くと、原稿を手に立ち上がった。そして光の差す窓辺に向けて
歩き始めた。

「ありがとう」書き手は呟いた。

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「どういたしまして」

一人の魔術師、いや魔法使いは少し微笑み、そう言った。

ね?言ったでしょ?ちょっとの魔法しか使えないけれど、誰にでも出来るって。

さあ、次は君の番だよ。

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