街 その4

 それは突然だった。
 一年の休学を終え、間もなく復学する用意をしていたところに、あるメッセージが届いた。

 それは戸田の作ったサークルの初期からのメンバーであり、遠野が後を託した坂井望夢という人物からであった。

『遠野さん、最近戸田さんがヤバいんです。復学したらすぐに戸田さんに会ってもらえませんか』

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 復学した当日、遠野は事務局を訪れた。
するとあのサークル設立時にお世話になった職員が遠野を見つけ、

「いやあ、最近サークルの勢いがすごいよ!
設立したときはどうなるかと思ったけど、まさかここまで大きくなるとは…最近なんか大学の宣伝にまで出てもらってるし、戸田教団に入りたいって理由で本学を選んでくれる学生もいるくらいだよ!」

「戸田、教団…そんなに…」

自分の知らないところで、どうやらあのサークルはとてつもないものになってしまったようであった。戸田教団?この間まで戸田サークルと呼ばれて苦笑していたのに?

 来る前に戸田にはメッセージを送っておいた。坂井君が会って欲しいと言っていること、大丈夫なのかということ、色々会って話せないか、そう書き送った。

戸田からは一言、「サークル部屋で話そう」
そう送られてきていた。戸田が変わってしまったのは間違いないようだった。遠野の復学にちっとも触れないこと、体調を気遣う様子が一切ないこと。これまでの戸田からは考えられなかった。

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 サークル部屋に着くと壁には色々な考えがまとめられたワークシートのようなものが一面びっしり貼ってあった。どれもよく見てみるといわゆる戸田教団のメンバーのもので、人間はこうである、とそれぞれ定義した考えが書かれてあった。

遠野は少しぞっとした。あのサークルが、あんな小さなサークルだったはずなのに。

部屋の扉は閉められていたので3回ノックしてみた。

「はい」
懐かしい、戸田の声だった。扉を挟んで少しだけくぐもって聞こえるその声は、なんだか元気がないように思えた。
「戸田?」
そう尋ねると、
「ああ、遠野。入ってくれ」
そう返答があった。その声もやはりなんだか覇気が感じられず、遠野は不安に思ったのだった。

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 部屋に入ると、とてつもない量の本や論文に囲まれた戸田が真ん中の席に座っていた。
元々講義室だから席はたくさんあるが、今はその面影もない。遠野がどうしていいか迷って立ち尽くしていると、

「どうぞ、向かいに座ってくれ」
そう戸田に言われた。そう言われても席は全部前を向いているのだ。仕方なく戸田の前の席に座って、後ろを向いて戸田と向き合った。

「久しぶりだね、戸田」
何気ない言葉を投げかける。前みたいに微笑んでくれると信じて。

 しかし戸田は自嘲気味に、
「ああ、気づいたらこんなことになってしまったよ」

そう言った。あの柔らかな笑みはもうどこにもなかった。何かを諦めたような、全てを知ってしまったかのようなそんな表情だった。

「坂井君から聞いたよ、今…」
「今じゃ立派な客寄せパンダさ。戸田教団なんて呼ばれて、僕たちの本質は変わっちゃいないのにね。まあ一部のメンバーは過熱しすぎてる。でも僕でも初期のメンバーでもそれを止められないんだ」

遠野は戸田が遮るように喋ったことにびっくりした。人間を観察して、考える。それがこんなにも人を狂わせるものだったのか?

「答えのない問いに挑み続けることは、楽しいはずだって最初は思ってた。けれどこんなに辛くなるなんて、全然予想できなかったよ」

戸田はそう絞り出すように話した。ふと部屋の端に目をやると、大きな旗が飾ってあった。何か人のようなものがデザインされ、細々とした飾りがある。

「ああ、それね。美術系サークルが作成してくれたんだ。戸田教団の旗らしい。今度大学を紹介するリーフレットに載せるらしいよ」

戸田はそう言ってため息をついた。今起こっている全てのことは、きっと彼の望んでいることではないのだ。そうに違いない。

「ねえ、戸田」
どうか、どうか届いてほしい。

「サークル、少し休んでみないか?」
しかし戸田は大きく被りを振って、

「こうなった以上責任は僕にあるんだ。もう誰にも止められないんだ、このサークルは」

そう、言った。そして、

「サークルに今更戻ってくれなんて言わないよ、遠野。遠野の役割は坂井君が担ってくれてるし、困っていることもない。ただ僕の手にはもう余って仕方がないんだ」

そう言って悲しそうに笑った。
結局この後も遠野は戸田とまともに話せず、
気がつけば一人アパートに帰ってきていた。

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「…野さん、遠野さん」
「ん…」

「大丈夫ですか?うなされてましたけど…」
「うーん、ちょっと昔のこと夢に見ちゃったんだよねえ」
「昔って…あの、戸田さんっていう人との」
「そー」
「この間お墓参りに行ってましたよね?」
「そーだよ。死んだんだ、戸田は」

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 戸田教団と呼ばれるようになったサークルに、遠野が顔を出すことは殆どなかった。たまに坂井くんから送られるメッセージに従って戸田に会いに行ったりはしたが、復学してからというもの戸田と顔を合わせることは無くなった。ゼロになってしまったと言ってもいいくらい、二人は会わなかった。


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