【研究ノート5】リーダーシップ理論(その5)「ティール組織(2)」
ティール組織について昨日書いたところ、「フラットな組織の場合、どうやって全体の目標設定をするのか?」「個人の評価、報酬の設定はどうやってやるのか?」「そもそも重要な意思決定はどうするのか?」「よく働く社員に不公平感はないのか?」「製造業のような組織でもあてはまるのか?」というようなご質問をいただいた。
僕もとても不思議に感じていた。そんなことはできるはずがないと。現状の会社の状態をあてはめて考えるとたしかに無理そうである。
が、実際にそういった組織を運営している会社(株式会社ソニックガーデン)」が存在しているので、その実例を追って考えていきたいと思う。
まず、ティール組織で考えている3つの突破口とは下記のようなものである。
まず最初の「セルフマネジメント」であるが、昨日紹介した倉貫義人氏著の「管理ゼロで成果はあがる」から、その方法を見ていきたい。セルフマネジメントの中でもやはりレベルはあり、第1段階のレベルではまだ仕事を割り振ってもらわなければならない段階だが、自分の仕事のタスクをばらし、時間管理をしながら仕事を終えて報告ができるという段階。このときに仕事の状況を周囲に報告し、周囲の助けも得て成果を出すことができるレベル。次の第2段階のレベルでは、自分の与えられたリソース(予算・時間)の中で仕事の優先順位を決めて成果を出すレベル。通常の企業で管理職にあたる人がやっていることであるが、自ら実行し、プロジェクト管理を行い成果を出すというレベル。そして、最終的な第3段階のレベルでは、他人から管理されることは不要になり、自分自身の裁量で仕事を見つけて成果を出すというレベル。このレベルでは組織のビジョンや目的を理解した上で、どういう仕事をやっていくのかということを決める、通常の企業でいうところの経営層に当たるレベルということになる。
上の図の左側に人のピクトグラム同士を線でつないでいるが、この人と人のつながりでチームを構成しつつ事業を行っていく。部署というものは存在せず、プロジェクトごとに動的にチームが動いていくイメージである。プログラム開発の場合、全く一人で行う場合もあるが、チームで行う仕事もある。このときに重要なのはお互いの「信頼」関係である。信頼関係に基づいて、それぞれ個人を尊重しながら、得意不得意分野を補いながらタスクを進行していく。(これをティール組織では「助言プロセス」という。)
今までのシステム開発の場合、管理者がいて、その人は管理だけを行う人でプログラミングにはタッチしていないが、ティール組織の場合は管理だけをやる人はおらず、全員が何らかのタスクをしながら、管理的な仕事もするという状態になる。要は全員がプロフェッショナルな組織になっているということである。(上図でいうと、ある時期の断面をとると、第1段階や第2段階の人がいるが、次第に第3段階の人のみの組織になっていくというイメージ。)
確かにルーティーンワークだけを行っている場合には、全員がプロフェッショナルということはないかもしれないが、そのような仕事は次第に機械やコンピュータが対応するようになり、人はクリエイティブな考える仕事にシフトしていくと考えられている。(実際、京都宇治のHILLTOP社はアルミ試作品の製造業であるが、製造にはマシニングセンターを用い(自動化)、社員の大半はクリエイティブなプログラミングの仕事を行っている。)
で、階層のないフラットな組織にするメリットとしては
「伝言ゲームがなくなる」
(社長→本部長→部長→課長→メンバーみたいな伝達方法がなくなる。)
「スタンプラリーがなくなる」
(稟議の無駄、根回しにかかる時間の無駄がなくなる)
「椅子取りゲームがなくなる」
(上の階層の席が足らなくなり優秀な社員が辞めていくということがなくなる)
というようなことがある。このためにはオープンな情報共有ツールが必要になる。部署の人にしか公開しないとか、本部長どまりの情報などといったものはなく、すべての情報が全員に公開されていることが重要である。経費決裁もいらない理由として、誰が何を買ったか、どこに行ったかなどが全員で共有されていれば、逆に悪いことができなくなるということだそうである。株式会社メルカリもフラットな組織であるが、Slackですべての情報が共有されており、社長以下だれでも同じ情報に接することができ、すべてのプロジェクトにだれでも参加できるようになっているそうだ。発想の転換で、情報をオープンにしてしまえば、お互いが情報管理することになり、管理職の仕事そのものが無くなってしまうのだ。
次に「ホールネス(全体性)」についてであるが、従来型の組織では人は評価される立場にあるので、「期待されている役割」を演じようとして自分の一部しか見せず、本来の自分の能力や個性に蓋をしてしまうということがある。個人のありのまま(全体)を尊重し、受け入れることを重視するのがティール組織である。
目標設定と評価の弊害として、倉貫氏は
①わざと低めの目標を設定してしまう
②評価までの期間が長すぎて目標が変わる
③短期目標になってチャレンジしなくなる
④評価する人を見て仕事をしてしまう
といったことを挙げられている。確かに、通常の日本企業では「ストレッチした目標の設定」などと言って自分にとって実現が容易なレベルのちょっと上くらいの目標を設定するということが横行している。あまりに飛び抜けた目標を設定してしまうと、次の評価のときに達成できず評価が下がるからである。なので、一人ひとりが実力の出し惜しみをするので、全体でトータルするとものすごい生産性が下がることになってしまう。これが平成日本の低成長の原因だと僕は思っている。評価面談や評価そのものも形骸化しており、日本の場合はABC評価だと圧倒的にBが大半でB+が少々、B-も少々という感じに中央に寄ってしまう。そこで倉貫氏のソニックガーデンでは評価そのものをやめて、職種ごとに基本給は同じで、ボーナスは山分けにしたそうである。
こんなことをすると、社員が成長する意思がなくなるのでは?とか、サボるやつが出てこないか?とか、不公平にならないか?という疑問が起きるが、9時から5時までといった定時のある会社の場合は、生産性の高い社員は仕事量が多くなってしまうが、時間の概念をとりはずし、「成果を出してしまえばそれ以上稼ぐ仕事はしなくて良い」としたとのことである。要はものすごく短時間で一定の成果を出す人は空いた時間で自分がやりたい他の仕事をしたら良いという発想なのだ。副業OKということである。考えてみれば、情報がオープンになっており、個々人がプロフェッショナルな組織であるのならば、サボったりしてもバレてしまうのでそんな問題はなくなってしまう。これも発想の転換なのだ。
そして最後の「エボリューショナリーパーパス(進化する目的)」であるが、倉貫氏は「信頼しあえる企業文化を育てる」ことが重要としている。大企業では次のようなセクショナリズムがある。
部署ごとの部分最適化による全体パフォーマンスの低下。
情報や人材のタコツボ化
会社への無関心や帰属意識の低下。
最悪なのは派閥ができたり、縄張り争いによる足の引っ張り合い。
そこでこのようなセクショナリズムを排除するために、「同じチームにいるのだから助け合おう」という企業文化を育てることをやっているそうだ。一つは創業者である倉貫氏の「社長ラジオ」や「社長ブログ」で率直に価値観や企業文化を伝達しているそうである。大企業においてもそのような試みは行われているが、心から発していないものが多く、社員にとっては腹落ちしないことが多い。さらに社員同士で企業文化を醸成していくための「オフサイトミーティング」や「ハッカソン(好きなプログラムを別のメンバーとチームを組んでやってみる遊びの要素のはいったイベント)」「読書会」「合宿」などを積極的に行っているそうだ。
以上、まだまだ冒頭の質問に答えられてないし、僕もまだ半信半疑なところもある。がしかし、戦後の復活からバブル崩壊までが約45年。この間の成長に比べて、その後の30年は全く成長していない。やはり働き方を根本から見直す時期に来ているのではないかと自問自答している。
人は評価されるために働いているわけではない。個人個人が最大限の能力を発揮できるような企業が増えることに今後期待したいと思う。
(参考図書)「管理ゼロで成果はあがる」倉貫義人著 技術評論社(2019)