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生きてるだけでジジ孝行

私のじいちゃんは酒呑みだ。

訂正、大酒呑みだ。

身体の4割はビールでできている。家には瓶ビールが2ケースは必ずストックされているている上に、家で飲むだけじゃ飽き足らず、毎日行きつけのお店に毎日飲みに行ってはビールを浴びて帰る。(という話を行きつけの店のオーナーから聞いた)  それはそれはモンスターのようにせっせとビールを体に流し込み、周りにもどんどん酒を勧める。

そんな御年84歳のモンスターじいちゃんと、20歳になった私が初めてお酒を酌み交わしたときの話をしようと思う。



それは私が20歳になって、初めて迎える盆のことだった。
我が家では盆と正月にいつも同じ旅館をとって、親戚みんなが一室に集まって宴会をするのが毎年の恒例行事。

いつも通り宴がはじまる。

家からわざわざ持参した瓶ビールを持ったおじいちゃんは、いつもは無かった私用のグラスを見てニヤニヤしながら「おまんは?」と嬉しそうに聞いてきた。
おじいちゃんに負けず劣らずのニヤニヤ顔の私が差し出したグラスに黄金色のビールがコポコポ注がれていった。


注ぐ側から注がれる側になった。

たったそれだけだけど、なんだか大人になったと認められた気がした。



小さい頃、私はじいちゃんのビール係だった。
じいちゃんのグラスが空けばビールを注ぎ、瓶が空けば冷蔵庫まで次のビールを取りに行く。

「あーちゃんが注いでくれたから、今までで一番うま〜いビールだなあ!」

なんて毎回言われるのが小っ恥ずかしくも嬉しくて、ビール係の座は誰にも譲らなかった。


それが今ではどうだ。

注いでもらう誇らしさと気まずさが、恥ずかしさを錬成してなんだか気持ちがモジモジムズムズする。
でも、そんなじいちゃんが注いでくれたビールはそれまで飲んだビールの中で一番美味しかった。
じいちゃんの言ってたことがわかった気がして、また大人になった気がする。



宴会は進み、夜もとっぷり更け、騒がしい部屋で不意におじいちゃんが私に「ありがとな」と呟いた。


「じいちゃんなあ、今日を本当に楽しみにしてたんだ」

そこからじいちゃんの長話が始まる。


親戚全員で酒を飲むこの日のために生きてきたこと。

普段はおばあちゃんがいない寂しさを紛らわすために酒を飲んでいること。

紛らわすために飲む酒より、みんなで楽しむために飲む酒の方が100倍美味しいこと。

毎年こうやってみんなが健康に集まれることが幸せだということ。


そして


末っ子で甘ちゃんで小ちゃかった私とお酒を酌み交わすことが不思議でしょうがないということ。

でもそれが嬉しくて嬉しくてたまらないということ。

私が酌み、私と呑むお酒が今までで一番美味しいということ。


『今までで一番』はじいちゃんの常套句で、たいした意味はないと気づくくらいには私は大人になっていた。そして簡単には信じてやらない!と思いつつもやっぱり嬉しかった。


こんな同じような話が8回くらい続き、嬉しさとありがたさが若干(いやだいぶ)薄れた時、じいちゃんはこういった。


「あーちゃんは生きてるだけでジジ孝行だよ」



こんな人がいるんだ、と思った。


私が生きているだけで嬉しいと言ってくれる人がいる

私とお酒を飲むだけでこんなに喜んでくれる人がいる

私と喋るだけでこんなに嬉しそうな顔をしてくれる人がいる

私とお酒を飲むことをこんなに楽しみにしてくれる人がいる


なんて幸せなことなんだろう。と。



眠る前、酔っ払った私とおじいちゃんは何故か一緒に「ふるさと」を歌った。

84のジジイと20のペーペー二人ともが知っている曲なんてこれくらい。文部省唱歌、流石。

声を合わせ、肩を組み、大声で歌った。じいちゃんと仲間になれたみたいで嬉しかった。



あの日は、そんな日だった。




あの日のこと、あの言葉を、じいちゃんは覚えているかわからない。

でも、確かにあの言葉は私の中で生きていて、何度も何度も私を支えてくれた。

悲しいことがあった日も、辛いことがあった日も、自分が嫌いになった日も、生きたくないと願った日も。


私はじいちゃんのあの言葉に生かされている。

私がその言葉を聞けたのは、あの旅館とあのテンションとあの時じいちゃんが飲んでいたビールのおかげなのだ。私もおじいちゃんもお酒に生かされているのだと気づき、少し笑ってしまう。



寂しさを紛らわしてくれるお酒。

楽しい気分を作り上げてくれるお酒。

本音を伝えやすくするお酒。

その結果、思わぬ『幸せ』を引き出してくれるお酒。

そんなお酒を私はこれからも愛し、お酒に生かされるのだろう。
そしていろいろな人と呑み続け、こんな『幸せ』を探し続けるのだろう。



さあ来たる正月。じいちゃんと、あのいつもの旅館で今年はどんな話をしようか。



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