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【研究】学習者同士による相互作用をどうデザインするか

この論文では、唯一解がないような現実社会の問題に取り組むことを学ぶために、どう学習者同士の相互作用(平たい言葉を使えば、グループワーク)をデザインすればよいかが論じられています。

筆頭筆者は、David Merrillでインストラクショナルデザイン研究を長年にわたりリードしてきた第一人者です。彼の研究成果としては、効果的な学びを支援するための視点を5つにまとめたIDの第一原理が有名です。

単調な講義ではなく、学習者同士の相互作用を授業に取り入れる方略は近年では一般的になってきました。一方で、単にクラスで学習者が活発に意見交換をしたから、よかったというのを超えて、どう相互作用をデザインするか、なかなか悩ましいです。今回は、そんな問題意識を持ちつつ、論文を読んでみました。



書誌情報

Merrill, M. D., & Gilbert, C. G. (2008). Effective peer interaction in a problem‐centered instructional strategy. Distance Education, 29(2), 199–207. https://doi.org/10.1080/01587910802154996

要するに

この論文では、問題中心型の指導で学習者同士の相互作用を効果的に取り入れるための方法が論じられています。問題中心型の指導は、教科書を使ってそれぞれの章の話題を順に教えていくトピック中心型の指導と対比されるもので、学習者が直面している問題を中心に据えるものです。たとえば、健康指導の方法を学ぶ授業を例に取ると、トピック中心型の指導では、教科書で順に栄養とはなにか、動機付けとはなにかを学んでいきます。それに対して、問題解決型の指導では、「自分の住んでいる市町村の健康診断の受診率を向上させるためにはどうすればよいか」といった現実社会のテーマが与えられ、その課題に取り組みながら、必要な知識を習得します。学習者が実践的なスキルを習得でき、また、学ぶ意義を認識しながら学習を進められるので、注目を集めている指導アプローチです。

論文の前半部分では、まず問題中心型の指導の特徴として、学習者のメンタルモデルの構築に有効であるという点が指摘されています。メンタルモデルとは、各個人の頭の中にある現実世界に対する認識や解釈です。この認識や解釈に基づいてヒトは現実社会の問題解決を図ります。ただし、メンタルモデルは各個人が過去の経験などに基づいて構成されているため、ときには間違った認識や解釈を行います。問題中心型の指導では、学習者のメンタルモデルがをより妥当なものとなるよう助けることができるという利点が指摘されています。

そのうえで、学習者による相互作用を指導に取り入れることは、メンタルモデルがより妥当なものとなるように支援するうえで有効であるという主張がなされています。

以下では、学習者同士の相互作用のデザインを考えるうえで、参考になったことをメモします。

メモ

学習者同士の相互作用が有効な理由

問題中心型の指導における学習者の相互作用として、たとえば、学習者がほかの学習者の取り組みを評価したり、あるいは、協働してともに成果物を作成したりするといった学習活動が挙げられます。

こうした学習者同士による相互評価活動や協働プロジェクトでは、ほかの人と自分の認識や解釈(つまり、メンタルモデル)の類似性や相違点を検討することが学習者には求められます。その際に、もしお互いに相違する場合は自分の認識や解釈を見直すか、あるいは、その結果、やはり正しいと思う場合は、積極的に自分の認識や解釈を擁護する必要が出てきます。このようなほかの学習者との相互作用の過程で、自分のメンタルモデルを見直したり、振り返ったりすることが、メンタルモデルをより妥当なものに調整していくことにつながり、単独で学ぶのに比べ、情報のより深い処理にもつながるという指摘がされています。

学習者同士の相互作用の効果についてはいろんな議論がなされています。この論文では、その効果をメンタルモデルを調整するプロセスと関連づけられてますが、こうした議論を私はあまりみたことがなかったので印象に残りました。

相互伝達と相互教授の違い

著者のMerrill氏は、彼が提唱するIDの第一原理において教師による単なる情報伝達(すなわち、講義)だけでは、学習を支援することができないと主張しています。また、同様のことは学習者同士による相互作用にも当てはまり、学習者同士の相互伝達(Peer sharing)は有効ではないと指摘しています。

相互伝達のように、ほかの学習者に情報を伝えるというアプローチはよく目にします。たとえば、輪読が挙げられます。輪読では、学習者のそれぞれが論文や書籍の割り振られた章を選んで、情報を要約し、ほかの学習者に提示するといったものが挙げられます。こうした活動は、情報の連想記憶(つまり、暗記)の助けにはなるかもしれませんが、問題解決を学ぶのに有効ではないと指摘されています。

学習者同士の相互作用を学びにとって有効なものとするには、単に情報の要約を指示するのではなく、問いを提示する必要があります。たとえば、物理学教育で有名な相互教授(Peer instruction)という手法では、学習者同士の議論の前に、学習者が個人で取り組む問い(コンセプトテスト)が用いられているそうです。事前に作成した個人の考えを各学習者が持ち寄り、学習者同士で議論をしながら、お互いの考えをほかの学習者に説得することを試みます。このお互いの認識や解釈を吟味するプロセスが、先述したようなメンタルモデルの調整を助けることにもつながるようです。

グループワークを比較する視点は、その形態や学習効果など、いくつかの指標があると思います。問題中心の指導では、メンタルモデルの調整に寄与するかというのも、その有効性を判断する基準になると知りました。メンタルモデルの調整に寄与するかという視点は、授業で取り入れる学習活動を精査・選択する際の一つの基準になりそうだと思いました。

IDの第一原理で学習者同士の相互作用の取り入れる方法

著者のMerrill氏は、効果的な学習支援のための視点を5つにまとめたIDの第一原理を提唱した研究者です。IDの第一原理のそれぞれでどう学習者同士による相互作用を活用できるかをまとめています。

※IDの第一原理について、詳しく知りたいかたは、以下の文献を参照してください。
鈴木克明・根本淳子(2011)「教育設計についての三つの第一原理の誕生をめぐって[解説]」 教育システム情報学会誌、28(2)、168-176

  • 活性化 相互共有(Peer sharing)
    新しく学ぶテーマに関連する経験を学習者間で共有させる。そのことを通じて、自分の現状の認識や解釈(メンタルモデル)はどのようなものかを学習者は自覚できる。

  • 例示 相互議論と相互例示(Peer discussion, Peer demonstration)
    学習者同士で教授者が提示した事例を検討させる。事例を考えるための一連の問いを学習者に提示して議論をさせることで、メンタルモデルを調整する機会にする。また、学習者同士に問題の実例を探させたり、自分が取り組んだことを実演させたりすることで、多様な例を知る機会になる。

  • 応用 相互協働(Peer collaboration)
    学習者同士のグループで協働して唯一解のない問題の解決に取り組ませる。この協働プロジェクトに取り組ませる前に、それに必要な知識やスキルを習得させたり、全体のプロセスにどう取り組むかを例示するすることが必要。

  • 統合 相互批評(Peer critique)
    学習者にお互いの成果物を批評させる。建設的な批判を基本ルールとして、問題解決のプロセスや解決策のアイデアを改善するための提言をほかの学習者に対して行わせる。

基本的には、学習者が指導のはじめの段階で、お互いの経験を共有し(活性化)、第2段階として事例を議論したり、お互いにスキルを実演したりして(例示)、その後に協働で問題解決に取り組み(応用)、最後に相互批評に従事する(統合)という流れをとります。この過程を通じて、メンタルモデルを徐々に調整していくことを狙っています。

メンタルモデルの調整という目的に対して、具体的にどう進めていくかが示されており、参考になると思いました。

最後に

情報伝達型の講義だけでは効果的に学びを支援することができないことから、学習者同士による相互作用(グループワーク)をすることが推奨されています。一方で、相互作用にはいろいろな形態があり、状況に応じてどれを選ぶかが悩ましいです。この論文で論じられていることは、学習者同士の相互作用をどうデザインするかを検討するうえで参考になる知見だと思いました。



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