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絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜押し潰されそうな空の下で〜 #5

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 目の前で嗤う其れ――どうしてもヒトとは思えない――を見た瞬間、アーカロトの肌は粟立った。恐怖からではない。戦闘能力からでもない。何気なく手を置いた先に毒虫がいたと気付いた時の様な、それは反射的なおぞましさによる生理的反応だった。
 アーカロトは抜銃の際の展翅勁を銃身の先まで漲らせ、捻りながら真横へ左右同時発砲。暗闇を引き裂いて黄金に輝く弾丸が射出され――勁力が込められたそれらは在り得ざる速度と軌道を描き、跳弾に依ることなくそのベクトルを変更、ヒュートリアへ向けて殺到する。
 発砲と同時に駆け出す。駆けながら肩越しに背後へ更に発砲、前のめりに倒れこみそうになる反動を化勁し、前進速度へと変える。
 奥歯に予め仕込んでおいた、高濃度・即吸性の栄養カプセルを噛み砕く。アーカロトにとって、暗い目の男が極めた銃機勁道はカロリー消費が激しすぎる問題に対しての一応の対策だった。
 ヒュートリアは水をかけられた猫の様な唐突な動きで跳ねると銃弾を交わす。着弾、轟音、爆発。およそ拳銃では成し得ない破壊だ。ヒュートリアは驚きに目を丸く開く。だがその退行した精神は深く考えるということが出来ない。ほぼ野生動物に準拠した勘で、空中で手を打ち振り指先のサイバネから薄刃片を打ち出し、牽制と同時に姿勢制御。エレベータの淵に着地する。
 秒間数十のオーダーで撒き散らされた薄刃片の群れを、しかしアーカロトは全く脅威と看做さなかった。そもそもが高速射出に向いていない形状であり、その速度は亜音速。目で追える程度の速さである。
 這うような沈墜勁。薄刃片の数枚がアーカロトの患者服を僅かに裂いた。回避の動作はそのまま次の必殺へ向けて滑らかに連結している。脚から腰へ、そして肘から指先へ至る勁力は銃身を赤熱させ、ヴン、という音と同時に撃つ。
 龍の息にも似た弾丸は、先ほど背後へと撃った弾丸――跳弾を繰り返してアーカロトの進路上に計算通りのタイミングで飛び込んできた――へぶつかり、単把の要領でその勁力を合成し、二乗倍の威力と成す。
「キィィイイイャアアアアアアアアアア!!!!!」
 甲高い、叫び声。ヒュートリアの肩の付け根に命中した弾丸は膨大な運動エネルギーを開放、小型の爆弾が炸裂したかのような衝撃は幼い腕をもぎ取っていた。
 アーカロトは全く油断をしなかった。聴勁で周囲に四肢をサイバネ置換された子供がまだ潜んでいると把握していたし、なにより相手はまだ罪業場を使っていない。右銃をヒュートリアにぴたりと向け、脚を開いて腰を落とし、左銃を顔の横に添えていつでも発勁が可能な状態を保つ。
「ゆ゛、ゆ゛る゛ざない゛ですぅぅぅぅぅ!!!!!!」
 激昂。子供の癇癪にしか見えないが、それは歴戦の〈原罪兵〉の怒りであり――アーカロトの周囲がアズールブルーに輝いた。
 その瞬間。
「あっそう。別に許しなんか乞うちゃいないよ。莫迦が」
 連続するマズルフラッシュ。いつの間にかシャフトの壁面を登り、高所を取っていたギドが情け容赦のないサブマシンガンの掃射をヒュートリアに浴びせたのだ。
 だが堆積する子供の死体の山から、原形を保っていない壊れた人形のようなシルエットが立ち上がりヒュートリアを銃撃の嵐から文字通りの肉盾となって守った。どうやら身体が死んでいようと、サイバネ部分が生きていればヒュートリアによる操縦が可能なようだ。
 〈原罪兵〉狩りはあくまで相手の体内に存在する罪業変換器官の収奪を目的とする。アーカロトの銃機勁道による攻撃は直撃させれば、ヒュートリアくらいの大きさの身体ならばそのまま蒸発させかねない。
「ジジイ、避けろよ!」
 声と同時に、ヒュートリアとアーカロトの間に拳大の何かが落ちてきた。アーカロトは反射的に発砲し、地を蹴る。銃の反動と大地力による勁力は驚くほどの跳躍をもたらし、アーカロトはギドの側に着地した。
 先行して地下へと降りていたゼグと子供達が、周囲に隠れ潜んでいた四肢改造済みのヒュートリアの子供達を無力化して合流したのだ。ゼグがエレベータに投げ入れたのは、電磁グレネードだった。周囲十メートル程のサイバネやインプラントを無力化させる兵器だ。
 パン! と鋭い音を立て、青白いアークを散らし周囲に致命的EMPをばら撒く。ヒュートリアを庇っていた肉盾達は全てその場に頽れた。
「がっ、あああ!」
 サイバネが仕込まれているヒュートリアも、もちろんダメージを負う。目、首、指先、膝から火花を散らしがくがくと痙攣する。
「どいつもおこいつもおおおおおおおお!!!!」
 喚き、アズールブルーの罪業場を全開発動。だがアーカロトらは既にその性質をギドから知らされている。物質の消滅――しかし完全に消えるまでは一定時間罪業場で包み続けなければならない。物体を構成する全原子に「自分は観測されていない」と誤認させ、波動関数を発散させる必要があるからだ。
 一体、どのような人生を送ればそのような罪業場が発動するのか――アーカロトは首を振ると益体無い考えを打ち消し、両腕をクロスさせて勁力を練る銃機勁道の套路の始点の構えを取る。
 罪業場が周囲のメタルセルを削り取る。が、狙いはデタラメだ。既に目がやられている。しかし、ギドもアーカロトもゼグも、まだ全力で相手を警戒し続けていた。
 認知症を患い、斯様に激昂しやすく、即効性のない罪業場しか持たないヒュートリアが何故わざわざ〈組合〉から討伐令が下されるのか。
「さあ、いよいよおいでましだ。〈原罪の欠片〉――内臓獄吏が」
 その理由が、今まさに眼下で明らかになろうとしていた。

続く

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