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夕顔は咲く、凍夜〈しや〉の涯にて

 黄昏の星。
 巨大な太陽は地平線上で不動、紅い光で地を照らす。上空を雲が高速で通過する。冬が近い。平均公転半径僅か900万kmのこの星の一年は極短いのだ。紫葉の梢を透かして私はその景色を眺めていたが巨大な荷物を背負い直すと、見送る僅かな人々へと手を挙げて応え、歩き出す。
 凍夜境界線の先へと。

 凍夜は永久に続く嵐と氷の世界だ。人は到底生存不可能。故に私の様な物が用いられる。人を模しながら、人より強い。
 凍夜境界線より2200km。百年かけてここまで来たが、私の目的物は未だ見つからない。
 私はエクスプローラ17。16度の期待と失望の末、私は送り出された。
 主星の異変を察知した時点で、全ては遅きに失していた。一万年以内にスーパーフレアが発生する確率は90%。黄昏帯はその時残らず灼き尽くされるだろう。だが建国神話に、滅びを回避する方法が示唆されていた。
 故に私はここに居る。

 落雷。
 ノイズで視界不良。絶叫。否。これは長辺50m強の氷河が砕かれ降り注ぐ音だと私の優秀な耳は判断した。回避は間に合わないとも。
 私を送り出した人達の、諦めた様な笑顔が不随意にメモリに展開され──暫くしてもその映像が消えないので眼を開けた。
 巨人が居た。
 大木の如き手足。長い髪と髭は雪と霜に覆われている。防寒着を着込んでいるが、外気温僅か120Kの凍夜で役立つのかは不明だ。要するに私は理不尽を見た。
 巨人が頭上で保持していた氷塊を投げ捨てる。轟音と振動が、これが現実だと私に告げた。
 だがこの理不尽こそ、遥か昔人がこの星に降り立った時の物語に記された存在であった。
 昂る心臓もないのに、私は人の様に微かに震え、巨人に共感覚言語で問いかけた。
「夜に咲く花は、何処にあるのか」と。
 巨人は突然頭の中に流れ込んで来た「意味」に少し驚いていた様だが、やがて答えた。
「黄昏の子らよ、貴様らは滅ぶべくして滅ぶのだ」
 その顔にはありありと敵意が浮かんでいた。

【続く】

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居石信吾
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