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アインシュタイン・ベア

 メリーランド州シルバースプリング……メトロでワシントンD.C.まで簡単に行けるから、駅前はそれなりに立派だけどちょっと歩けば閑静な住宅街に出る……普通の町だ。
 だが今は地獄と化していた。
 僕とケイティ、ジョンの三人はシルバースプリングインターナショナルミドルスクールの理科室に息を潜めて隠れている。
「神様……どうか私達をお助けください」
 ケイティが泣きながらお祈りしている。その祈りは無駄だろう。神があんな存在を許しておられるなら。
 銃声。僕たちは身を固くした。その後聞こえてきたのはFワードを連呼する男の声で、すぐに助命の叫びに変わり、静かになった。
 ガッフガッフと、荒い息の音がここまで届く。
「これで三人目か……」
 ジョンがスマホを窓から突き出し覗いたが、すぐに口許を抑えながら引っ込めた。
「なあアル、昼にサラミピッツァ食べたよな」
「こんな状況でもう腹が減ったのか?」
「いや、あの男見て思い出しちゃって」
「……胸にしまっとけよ!」
 赤いトマトソースにピンクと白のサラミ。僕まで胸が悪くなってきた。
「実際こんな状況でも腹は減るぜ。ずっとここに居るのは無理だ」
 僕は思案する。
「……アン・ストリートのマーケットに行こう。食糧があるし、警察署も近いし安全かも」
「そりゃいいな。あれのそばを通るのを無視すりゃ完璧だ」
「なんとか、なるかも」
 そばかすが散る目元を拭いながら、ケイティが言った。
「お姉ちゃんの車が駐車場にあるはず……」
「あのトヨタ・タンドラか。ブラウン先生あんなのに乗ってるからモテないんだよ」
「そうかも……」
 ジョンの軽口にケイティが笑った。
 その直後、ガラスが割れる音がした。

 この町は昔、ある事件で有名になった。Wikipediaにも載っている。
 次に有名なのは、アインシュタインの脳が公開されている点だろう。
 その保管場所、国立保健医学博物館からフォレストグレン警察署に電話がかかってきたのは、朝九時の事だった。

【続く】


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