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ポスト・ポストカリプスの配達員〈13〉

 ガブリエルとトライの完全に同期した前後同時攻撃――ローラは斜めに振り下ろす手刀、ナツキは崩拳――がおよそ120Gもの加速度で放たれる! 両者共に先端の速度は音を遥かに超え、空気は断熱圧縮で眩く煌めき、その瞬間のみを切り取るならば絵画的とも言える絢爛たる有様!
 迎え撃つミネルヴァは、ガブリエルの攻撃を弓手に持つ流体金属状の剣の鞘を用いて背後で受け、正面のナツキには馬手にドアノブを回すように握ったホワイトホールブレードを捻じりながら突き出した。刀身である事象の地平面から吹き出す反粒子! 重力制御で大半を逸らすが、僅かな〝飛沫〟がトライの装甲を確実に削り取っていく。
 重力制御された戦場は、普通はもっと〝静か〟なものだ。通常兵器しか持ち合わせていない相手ならば、アルティメット・カブは音も熱もなく圧し潰し、押し止め、崩壊せしめる。だがアルティメット・カブ同士の戦いならば、お互いの機体の制御AIが演算戦を行い、どちらの重力制御が優越されるかを水面下で激しく競い合う。打ち消し合った重力制御の結果として顕れるのは、空間の末摩を断つが如き軋みと、正しき法則を己が手に取り戻した大地の引力による咆哮! 狂奔! 絶叫!
 今戦っている場所――帝都は霞が関に存在する郵政省庁舎の、カンポ騎士団本部の地下施設が震え、天井と床に多数の裂け目が発生する。この地下施設は耐核爆撃にも耐えられる造りだが、戦闘の余波は徐々に無視できないダメージを与えつつあった。
 空気が固体とも思える速度の中、それを割りながらトライは軽く跳ねてからの三日月蹴りを浴びせにかかる。同時にガブリエルは地面を這うほどすれすれまでしゃがみこんで水面蹴りを放ち、攻め立てる。
 中段と下段、躱すならば上へと飛ぶしか無い。だがミネルヴァはそちらへは逃げなかった。足を、捨てた。
 更にはナツキの蹴りすら避けず、最も装甲の厚いコックピット部の横で受け止める。足先に纏わせていたダークエネルギーの陽炎が装甲を吹き飛ばし、コックピットのキャノピーにヒビが入る。
 ナツキは、ほぼ至近距離でヒソカと目が合った。今の衝撃で頭部から出血しているヒソカはしかし何の動揺も示さず、狂信的とまで言えるほどの冷静さでこちらを見つめ返している……。
 膝関節から下を蹴り裂かれたミネルヴァは、しかし倒れ臥すことはなかった。ホワイトホールブレードを床に突き刺し――出力を全開にする。
『……っ!?』
 ナツキはもちろん、ローラも咄嗟のことに反応が一瞬遅れ――
 CRAAAAAASH!!!!!
 戦闘で脆くなっていた床が広範囲に渡り崩落し、三機のアルティメット・カブは地下の闇へと落ちていった。

『ナツキ、気づきましたか。意識の途絶は48.9秒です』
 トライの声。周囲は暗黒。サーチライトで照らしても直ぐ側の闇に飲み込まれ、落下の衝撃で故障したのか暗視モードも上手く働かない。ただ、レーダーでの計測によるとこの空間が非常識なまでに広いことが分かった。その広さ、直径凡そ……
「3470Km……!? 本部の地下にこんな空間があるなんて聞いたこともないんだけど」
『私がアクセス可能などのデータライブラリにも載っていません』
 周囲はほぼ真空。重力制御もされているようで、僅か0.165Gしかない。
「ミネルヴァとガブリエルは……?」
『8Km先に重力制御反応があります』
 スラスターを吹かし、移動する。大量の埃のような物が舞うのが探索灯に照らされて見えた。
『重力異常と磁気異常を検知』
 トライの警告。僅か数秒で到達したナツキは、そこに異様な光景を見た。
 絡み合うように倒れこんだガブリエルとミネルヴァ。その二機がまるで芥子粒に見えるかのような巨大な、あれは――。
「なに、あれ……」
『私には銀色のポストのように見えます。サイズ測定結果出ました。厚み方向に1Km、幅は4Km、高さは9Kmです』
 そう、それは巨大な、途方も無く巨大な、銀色の郵便ポストだった!
 投函口があり、表面には「〒」マークがある、見た目は極普通のポスト。全体が仄かに発光している。不気味なのはその巨大さと、取り出し口に何重にも取り付けられた多数の南京錠だ。絶対に中身を取り出させない――いや、あれはまるで絶対に中身を〝外に出さない〟ためにつけられているかのような……。
『副団長、無事ですか!』
 ミネルヴァに対して警戒を向けたまま、ガブリエルに呼びかける。返事がない。まさか、二人とも落下で……?
『ナツキ。団長と副団長を発見しました』
 コックピットにトライの視界がオーバーラップする。そこには、簡易全環境服を着たローラとヒソカが、機体の外に出て並んで巨大ポストを見上げている姿が映っていた。
 ……どうしてこちらに返事をしない?
『副団長、いったいなにがあったんですか。これは、なんなんですか』
 ローラと、ヒソカがゆっくりと振り返る。
 ナツキは悲鳴を押し殺した。
 二人の顔に浮かぶ、全く同じ表情。
 諦観の、笑顔。
『ナツキ。もういいの。全部、分かったの』
 ローラからの通信。
『な、何が分かったんですか。なんで、そんな顔を――』
『かつて一つだった月。それがある時期を境に急に二つに増えた。世界中の誰も、そのことに違和感を覚えなかった』
 ヒソカが会話に割り込んできた。
『うるさいな! 今は副団長と話してるんだ! 黙っててもらえる!?』
 だがナツキの言葉を無視して、ヒソカは続ける。ひょっとしたら、ナツキに向けて喋ってすらいないのかもしれない。
『何故人類は有史以前から郵便事業を行ってきたのか。世界中の古代宗教のシンボルに「〒」マークが使われていたのは何故なのか。どうしてK-Pg境界の地層から大量のハガキが見つかるのか……その答えが、これだ』
 ヒソカは、巨大な鍵のかかった白銀のポストを指差す。
 ポストが、激しく揺れた。
『……!?』
 バン! バン!とポストの内側から何者かが激しく叩いている。南京錠がガチャガチャと揺れた。
『〝奴ら〟が出てくる門にして、奴らを封じ込める鍵。モノリス・ポストだよ』

【続く】

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