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ポスト・ポストカリプスの配達員〈14〉
『奴ら? モノリス・ポスト? 何を言ってるの?』
ナツキの声は上擦る。なんだろう――あれは、あれの中身が、恐い。人が闇を恐れるように、死を恐れるように、宛先不明の手紙を恐れるように――根源的かつ窮極的な、それは恐怖の具体だった。
『驚くのも無理はない。だが歴史の真実を直視するべきだ。このポストに遺された〝彼ら〟――〝突破した者達〈ポスト・ヒューマン〉〟の声に耳を傾ければ、すぐに分かる』
ヒソカは、世界樹かと見紛う太さのモノリス・ポストのに手を触れる。ドクン。巨大な鼓動が一つ響き、取り出し口を揺らしていた内側の〝何か〟が静かになった。
『月が二つになったのも、ポスト・ヒューマン達の遺した徴〈サイン〉だ。〝奴ら〟の復活が近いことを知らせている。
〝奴ら〟は、月から来る』
『つ、月が二つになったなんてそんなバカな事が……』
『事実だ。今我々が立っているこの空間こそ、その二つ目の月――位相をずらして〒空間上に再現された地球の衛星なのだからな。〝奴ら〟を月ごと滅ぼした後のアフターケアといったところか』
『ここが、月……!?』
ナツキは辺りを見渡す。暗闇はあまりにも深く、視界はほぼゼロだった。
『事実かと思われます。観測で得られた諸データは月面上のそれとほぼ一致しています。重力異常のパターンからして、ここは南極エイトケン盆地の永久影のどこかだと推測します』
トライが淡々と告げる。
『月の南極に埋もれていた巨大な金属塊の存在は、既に昔から知れらていた。その正体が巨大なポストであると判明したのはつい最近の事だがな』
ナツキに聞かせているのか、それとも隣で薄っすらと笑むローラに語りかけているのか、或いは単なる独り言か。ヒソカは感情の起伏を見せずに喋り続ける。
『〒空間に到達し、ポスト・ヒューマンの様々な遺産を手に入れた人類は、この第二の月も発見し、驚愕と歓喜の中調査を開始した。そして――禁忌に触れた』
モノリス・ポストはただ荘厳に、聳え立つ。
『奴らを月に閉じ込めておくための仕掛け。誰も回収せず、どこにも配達されない荷物として放置しておくための処方。そうした目的のために創造された反ポスト。それを、人は訳の分からぬままに掘り出し、覚えたての猿の様に弄くり回し――猿よりましな知能を持っていたのが災いし、その機能の一部を解除してしまった』
バン! バンバンバンバンバン! 再び内側からの激しい打擲音。気のせいだろうか――先程より叩く音数が増えている。あの中に、複数、居る。
『我らはポスト・ヒューマンの力を手に入れた者達の務めとして、奴らと戦わねばならない。ポスト・ヒューマンたちですら封印するだけで倒すことが出来なかった相手だ。戦力のコマは多いほうがいい』
『矛盾しているぞ! じゃあなんで騎士団のみんなを――殺したんだ!』
『俺にあっさり殺されるようでは、奴らの相手は務まらない。演算機関と重力制御機関を俺が有効活用したほうが勝率が上がる。だがナツキとローラ、お前たちは中々強い。俺とともに奴らと戦え』
なんて、身勝手な――! 弱いから殺した? 俺とともに戦え!?
『誰が、お前の言うことなんて聞くものか!』
『ローラは賛同してくれた』
空っぽの笑顔のローラは、ただ頷いた。
『――嘘だ! 大体、さっきから奴ら奴らって――一体何と戦うっていうんだよ!』
『決まっている』
完全に諦めて、心折れた者の声で、しかし表情だけは静かなまま、ヒソカは答えた。
『〝不罪通知〈アブセンシアン〉〟。ポスト・ヒューマン達はそのように呼んでいた』
響きだけで鳥肌が立つような、呪いを引き寄せるような――それこそが絶対なる『敵』の呼び名であった。
『ナツキ。お前もモノリス・ポストに触れろ。そしてポスト・ヒューマン達の遺志を聞け』
副団長――ローラは相変わらず。ナツキは無力感に呑まれかける。このまま〝あちら側〟に行ってしまったほうが、楽なのでは? 二人を相手にして自分が勝てるわけがない。諦めてしまっても責める者はこの場には――
『ナツキ。団長の――いえ、元団長の言葉に耳を傾けてはいけません。私がアクセス可能などの深度のデータベースにも〝不罪通知〈アブセンシアン〉〟なる項目は存在しません』
トライは機体のFCSをハックすると、ヒソカにぴたりと標準を合わせた。
『引き金を引いて、それでおしまいです。何故だか知りませんがアルティメット・カブから降りている今しかチャンスはありません。死んでいった仲間の仇を、ナツキ』
叱咤するようなトライの声に、ナツキは我に返る。そうだ、奴は敵。取り敢えず排除してから副団長のことは考えればいい。
ナツキは、引き金を――
『ガブリエル』
ローラが名前を呼んだ瞬間、それまで完全に機能停止していた配送機ガブリエルは急激に作動状態へと移行、オレンジ色のパワーラインの残光の尾を引きながらトライに全力で体当たりを仕掛けてきた。
『なっ――!?』
完全に組み付かれた。重力制御で振りほどこうにも距離が近すぎてうまくガブリエルだけを排除できない。ガブリエルはそのままスラスターを全力噴射。相対論的ジェットの眩い光が偽の月の永久影を照らし出す。
頭上には、ナツキ達が落ちてきたと思しき穴――テレポートする際の〒空間ゲートが存在していた。そこへ向けてガブリエルはトライを抱えたまま上昇していく。
『離せ、このっ』
『ナツキ。このままここから離れて。手遅れになる前に』
『――副団長!?』
目の前のガブリエルからローラの――正気そのものの声が聴こえてきた。トライが視界をズームする。今や遥か下方。超巨大郵便ポストの根本で揉み合うローラとヒソカ。ミネルヴァに搭乗しようとするのを邪魔しているのか。
『演技だったんですか? じゃあそう言ってくださいよ心臓に悪いんだから……』
ナツキは安堵のあまり涙が溢れそうになるのを慌てて抑えた。だが、その喜びを打ち消すようなことをローラは言った。
『いいえ、残念ながらあれは演技ではないわ。もう時間がないからよく聞いて、ナツキ。私は、ミーム汚染された』
――ミーム汚染?
『あのモノリス・ポストに触れることで感染する。ミームに侵襲される瞬間に気付いてガブリエルのインカンに自我を退避させたけど、遅かった。私の肉体はもうミームに乗っ取られている。そして、ガブリエルと一緒にいる私も徐々に汚染が始まっている。今は汚染された部分を次々と物理的にパージして凌いでるけど、計算資源がどんどん減っていってるから〝私〟を維持できなくなるのも、もうすぐ』
『あの、副団長、何を言って』
『口を挟まないで。仕掛けられたミームは単純、〝不罪通知〈アブセンシアン〉〟と何を犠牲にしてでも戦おうとするようになる。未来予知が可能なポスト・ヒューマンが、自分たちの後に現れる愚かな後追い人に仕掛けた罠』
二機は空間の穴を突破、郵政庁舎の地下施設に戻ってくる。だがそれでもまだガブリエルは噴射を停止せず、天井をぶち破ってゆく。
『団長は完全にミームに呑まれている。もう肉体の死すら意味がなく、意志そのものが実体化して動いているような状態。だから貴女がさっき撃っても無駄だったの』
地上の庁舎に到達。建物を破壊しながら外に飛び出す。
だが――なにか様子がおかしい。
『ヒソカは今、完全にポスト・ヒューマンの遺志そのものになっている。だから、遺産を動かすのも訳がないってわけ。貴女に撃たれそうになった時、死ぬ可能性は限りなく低いけど万が一でも自分が遺志を遂行出来なくなった場合の予備プラン――切り札を発動させた』
破壊された庁舎――その表面が、赤い。
ポストが……生えている!!
トライの全周囲視覚が今世界に起こりつつある事を伝えてくる。
『ポストのテレポート網を封鎖して不罪通知の通り道を消す。そしてポストの無限増殖の結果による地球恒星化で、月諸共不罪通知を灼き滅ぼす』
赤い。
赤い。
赤い。
帝都が、日本が、世界が。ポストに埋め尽くされていく。まるでスパムメールだ。数億? 数兆? 数京? 単位など最早無意味と思えるほどのポストポストポストポストポスト!! 建物の表面に、海の底に、森の合間に、ポストが増殖していく。
その終末黙示録的光景はまさに、ポストカリプス――!
『なんとか、肉体の方の私が地球恒星化なんて馬鹿げた行為は止めてみせるわ。でも多分ヒソカを倒すことは出来ないから、それはナツキに託す』
『そんな――私に託すって!』
『貴女もミームの欠片を受信した可能性がある。だから貴女を冷凍処置して、徹底的に除染する。青ポストの中がいいわね。あそこはこういう緊急事態の場合でもスタンドアロンで接続可能だから』
ガブリエルが、トライを手放した。トライはすぐさま自力で重力制御し空を飛ぶが、ガブリエルは墜ちてゆく。
『トライ! ガブリエルを拾って!』
『出来ません。現在私は一時的な副団長権限下にあり、貴女を青ポストまで連れて行くことが第一優先事項となっています』
『そんな……!』
『いいの。もうこうやってことばを喋るだけでせいいっぱいだから』
重力制御もままならず、ガブリエルは翼をもがれた天使の様に墜落し、すぐにポストの津波に呑まれて見えなくなった。
通信だけが、辛うじて届く。
『なつき。かなしまないで。いつものあなたのままでいて。げんきにわらっていて。そんなあなたが、いちばんすてきで、つよいから』
『ローラ! ローラ! 返事をして! トライ、今すぐ引き返せ!』
『あなたが、めをさますじょうけんをせっていしておくわ。よくきいてね。
それは――』
「それは――なんだよ」
急に黙ってしまったナツキに思わず訊き返す。これまで一切口を挟めずただ圧倒されて聞き入ってしまっていた。
だがナツキから返事はなく、横を見ればこっくりこっくりと船を漕いでいた。こいつ――。
「トライ、続きを話せるか?」
『ナツキの許可無しではできかねます』
「そうか……」
俺は郵星を見上げる。どう見ても、それは一つにしか見えない。二つの月? モノリス・ポスト? 不罪通知? どれも信じ難い。
だが俺が秘密を差し出す代わりに、ナツキが喋ってくれたこの話がホラだとは、俺にはどうしても思えなかった。
「……また、秘密と引き換えに今度訊いてみるか」
俺は呟くと、ナツキと肩をくっつけたまま眠りに落ちた。
『あなたが、めをさますじょうけんをせっていしておくわ。よくきいてね。
それは、まだいきのこっているほかのきしだんのだれかがあなたをみつけたときよ。
なかまといっしょに、ひそかをたおして』
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