![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/14169239/rectangle_large_type_2_96d9f3f849424128901ddab854f3fc0e.jpeg?width=1200)
ポスト・ポストカリプスの配達員〈6〉
青いアルティメット・カブは一切の音も熱も電磁波も生じず、そのまま垂直に降下し、ハイエースだったものを踏みにじった。
「わ、吾輩のハイエースが……部下は? 吾輩の部下たちは何処に……?」
真横で声がしたのでそちらを見ると、乱れたモヒカンヘアーの撤去人の男が腰を抜かしてへたり込んでいた。
『申し訳ございません。当機体の処理能力では視界内に収めていた貴方を回収するのが限界でした。あの車両に搭乗していた他三名の生命反応の兆候は現在確認できません』
トライが言った。
「あ……? 喋っ……? 生命反応……?」
撤去人の混乱ぶりを見、冷静で穏やかなトライの声を聞き、俺の感情制御モジュールもようやく仕事をし始め、声帯を震わせることが可能となった。
「あれは――ナツキたちの仲間か?」
俺は青いアルティメット・カブを指差して尋ねた。
「いえ、あれは――」
ゴグン……。ナツキが口を開いたタイミングで、超重量のパーツが擦れる鈍い音が鳴る。同時に青いアルティメット・カブの周りの風景が蜃気楼のように揺らめきだした。そして、
アルティメット・カブが、爆発した。
俺の目にはそうとしか見えなかったが、実際は違った。基礎フレームを残してあらゆるパーツが空中に配置されたのだ。パーツ同士は緑のパワーラインで結ばれている。それはまるで人の神経樹を拡大投影したような緻密さ。
基礎フレームが自立し、湾曲した背骨部分を形成する。そこに空中のパーツ群が、殺到した。
ガッ! ガガガガガガガガッ!!!!!
連続する衝突音! 景色は歪み、砕け、重力レンズ効果によって空間自体がプリズムとなり赤方偏移と青方偏移で狂った虹色の光を撒き散らす! 全周囲に放出される圧倒的重力波がサハラの空に同心円上の傷を付け、周囲のポストはまるで嵐の中の木の葉のように吹き散らされる!
パーツ群が発する冷たい緑のパワーライン光が残像を残し、宙に巨大な『〒』マークを浮かび上がらせた!
「あれは――アルティメット・カブ『ミネルヴァ』……私たちの、敵」
変形が完了し、圧縮蒸気が吹き払われ、青いアルティメット・カブ――ミネルヴァがその全容を顕す。
全高は約十メートルと、トリスメギストスより一回り小柄だ。マッシヴな機影のトリスメギストスと違い、官能的曲線が多用されたそのデザインはまさに女神的優美さを兼ね備え、青い装甲と白い基礎フレームがそれを際立たせる。だがそれは決してひ弱さをイメージさせるものではなく、むしろより巨大な力を無理やり縮退させたかのようなはち切れんばかりの迫力を纏っていた。背部のカウルが展開し、翼のようなシルエットを形作る。
最後にブゥン、という音とともに顔のモノアイカメラが青く耀〈かがや〉き、はっきりとこちらを――視た。
「て、敵? なんで同じ種類の機体同士で争ってんだ……!?」
『ナツキ、搭乗を』
トライのコックピットが開放され、ナツキは俺に返事をせずにそのまま跳躍し収まる。
『重力制御開始。ダークマター圧縮効率102%。ダークエネルギー取得率70%』
トライが淡々とシステムログを述べる。俺達の周囲の景色も再び歪み始め、俺は慌てて退避する。砂に半ば埋もれていた宅配ボックスの殻を発見し、お守り代わりに頭から被った。
「ま、待たんか! 吾輩も入れろ!」
筋肉ゴリラのような撤去人がぎゅうぎゅうと身体を無理やり押し込んできたので俺は蹴って追い出す。
「ふざけんな撤去人と同じスペースに入ってられるか。臭いし棘が痛え。お前は外にいろ」
「緊急事態である! APOLLONの法ではこういう時に他人を見捨てるなと謳われておる! いや待てよ貴様その銃……さては配達員か! ならば貴様に人権など存在しないので吾輩が全面的にその殻を利用する!」
俺達がみっともなくギャーギャーと言い争っていると、周囲の景色が急にクリアーになった。
『緊急時なので郵便波での通信失礼致します。お二人の周りにアダムスキー式反重力防御場を展開いたしました。ひとまずはご安心ください』
トライの声が唐突に脳裏に響いた。何一つ理解できないので何一つご安心できないぞこの野郎。横を見ると撤去人にもこの通信が届いていたようで目を白黒させて「ぬぅおおおお!?」と叫んでいる。こいつはもう無視しよう。
俺は二機のアルティメット・カブが相対する方へ注意力を向けた。
『――久しいな、配達員ナツキと配送機トリスメギストス。やはりあの混乱で死んでいなかったか』
ミネルヴァが、冷徹な男の声を発した。ナノアイカメラがズームする。コックピットに収まっている男の姿を捉える。青年――そう呼んで構わない程度の若々しい顔つき。だがそこには恐ろしいほどの歳月による見えない皺も刻みつけられているような、ちぐはぐな印象だった。両目は青く、ナツキと同じく『〒』マークが明々と光っている。
『私にとってはついさっき会ったばかりのような印象だよ、ロード・カンポⅡ世――いや騎士団はもうなくなったから名前で呼ぼうか、マエシマ・ヒソカ上級郵聖騎士』
『いいや、騎士団はまだある。お前が居る、ナツキ。俺と二人でカンポ騎士団を再結成し、目的を果たす』
『誰があんたの狂った目的なんかに協力するのよ。1200四半期起きてた間についにモーロクしちゃった?』
『では、やはり1200四半期前と同じく、どうあっても俺の邪魔をする、と』
ミネルヴァの周りの重力場が強まり、空が暗くなる。
対するトライの周りではダークエネルギーの陽炎が生まれては対消滅をし激しい閃光を瞬かせている。
明と暗、陰と陽、対照的な、だがどちらも俺の想像を遥かに越えた戦闘能力を今にも発火させんばかりに双方が急速に高めていく――!
『寝て起きたらあんたが死んでてくれてるのが理想だったけど、やっぱりそうはいかないみたいだね』
『ならば最早言葉は無用。IFFPC〈敵味方識別郵便番号〉の永久遮断を宣言する。貴様達を取り込み、大願を成就させる』
『IFFPCの永久遮断を宣言する。ずっと起きてたあんたに言うのもなんだけど、この世界は悪く無いの。いやむしろ好きになりかけてるの。だから貴方を絶対止める』
ミネルヴァが手を翳すと、そこに地面から引きぬかれた青ポストが浮かび上がった。そして六指ある繊細さすら感じさせる腕をそこに突き込むと、何かを掴み出した。
――液体。
そう錯覚させるほどに滑らかな、一振りの刃。それは刃渡り4メートルの巨大なペーパーナイフ、いやペイパーブレイドだった!
ミネルヴァは青ポストを振り捨てると、ペーパーブレイドを正眼に構える。ペーパーブレイドの表面を、何らかの危険なエネルギーの光が走り抜ける。
一方トライは腰を深く落とし、まるで太古から根を下ろしている大樹の如きどっしりとした構えを取る。左腕は太腿に添わせ、右拳を顔の横まで引き絞り、そこに陽炎を集める。
重力波嵐が収まり、お互いの重力エンジンのアイドリング音だけが響く。
一瞬の均衡。
それを破り、二機が同時に、動いた!
いいなと思ったら応援しよう!
![居石信吾](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/6745667/profile_0c5594eacde297a0de9a801653fa9804.jpg?width=600&crop=1:1,smart)