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絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜この熱き血潮に懸けて〜 #2

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 罪業変換機関を再発見した人類は、まるで休眠状態の種子が水を得たかのように文明を花開かせた。
 殺人者共にこの手足を削いで皮を剥いだ胎児の如き肉塊を繋ぐと、それだけで都市の要求する全エネルギーを賄えた。空気は浄化され、水は溢れ、食糧は飽くほど生産された。
 そして、破綻を迎える。
 衣食足りて礼節を知った人類は、法を敷き高度な社会秩序の構築を達成させた。当然の帰結として犯罪率は低下の一途を辿り──罪業変換機関は次々と停止していった。
 皮肉な事に社会体制が崩壊し始め、劫略と殺戮の嵐が吹き荒れると、即座に罪業変換機関たちは嬉々として罪を貪り、人類は流血の果てにやがて新たな秩序を再建した。
 それが今から100年ほど前の事。「人権」を一部の貴族のみが有する特権とし、臣民たちへの管理統制された殺戮行為をもって社会を維持する「血の封建制度」と呼ばれる最悪の支配体制の確立が行われた。
 そのやり口が最悪だったのは、倫理面ではなく効率面から見た話である。罪とは、人類が己を律する為に生み出した形而上学的な概念だ。現実問題として必要とされ、法的根拠を以て推し進められた虐殺は罪足り得なかった。いや罪ではあったのかもしれない。だが、業が足りなかったのだ。なんにせよ、罪業変換機関達を満足させられなかった。
 中央の罪業貴族たちによる統制のタガが外れ、地方豪族達が台頭した。仕事として振るっていた殺戮の力を、今度は己の覇を称えるためにかつての同胞へと向け、セフィラは際限なき戦禍に飲み込まれていく。
 戦の時代。争いの時代。それは新たな時代を迎えるための痛みを伴う過渡期〈イニシエーション〉であり──運命の乱気流は、義眼の男を時代の趨勢を決める一人の少年のもとへと導いた。

 自らを殺せ、と希(こいねが)う美しい少年を前に、義眼の男はようやく自分を取り戻す。
「何者だ、お前は」
 銃口をひたりと向けられた少年は、透明な笑顔を浮かべる。笑顔のためだけの笑顔。この世で最も純粋な感情の発露──しかし少年の口からはやはりその言葉が繰り返された。
「僕には遺伝的セーフティが掛けられている。自分で自分を『壊す』ことは出来ないんだ。だからお願いだ。早く、僕を殺してくれ」
 聴勁により、部屋の中に居るのはこの少年だけだということは把握している。それでも義眼の男はこれが何かしらの罠だと疑っていた。
「何者だと、訊いている」
 男は床を踏み締める。ズドン、という音と共にメタルセルが砕け、周囲の柱が傾いだ。二挺の巨銃から素人が見ても分かる程の黄金の氣が立ち昇る。
「──答えたら、殺してくれるのかな?」
 少年は小さく嘆息すると、ベッドから立ち上がった。そんな些細な動作すら洗練されており、彼の育ちの良さが窺えた。
「僕の名前は──」
 轟音。
 透明な何かが、簡易耐爆シェルターを紙屑のように引き裂き部屋中の全てを薙ぎ倒した
 義眼の男は破壊に先んじて氣を放出。硬勁により身体を鋼と化し、崩落してくる瓦礫を全て防ぐ。咄嗟のこと過ぎて、少年を慮る余裕はなかった。だが──
「……蛇?」
 少年の周囲を、巨大な金属の触手が幾重にも塒を巻いていた。それは周囲の壁から、天井から直接生えて少年を庇護している。
「──トウマ・ニックメンデル・ヴァルデス。大罪の後継者。見ての通り、〝無敵〟だ」
 義眼の男はその名を聞いて瞠目する。〈栄光〉セフィラに腰を据えるまでに、幾つかのセフィラを旅してきた。その度に聞いた噂話がある。〈無限蛇〉を手懐ける、ミドルネームと呼ばれる特殊な姓名を持つ一族の噂を。
 ──〈無限蛇〉。大型の自動生産工場と、浮遊する立方体状の自動構築マシン群によって構成される、生産・建造・環境改変システムの総称である。どうやって動いているのかは誰も知らない、失楽園前の奇蹟の産物だ。罪業変換機関が産出するエネルギーは専らこれの稼働維持に充てられる。
 幾たびの滅びによりセフィラが傷付こうとも、〈無限蛇〉は存在を続けていた。システムがアイドル状態に入ると、自動生産工場は自動建築マシンを作り出す。そして自動建築マシン達は周囲に無尽蔵に存在するメタルセルユニットを用いて自動生産工場を構築する。
 放っておけばセフィラその物を食い尽くさん勢いの貪食の機械。だがそのシステムの最奥に、セーフティが掛けられていた。とある塩基コードを持った人間の承認が無ければ、システムは72時間で自動的にシャットダウンする。
 その人間たちこそがミドルネーム持ちの一族。〈無限蛇〉が立ち入りを禁じている〈王冠〉セフィラにその居を構えるとされる、殻世界の絶対支配者。
 義眼の男はその噂を信じていなかった。食うに事欠くこの時代、〈無限蛇〉ほどの超絶的システムをたった一つの血族で管理・維持するなど絵空事だと思っていた。今、この時までは。
 少年から溢れ出す、白銀の罪業場は〈無限蛇〉の端末を覆い、〈蛇〉は主人を守っていた。
「──もう来たのか。〈三帝協商〉がこれほど早くやられるとはね……ああ、貴方がやったのか、彼らは」
 現在〈栄光〉セフィラを二分する勢力である〈血錆組合〉と〈三帝協商〉の平原における一大会戦……になる予定だった。本来ならば。一月ほど前にふらりと〈血錆組合〉に現れた義眼の男が単独で敵を潰走せしめなければ。
 どうやら、第三の勢力がこの少年を……〈蛇の巫子〉を狙っているらしかった。
「前言撤回」
 少年は踊るようなステップでくるりと男に向き直ると、先刻とは打って変わった悲愴な顔つきで義眼の男に言った。
「僕を、守ってください」
 再びの轟音。シェルターは完全に丸裸にされ、外から異様な存在がこちらを覗き込んだ。
 それは、かつて人類が宇宙に行く時に装着した服に似ていた。ただしその体積はかつてのものと比べて10倍以上はあるだろう。全身から冷気を立ち昇らせている。人体の神経節を投影したかのような複雑なエネルギーラインが、薄緑色に明滅していた。手には何かしらの機械……否、あれは銃、なのだろうか? 弾倉と銃身を欠いた物をもしそう呼んでよいのならば、だが。
 男の聴勁と義眼は瞬時にその有様を俯瞰し、解析し、そしてその本質を見抜いた。
「──牢獄?」
 ソレは手にした銃把を握り直すと、トリガーを弾いた。
 罪業ライン全段直結。ランディングギア、アイゼン、ロック。チャンバー内正常加圧中。銃身形成。ライフリング回転開始。
 義眼の男は、咄嗟に少年へ向かって飛んだ。
 撃発。罪業加速非実体弾が大気を燃やしながらベッドを、トイレを吹き飛ばした。
 鏖殺の始まりは、常に典雅だ。

【続く】

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