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すべては距離感である①
アニメーション映画をつくりながら写真を始めて考えたこと
はじめまして。
アニメーションのプロデューサーを生業としている、石井朋彦と申します。
1977年生まれの、47歳。27年間、宮﨑駿監督や高畑勲監督、押井守監督、岩井俊二監督をはじめ、日本を代表するクリエイターたちと作品をつくってきました。
宮﨑駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」に関わったあと、2024年に独立し、自身の会社をつくりました。40代も中盤になり「僕はどう生きるか」と考える中で、本気で取り組みたいものが見つかったからです。
それは「写真」でした。
カメラを手にしたきっかけは、「君たちはどう生きるか」の現場でふとこう思ったことです。
「眼の前に歴史上の人物がいる。今この瞬間の宮﨑さんを写真に残せるのは自分だけなのではないか」━━と。
十代後半、世界一周の旅をしていた頃、父に手渡されたフィルムカメラを手にしていた時以来、本格的にカメラを手にすることはありませんでした。デジタルカメラを手に、三年半、宮﨑さんと日々の現場の写真を、スタジオジブリの公式XにUPし続けました。
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「もっと上手くなりたい」
写真関連の本を蒐集し、写真に関するドキュメンタリー映画やYouTubeを見漁り、写真家・渡部さとるさんに弟子入りし、これまで直接関わることのなかった、写真家・萩庭桂太さん、造本家・町口覚さん、景さんをはじめ、プロの写真家や写真業界の方々と出会い、写真について学び続けてきました。
あれから4年━━今も本業はアニメーションと映画プロデューサーですが、カメラを手放さない日はありません。
ライカGINZA SIX、ライカそごう横浜店に続き、2024年にはライカ松坂屋名古屋店で写真展を開催。高輪ゲートウェイ駅前の仮囲いを巨大な写真で飾るという夢のようなプロジェクト。雑誌「SWITCH」をはじめ、様々な雑誌に写真と原稿を寄稿し、写真とカメラに関する連載(「Mの旅人」)も始まりました。
人生の後半を生きることになった私がなぜ、ここまで写真にのめり込んだのか。
最近、その理由について真剣に考えるようになりました。
この note を、距離感をとりながら写真を撮るという行為を通して、少々大げさではありますが、人生をどう生きるかを、読者になって下さる皆さんと共に考えたいと願い、始めたいと思います。
写真も人生も「距離感」がすべてだということ
私が使っているカメラは、ドイツの光学機器メーカー「ライカ」の「M型ライカ」というカメラです。
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「M型ライカ」に関する専門的な解説は、別な note に記しますので、興味のある方はそちらを読んで頂ければと思います。
「M型ライカ」は、70年以上もその機構が変わらず、最新のオートフォーカスカメラと違い、「距離計」を使って被写体との距離を測って撮影します。慣れてくると、最低最短距離である0.7mから、1m、1.5m、3m、5m、♾️(実際には♾️よりも少し近く)という、6つの距離感を身につけることで、狙った被写体にフォーカスを合わせられるようになるのです。
多くの写真家が、呪文のように繰り返します。
「すべては距離感である」━━と。
どんなにテクニックを磨いても、カメラ機材に詳しくなっても、被写体との距離感を身につけることができなければ、自分の写真は撮れないというのです。
気がつくと、先に述べた6つの距離感で、世界を見続けるようになりました。
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写真撮影における「距離感」について考えるうちに、人生そのものを「距離感」で測れるのではないかと考えるようになりました。
誰もが他者との関係において、自分にとって心地の良い距離感と、そうではない距離感を持っています。会ってすぐに距離を縮められる人もいれば、一定以上の距離を保っていたい人もいる。
スマートフォンやSNSの普及、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、現代を生きる我々の距離感は、ますます複雑化しています。世代間の価値観や交流のあり方も多様化し、老いも若きもいかに「他者とどう距離感をとるか」ということに腐心する「距離感の時代」と言えるのではないでしょうか。
先に述べた6つの距離感のうち、0.7mは、個人的なパーソナルスペース。1m-1.5mは、家族や恋人など、親しい人たち。3m以上は、少し距離のある方々、5m以上は、自分には直接かかわりのない人たちです。
M型ライカの距離感から考えると、仕事やプライベートを問わず、我々は大体、1.5m〜3mくらいの範囲で、他者と付き合っているのではないかと思うのです。この距離感が崩れると、対人関係に悩んだり、孤独に陥ってしまう。
この「距離感」を理解し、身体になじませることによって、より充実した人生を送ることができるのではないか。
距離感を間違えると「パワハラ」「老害」と言われかねない人生の後半戦において、自戒もこめて「写真と人生の距離感」について、考えてゆきたいと思うのです。
宮﨑駿監督も、アニメーションの制作現場で「距離感」という言葉を繰り返していました。
特に、キャラクターと背景を描く「レイアウト」という制作過程においては、登場人物や建物、空を飛ぶ飛行機や木々の中から見え隠れするキャラクターとの距離感にこだわります。
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真っ白な紙の上に、新たな世界を作り出すアニメーションの世界においても「距離感」を描くというセンスは欠かせない。
私にとって、写真業界の他に写真の師匠と呼べるのは、宮﨑駿監督です。「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」「君たちはどう生きるか」で宮崎さんが描いたレイアウトは、ほぼ頭の中に記憶しています。
カメラを構える前に探すのは、「宮﨑さんだったらこう描くだろうな」というレイアウトです。別な章でしっかり書こうと思いますが、宮﨑駿監督のレンズは、標準レンズと言われる50mmの画角の中に、人間が両目を開いた状態の視野に最も近いと言われる28mmという広角レンズの情報を、「押し込めて描いている」……と教えて頂いたことがありました。
本日より、XとInstagramも始めました。
前口上はこれくらいにして、日々「距離感」を考えながら撮る写真を通して、皆さんと「人生の距離感」について、考えてゆければ幸いです。
2025年元旦 石井朋彦
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