ある詩人の旅 8
ある詩人の旅 8
鬱怏とした時の流れに身悶え
所在無き身を持て余しながら
深き夜の床に横たわる
夜毎繰り返される無為なる精神の葛藤に
眠りは妨げられ
脳裡の中に響き渡る不快なる低周波の音が
荒漠たるハデスへと続く道に
その身を追いやる
浮遊する身体と崩壊する精神
荒波に揉みしだかれる小舟の中で
逃れ得ぬ漠とした不安に翻弄され
嗄れた咆哮を挙げる
悲嘆の淵に立ち尽くす
壊れかかった耳管の奥に
忍び寄る乾いた足音
螺旋階段を
コツコツと音をさせながら
ゆっくりと 規則正しく
人々の記憶に残らぬ程の遙か昔
極北の幻海に
人知れず沈んだ難破船の
波間を彷徨う船乗りの亡魂が
逼塞する古びたアパルトマンの部屋に向かって
確かに近付いてくる
神経を研ぎ澄ませて耳を傾ける
胸をざわつかせる音に
固唾を飲んで
やがて
足音が部屋の前に止まった時
彼者に導かれ
沈黙の旅に連れ出されることを
老爺は知っていた
2020/à Tokyo 一陽 ichiyoh