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大腸がんの切除手術①(余命宣告)

2019年3月20日(水)

結婚式から僅か4日後。
妻の大腸の腫瘍切除手術が行われる日だった。

約1ヶ月前に、様々な検査結果を踏まえて、正式な病状が判明した時点では、最短の手術日として、この1週間前に手術が組まれる予定だった。

しかし、消化器外科の担当医師の取り計らいにより、我々の結婚式がその1週間後に予定されていることを考慮して、予定を結婚式後にズラしてくれたのだ。

担当医師は知っていたのだろう。
妻がこの先、どれほど非情で辛い想いをしなければならないかを。

そして、この手術を1週間遅らせてでも、妻が予定通り結婚式を挙げることで、今後の辛い治療の支え・糧になればと考慮してくれたのだと思う。

手術当日、私はもちろんのこと、妻の父と、妻の妹家族が病院に待機していた。

手術は午後から予定されていたと記憶している。
妻を妻の父と共に手術室まで見送り、家族控え室に案内された。

手術は17時頃に終わり、家族控え室で待っていた私と妻の父は、主治医から呼ばれた。

手術の説明が行われる小部屋に入り、担当医師が手に持っていた金属のトレイに置かれたのは、切除された妻の大腸の一部だった。

それは、10-15cm程度の長さだっただろうか。
その一部の3-5cmくらいの部分が黒ずんでいて、ブクブクに腫れ上がっており、食べ物を通るたびに痛みを催していた原因を目の当たりにした。
こんなに腫れ上がっている細い管では食べ物は愚か、指1本が通るかどうかくらいの隙間しかなかった。

担当医師は、まず無事に手術が終わったことを我々に伝えた。
懸念されていた大腸の腫瘍周りへの癒着等もなかった。ホッとした。

しかし、それは束の間の安堵だった。

担当医師は続けてこう言った。
「今の病状の進行度合いですと、予後は早くて半年、長くて5年くらいかと思います。」

僕は「予後」という意味だよく理解できず、聞き直した。

「それって、つまり、半年から長くても5年くらいしか生きられないということですか?」

主治医は、「はい。あくまで平均的な数字で、それ以上、生きられている方もいらっしゃいます。」と返した。

当時の私にとっては、あまりに突然の宣告で絶望の暗闇に叩き落とされた気持ちだった。


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